恋愛と鰻

 どうしても鰻が食べたくなって、会社帰りの夜、とある鰻屋へ行った。
 鰻屋といっても、お重ばかりのお店もあれば、焼き鳥と一緒に鰻を焼く飲み屋さんに近いお店もある。この日は、飲み屋さんの鰻屋に行った。
 店は少しお客が入っていて、私はカウンターに案内されて、肝焼きとうな重を頼んだ。
 カウンターには先客が一人だけ、ちょっと出来上がりかかった年配の女性がちびちびとお酒を飲んでいた。私を見て、隣に座われと言う。

 こういうことは割とよく起こる。知らない人が近づいてきて、身の上話を聞かせてくれる。
 一体、私はどういう女に見えているのだろう。
 無害そうな女、じっくり話を聞いてくれそうな女、そういう風に見えるのかもしれない。

 鰻が運ばれてくるまでの間、話を聞かされた。
 最初の結婚に失敗して、息子を抱えてトラックの運転手になった。
 女のトラック運転手が珍しかった時代。大きなトラックで長距離を休まずずっと走って、トップの男性と同じぐらいに稼いだ。でもそのお金は、付き合った男達からむしり取られてしまった。
 必死になって育てた息子は、この苦労をわかってくれない。
 孫もなついてくれない。お金が必要な時しか寄り付かない。
 
 鰻が来た。ここの鰻は、いわゆる老舗の鰻屋に比べると、見かけはちょっと雑だけれど味に大差はない。
 私はもりもり食べ始めた。大切なのはまず元気でいること。そのための手段の一つは、美味しいものを食べてちゃんと堪能すること。
 どんなことが起きても、誰に何を言われても、自分が元気でいられたら、その元気が残っていたら、簡単に乗り越えられる。

 後ろのテーブル席の客が、彼女に挨拶して出ていった。きっとここの常連なのね。
 「仕方がないよね。女ってそういうものよね。惚れた弱みで、許しちゃうんだもの」
 溜息混じりに聞かせてくれた言葉の中には、芝居がかったなにかがあった。
 どこまでが事実なのかはわからない。
 少なくともこれが、今の彼女にとっての真実なんだろうな。 

 でもね、「女」ってそういうものじゃないよ。
 あなたは、ひどい男を許してあげることのできる自分が好きだっただけだよ。
 あなたの息子も孫も、それはお見通しなんだよ。

 そんな言葉が喉元まで出かかったけれども、鰻と一緒に飲み込んだ。

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