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進化する道具箱

 昭和40年あたり、ラジオやテレビを直してくれる電気屋のおじさんが、ドライバーとかテスターとか取り出しては修理をしてくれる姿に滅茶苦茶に憧れたんだな。成りたい職業と聞かれると、小学生の頃はすぐに電気屋さん、中学生になったら何かのエンジニア、その勢いで高校生になったあたりでプログラマーとか宣わってたっけ。その後、ホップ、ステップ、ジャンプとは。トントン拍子には行かないのだな。飛雄馬よ輝く星になれと巨人の星で父一徹は言うけれど、大学受験に失敗したあたりから、この頭脳では目指す未来は厳しいのかも知れないと自身を疑う。母はあんたはやれば出来ると言ってくれるけど、父親がお前は根性がないと言う、その通りで、やりもしないし根性もないが故に、徐々に未来は混沌となって、目指していた電気屋にも成れず、何かのエンジニアにもプログラマーにも成れず、現実は線路工手から土木屋を少し齧って、福祉の人になってしまった。夢が破れたのか、まあ人生とはこんなものなのかは、いまだよく分からない。

 ただ、電気屋さんになりたいというスピリットだけは、子供の頃から持ち続けた道具箱が表現してくれているような気がする。小学校時分から道具箱はいつも持っていて、確か母親の化粧道具かなにかの厚紙にキレを巻いたもので、フタも付いていて、中にはコマやらパッチンやら、壊れたラジオとか、道端で拾った釘、ネジ、磁石、針金、貝殻、岩石見本、古銭、薬莢、手裏剣ぽい鉄、肥後守の小刀、ビー玉などなどが入っていたのかな。父親が靴のあつらえ職人だったこともあって、作業場に入り込んではハンマーやナイフで遊んでいたことも、道具が好きになるきっかけかも知れない。

 時は流れて、道具箱の中身は成長と共に更新されて行く。半世紀も経ってしまうと、増える道具は道具箱の一つ二つでは納まらず、倉庫が道具箱を兼ねた作業場になってしまった。ガレージとはアトリエとかそんな洒落たものではない。種々雑多な物が集まっては分解され、部品が分類整理される趣味の空間とでも言うのだろうか。

 写真に見えている工具だけ紹介するとこんな感じだ。とんかち16本、プライヤー12本、ペンチ11本、ドライバー50本くらい、モンキーレンチ18本、カッターナイフ12本、バール10本、のこぎり10本、カンナ4本、何故かキリが20本も、電動工具6台、その他がまだガチャガチャと山のように、何かの役に立つ日を待っている。

 危ないおじさん予備軍かな。倉庫からはみ出さないように、道路やお隣さんにもはみ出さないように注意している。今のところ苦情もない。時々、知人に頼まれて、ドライバー、カッター、ニッパー、ペンチ、ビニールテープにハンマー、スケールなどを適当に詰め込んで工具箱を準備して喜ばれること2度3度、こうして何かのお役に立てればと取り置いた結果なのだが、私は何屋さんだったかな。見え方はそれぞれだろうね。20221009

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