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フローライト第五十話

美園のデビューの準備があれよあれよという間に進み、大きく雑誌に取り上げられ更にテレビでも取り上げられた。学校では大勢の人が美園を見に来たり、話しかけられたりで慌ただしくなった。

その日の帰りも学校の玄関で朔と待ち合わせしていたのに、数人の男子に呼び止められているうちに朔が先に出て行ってしまった。

「朔!!」と美園は慌てて後を追いかけた。

朔が振り向きもせずにずんずん歩いていくので、美園は少し頭にきた。

「朔!!」と横に並んで腕をつかんだ。

それでも朔が無視しているので「ちょっと!何で先に行っちゃうの?」と美園は咎めるように言った。

「・・・・・・」

「朔?」

「美園の邪魔になると思って」

「は?」と美園は朔の前に立った。朔が立ち止まり美園の顔を見る。

「邪魔って何よ?」

「俺みたいなのが美園といたら邪魔だから・・・」と朔が美園から目をそらして歩き出そうとした朔の腕をまたつかんだ。

「邪魔っていう考え捨てて!」

美園が大声で言ったので周りの下校途中の生徒もこちらを見た。朔がそれを気にするように周りを見ている。

「あなたは対象じゃないの!主役なんだよ?」

美園の言葉に朔が「えっ?」と驚いた顔で美園の顔を見た。

「誰かのために邪魔だとか必要だとか、そんなのないんだよ。朔は朔だけで完璧なの」

朔が驚いた顔のまま呆けたように美園の顔を見つめている。その腕に自分の腕を絡めて美園は歩き出した。

「美園?」と朔がまだ周りを気にするようなそぶりをした。

「朔、朔の世界の主役は朔なんだよ。朔は私の邪魔になりたい?」

「なりたくないよ・・・」

「でしょ?じゃあ、その邪魔になるって考え今すぐ捨てなさい」と美園は言った。

「う、うん・・・」と朔が戸惑った様子のまま言った。

「よし。じゃあ、このままうちおいで」

「えっ?でも・・・美園は忙しいでしょ?」

「今日は何もないよ」

「そうなの?」

「うん」

電車に乗っている間も美園はチラチラとみられた。朔が少しずつ美園から離れようとしたので、美園はがっしりと朔の腕をつかんだままでいた。

自宅マンションに向かって歩いている時も、朔はトボトボと美園の後ろから歩いてくる。どうやらすっかり気後れしている様子の朔に美園はため息が出た。立ち止まり朔が追いつくのを美園は待ってから言った。

「あのね、うちは代々ていうの?利成さんから始まって奏空も芸能会に行っちゃったし、一時期私もテレビ局に行ったり、うちにテレビ関係の人が来たり、そういうことが日常茶飯事だったから言えるのかもしれないけど、テレビに出ようが、人にキャーキャー言われようが、まったく自分には関係ないことなんだって言い切れるわけ」

「関係ない?」と朔が解せない顔をした。

「そう。関係ない。言ったでしょ?朔の世界の主役は朔なんだよ。それと同じようにすべての人がそれぞれの世界の主役なの。だからその世界から私を見ているだけ。自分勝手に思い描いた自分の世界をみんな見てるだけなの」

「・・・・・・」

「つまり私本人とはまったく関係ないところでみんな騒いでるのよ」

「じゃあ、俺も?」

「そう。朔も、自分の自己世界観の中で”邪魔になる俺”なんてドラマを作り上げて、その世界観に酔ってるの!」

「・・・・・・」

「朔は本質を知ってるんだから、幻に惑わされないで」

「幻?」

「そう、朔の前にいる私、この事実以外は全部幻」

「・・・・・・」

「わかった?私は朔といたいの」

「・・・うん・・・」と朔がようやく嬉しそうな顔をした。

 

