オリバーの恩返し
ことの発端は日曜日の夜のこと。いつもの夕食時間に、かみさん(薄田 ミキ)が食べ物やら薬やらをポロポロと落とす度に、家族が拾うことが常態化している。例によって、こぼさない工夫をしないからだと次男、手の震えは障害だから仕方ないとかみさん、だから工夫をと言ってるのだと次男、最後はもう知らんと逆ギレを決め込むかみさん。まあ、絶えることなく続くいつものやり取りだ。
かみさんも分が悪い。男3人を敵に回しての応戦になるから、言葉で返せなくなると、ぎゃんと鳴いて逆ギレすることで最終手段と心得ている節がある。私や長男はやれやれで納めるところ、止めときゃいいのに、次男は追い打ちをかけようとして、せっかくの夜のゆったりとしたいであろうひと時に無駄にエネルギーを消耗して撃沈する。理不尽という打球に反論してはいけないことを私も長男も知っている。
家庭内限定ではあるけれど、ストレス発散方法は家族それぞれだ。私はイライラすると、立ち居振る舞いの細部の強度を高める。例えば扉を強く開け閉めする。ただ最後までやると、大きな音がするし扉たちも持ち堪えられないことは、若い頃の夫婦喧嘩の経験から学んでいるから、初動に勢いをマックスにして最後は静かに閉める。足音も一歩一歩を強く踏む。これも床のへたり加減を見極めながらやる。簡単にストレス発散しているようで、なかなかのきめ細かさではある。他にも動きの遅いかみさんの周囲を超高速で歩き回る。これ見よがしに情けないけど。それらもやっている最中に、阿保らしさに気が付いて冷静になって止める。
長男はポイントをついて言い放って、かみさんが四の五の言っても聞く耳を持たずで終わる。大変なのは先にも述べた次男と飼い犬のうみちゃんだ。二人とも、相当に精神的なダメージを受けてしまう。平和外交を好むうみちゃんは、場の緊張状態をいち早くかぎ取って、激している方に尻尾を巻き込むようにしてすり寄って来る。申し訳ない。次男は切り替えに数時間から一晩は必要みたいだ。
そして、件のかみさんも逆ギレ弾発射の副反応を鎮めるべく、夜な夜な織りを始める。織り始めて数分もすると、あらあら、機嫌も直って、自らをオリバー(織婆ぁ)と称して笑い飛ばす。ツルの恩返しならぬ、織婆ぁの恩返しとでも言いたげだ。最強やな。
このようにして、今では死語となった家長である私は大陸間弾道弾にも匹敵する逆ギレ弾が家庭内に無益に発射されないように細心の注意を払って、かみさん外交に、介護やコミュニケーションに趣向を凝らしている。ところが、何かの弾みで地雷を踏んでしまうことがある。30代で結婚して、40、50、そして60代となって未だ、お互いに学ばない夫婦に、子どもも飼い犬も辟易している。せめてお詫びに、こんな風に、ことの顛末を笑いに替えて反省の言葉としようか。20221003
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