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村田喜代子『焼野まで』朝日新聞出版

こないだ読んだ『光線』につづいて、この小説も筆者の癌治療体験がベースになっている。主人公の女性は子宮体癌になり、標準治療ではなく、鹿児島にある特殊な放射線治療を施すオンコロジー・センターで治療を受けることに決めてこの街のウィークリーマンションに滞在している。鹿児島という地名は出ず、架空の名前になっているが、すぐ近くに活火山があり、毎日嫌な臭いの灰が町に降り注いでいる。また、大地震と原発事故の直後の話なので、体調が悪い主人公が横になってTVをつければ、延々そのニュースが映し出される。

子宮という臓器は放射線があまり効かないらしい。胎児を育てる場所だから、特別に頑丈にできているらしい。だからまず手術して子宮そのものを取ってしまうことは、医学的には常識なのに、その常識に反して主人公はこのセンターの放射線治療を受けることにしたのだ。

センターで顔見知りができて、あるときみんなで火山の近くまで記念の遠足に出かけたり、鍼の先生に出会ったり、街の銭湯に入ってみたり、というエピソードはあるが、基本的には治療の辛さが綴られる。標準治療を受けている知合いの癌患者との電話の会話も入る。癌の当事者が語るノンフィクションのようで、読んでいる自分までどこか身体がだるいような気がしてくる…。(体調が悪い人は読まない方がいいと思います。)

でも、そんな中でもこの作家らしい雰囲気もある。放射線量が増えていよいよ辛くなったときに見る夢に、とっくに死んでいる祖父母が出てくるのだ。それとともに、むかしの思い出がよみがえってくる。いよいよ治療が終わるというときには、夢の中の祖母たちも荷物をまとめてあの世に引っ越していく。その最後には疎遠だった母親のイメージもあらわれる。また、仲たがいしていた娘が最後に見舞いに来たりするし、この人の小説らしい、女同志のつながりを感じる。また、治療の内容を自分から知ろうとせずに盲目的に標準治療を受ける男性への批判的なまなざしもある。

戦争を体験したむかしの人たちに比べて、自分たち世代はこの世のうわべだけしか知らなかったというつぶやきが印象的だった。「思えばわたしたち六十代は子どものような年寄りだ」。これは最近わたしが自分について思うことだ。

癌治療の作品が今後も続くのかと不安になったが、どうやら『光線』とこの作品だけのようだ。このあと『エリザベスの友達』や『姉の島』が書かれている。オンコロジー・センターの治療は成功したのだろう。好きな作家なので、長生きして書き続けてもらいたい。


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