自宅マンションに着くと咲良が「おかえり」と言ってから「あら、朔君。久しぶり。元気だった?」と言った。

「はい・・・」と朔が頭を下げる。

美園はその間にキッチンに行って冷蔵庫からペットボトルのサイダーを二つ持った。

「行こう」と朔に言うと咲良が「ごゆっくり」と言った。咲良も朔が気に入っているようで、最近は何も言わなくなった。

部屋に入ってベッドの上に座ると朔にサイダーを「はい」と渡した。

「ありがとう」と朔が受け取り床に座った。

「鞄、おろしたら?」

通学用のリュックを背負ったままの朔に言う。朔は「うん」とペットボトルを床に置いてから鞄をおろした。

美園はペットボトルに口をつけながらわざと足を組み替えた。朔が気がついてからうつむく。前ならすぐにそばに来て触って来たのにそれもなかった。

(やれやれ・・・)

美園は朔に「ここきて」と自分の隣のスペースを手でポンと叩いた。朔が立ち上がって美園の隣に座ると、美園は朔の膝の上に自分の足をのせた。朔が驚いた顔をして美園を見ている。

「何も変わらないんだよ。私は」

「・・・・・・」

「絵、描いてる?」

「・・・うん・・・」

「どのくらいでできる?」

「一つはもう出来てる」

「そうなんだ。じゃあ、持ってきてよ」

「うん・・・」

美園が足を引っ込めようとしたら朔がその足をつかんだ。

「触りたい?」と美園は朔の顔を見つめた。朔も見つめ返してくる。朔が黙っているので美園はつかまれている足を引っ込めようとした。すると朔が美園を押し倒してきた。

「わっ、ちょっと、こぼれる」と手に持っていたペットボトルを上に上げた。そのペットボトルを朔が受け取ってサイドテーブルの上に置いた。

「ねえ、二人でやるのは何にする?」と美園は上から見下ろしてくる朔に言った。

「わからないよ・・・」

「んー・・・何がいいかな・・・」と美園が考えていると、朔が口づけてきた。

舐めるようにまたしつこく口づけてくる。それから美園のスカートをめくり上げて太ももを両手で撫で上げてきた。

「美園」と名前を呼ばれながらする朔とのセックスは久しぶりだった。美園が表に出れば出るほど、朔が暗いところに引っ込んでしまう。その中はきっと何も見えない世界だ。だから美園は朔を呼び止めるように「朔・・・」と名前を呼んだ。

朔・・・どうか迷わないで・・・・・・。

 

夏休みの間にテレビ出演の話が来た。しかも奏空のグループと一緒だ。

「何で一緒の日なの?」と話が来たときにマネージャーさんに聞くと「まあ、仕方ないね」と言う。

わざとそうしているのはわかっていたが、奏空のグループには晴翔もいる。何となく会うのが億劫だった。

朔に「テレビに出るから」と言うと「ほんとに?」と驚いていた。出る日時と番組名を教えると「絶対見るね」と言う朔。

奏空にあまりテレビ番組に出たくないと言うと「まあ、仕方ないね」とマネージャーさんとまったく同じことを言われた。咲良は「何言ってるの?出たくても出れない人もいっぱいいるんだから」と普通のことをいつものごとく言っていた。

当日、早速テレビ局の廊下でばったりと晴翔に会った。

「美園ちゃん、ひさしぶり」と言われる。

「うん、久しぶり」

「すごいね、最近」

「すごくはないよ」

「すごいって。今日はよろしくね」

「うん、よろしくお願いします」と美園は頭を下げた。

出番は中盤頃。その後に奏空のグループ○○〇が続く。

本番が始まってさすがに少し緊張した。自分の出番の時に奏空のグループも一緒に並んで出て来た。

「天城美園ちゃんです」と司会者に紹介される。

「よろしくお願いします」と美園は頭を下げた。

「美園ちゃんは何と奏空君のお嬢さんなんだよね」と男性司会者が奏空に隣に来るように言う。

美園が歌う前に奏空がいつもの調子で「頑張って」と言った。

緊張していたが歌いだしたらそれをすぐに忘れた。歌の世界に入れば観客も自分も関係ない。ただそれがあるだけだ。

拍手の後すぐに奏空のグループが歌いだす。美園は席に戻ってそれを見つめた。

(晴翔さん・・・彼女とどうなったんだろう・・・)

そんなことを思いつつも、以前より晴翔に対して思いがない自分に気がついた。あんなに好きだったのに何故なんだろう・・・。

(あ、ヤバイ・・・)と急に美園は思った。

(私って朔が好きなんじゃ?)

