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村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社文庫

人と話していてこの本の話が出たのだが、未読だったので入手して読んでみた。さすが村上春樹、1日であっという間に読んだ。止まらなかった。ありえない女性(島本さん)の存在やたっぷりすぎるセックス描写はもう今更言わないけれど、ストーリーとしてすっきりしていた。『ノルウェイの森』よりもずっといいんじゃないの。

島本さんという女性が現実にあり得ないのは、彼女が基本的に主人公の「僕」の自己愛の具現化だからだと思う。でもそれだけではなく、この小説では彼女の人物造形にほかの女性たち(むかし傷つけたガールフレンドや現在の妻)が加わっていて、複合的になっている点が面白かったのだ。それは今まで読んだものにはなかった点だった。

途中で島本さんが「ヒステリア・シベリアナ」なる症状の話をする。シベリアで毎日農業をしていた男がある日プツンと切れて、すべてを投げ出して歩き出し、倒れるまで歩きつづけるというもの。架空の症状らしいが、本当に起きるように思えるような印象的な話だ。そして「僕」は自己愛が満たされないままにそんな危険ポイントの直前までいったようだ。

この小説を読みながらしきりに「漱石みたいな男だ」と思っていた。読み終わって気がついたのだが、これって『明暗』にすごく似てるよね。漱石はそれを書いている途中に死んでしまったのだが。『明暗』の主人公はむかしの恋人が忘れられず、伊豆の旅館に行ってしまう(この旅館はこの世の果てのように描かれる)。妻のお延は賢いしっかりした女だが、目が細く、美人でない点が何度も強調される。「僕」の妻、有紀子に似ている。ひょっとして『国境の南、太陽の西』はもうひとつの『続明暗』だったんじゃないだろうか。そういえば村上春樹と漱石、似ているところがかなりある気がする。



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