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ロン・マクラーティ『奇跡の自転車』森田義信訳、新潮社

ミラン・ヨンデラさんのこの感想を拝見して、すごく読みたくなった。この本、最初はオーディオブックとして発売されたのだが、スティーヴン・キングが絶賛したため本になったらしい。たしかにキングが好きそうな話だ。ホラーっぽい要素もある。

主人公はぱっとしない中年男スミシー。彼は酒を飲み、ジャンクフードを食べ、要するに不健康のかたまりで体重は120キロ超。こういう人はいわば自分をネグレクトしているのだろう。この話はそんな彼が自分自身をケアしていく話と考えられるかもしれない。両親が事故で亡くなったのをきっかけに、昔乗っていた自転車に乗って当てもなく走り出す。どんどん走ってついに東海岸から西海岸まで大陸横断してしまう。西海岸を目指したのは、そこのある町で行方不明だった姉が亡くなって遺体が保管されているという通知が来たからである。野宿やテント生活をし、質素な食事をし、何時間も自転車をこぐうちに、当然身体がしまってくる。西海岸に着いたらごく普通の体型になっていた。

しかしそんなめでたしめでたしの話ではもちろんない。旅の途中、回想の場面がたびたび挿入されるが、美しい姉の精神障害(多重人格?)のためこれまでずっと彼と両親は苦しんできた。正常なときは弟思いのやさしい姉なのであるが、ひとたび別人格になると残酷にふりまわされる。旅の途中もフラッシュバックのように彼はあちこちで姉の姿を見る。

長い旅のために外見が浮浪者のようになり、まわりから冷たい目で見られたり、ときには暴力を振るわれることもある。また中には見ず知らずの彼に向って自分の身の上話を長々とうちあける人もいる(こういうところはすごくアメリカ的だ)。これまで自分の中に閉じこもってきた彼が様々な人間に遭遇するのだが、そんなコンタクトの経験もまた彼をケアすることになるのだろう。そして長い旅の間じゅう、彼が連絡を取るのは故郷に住む、彼を愛してくれる女性である。

かなりどんくさい(良くいえば、おっとりしている)主人公の素直さ、純粋さがいとおしい。


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