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村田喜代子『ワニを抱く夜』葦書房

村田喜代子の比較的初期の作品を集めたものだと、あとがきに書いてある。それを知らないで読み始めたので、どうもいつもと違う感じだなと戸惑っていた。どうやら作家としてどういう路線で行くのか、本人もまだよくわかっていない時期だったようだ。

途中にある中篇「白い山」は何人かの老婆が登場する連作風の作品で、これが面白かった。むかしから「もうすぐ死ぬ」と口癖のように言って、あるときついに死んだ主人公の祖母の話をはじめ、他所の土地に花の種を勝手に撒いていく老婆がいたり、ちょっと胡散臭いひとり暮らしの老婆があるとき達筆な「新聞配達お断り」の貼り紙を出したり。山奥の家で家族が外にいる間ひとり留守番をする老婆やら、海産物を行商する老婆やら。どの老婆もひとりひとりの人生がしっかりあり、それぞれに性格が濃い。主人公がドライブに出かけたススキの台地で、その地形が祖母の喉やら顎やら、頭のパーツように見えてくるあたりはファンタジー味がじわじわ増して、「きたきた…。村田喜代子だ」と嬉しくなった。

「白い山」でいちばん印象に残ったのは、毎年近所の幼稚園の園児たちが、運動会に老人を招待しに来る話。ある年、園児たちが来たが、主人公の祖母はもう亡くなっていた。

またそろって園児達が招待状を持って家にやって来たので、
「もう死んじゃったのよ」
と言うと、子供達は一瞬しんとなり、それから、死んだの? どうして死んだの? いつ死んだの? と騒ぎ出した。

この、「もう死んじゃったのよ」がすごい。なんていうか、ほんとにすごい言葉だ…。究極の実存主義? しかし人間の死とはこういうものなのだ。

あとがきより。「書き続けていくうちに、何か、自分の作品の中からぐにゅぐにゅしたものが顔を覗かせるようになった。(略)ぐにゅぐにゅぬるぬるした私の思念の井戸から鰐が出たのだ。」それが鰐とは意外だが、その鰐がすくすくと大きくなって、その後のわたしの大好きな作品を産んでくれたようだ。


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