今更だけどそんなことを自覚する。

番組が終って奏空が話しかけてきた。

「美園、もう帰るよね?」

「帰るよ」

「三十分くらい待っててよ。そしたら俺も帰れるから。一緒に帰ろ」

「わかった」

メイク室に入ったが特に着替えの必要もない。アイドルじゃないので衣装と言っても普段着と変わらなかった。スマホを取りだして楽屋の角に座った。

<何してる?>と朔にラインを送った。

<テレビ見たよ。すごかったよ>とすぐに返事がきた。

<すごくないから。明日は会える?>

<会えるけど>

<けどとは?>

<進路のことで少し今揉めてるんだ>

<朔の進路?>

<うん>

<そうなんだ。じゃあ、その話も聞かせてよ。それと来れるならできあがった絵も持ってきてよ>

<わかった>

 

「お待たせ」と三十分をとうに過ぎてから奏空が顔を出す。奏空の車に乗り込んむと、美園は欠伸をした。

「どうだった?テレビ」

「テレビは面倒」

「アハハ・・・何で?」

「時間で区切られてるし・・・やることこなさなきゃならないし・・・気を使うし・・・」

「気を使うの?」

「うん、使うよ。何となく」

「そうか・・・。そういえば朔君どうしてる?」

「朔?朔は何か私に気を使ってるよ」

「どんな風に?」

「自分が邪魔になるかもって・・・そんなしょうもないこと言ってきたよ」

「そっか・・・」

「朔はせっかくいいところにいるのに、固く目を閉じて見ないようにしてるみたいでじれったい」

「そうだね・・・」

「何かいい方法ないかな・・・」

美園は車の窓から流れていく街の明かりを見つめた。

「一緒に何かやるんでしょ?それすすめたら?」

「うん・・・そうだね」

「美園の腕の見せ所じゃない?」

「私の腕?」

「そう。俺は全体的に光を送ってるけど、美園は朔君を目覚めさせる役目かもよ」

「・・・んー・・・そうかな?」

「やってみればわかることだよ」

 

そんな奏空の言葉が何となく残った。次の日の午後、朔が美園のうちにきた。咲良は明希の店が〇周年記念だとかで特別セールをするらしく、その手伝いに出かけていた。

「誰もいないからリビングで話そう」と美園は言った。

「うん・・・」と朔が後ろからついてくる。

「じゃあさ、まず・・・話し合いの前に、朔が今揉めてるという内容は?」

「・・・自衛隊に行けって・・・」

「は?自衛隊?」

「うん・・・父親が・・・」

「それで?」

「行かないって言った」

「そしたら行かないで何やれる?お前には何もやれることなどないだろって・・・」

「ひどい。言い返した?」

「うん・・・そしたら・・・」

「そしたら?」

「殴られて・・・母親が泣いて・・・」

(あー・・・)

「修羅場ってわけね」

「うん・・・」

「朔は絵が描けるじゃない?そのこと言った?」

「言ってないけど・・・お前のわけわかんない絵で食べてけるわけないだろって・・・」

「あーサイアク・・・」

「うん・・・」

朔が目の前のグラスに入ったサイダーをじっと見つめている。

「食べて行けるかを指針にするからおかしなことになるのよ」

美園はグラスの中のサイダーを飲んだ。

「でも、食べていくために働くんでしょ?」

「”働く”って個人的なことじゃないんだよ。それぞれ役目があるから。でも”食べてくため”だけに必死で働くのはそもそもずれてる話なんだよ」

「どういうこと?」

「んー・・・仕事って全体的なことだと思わない?例えばお店に行っても商品がなければ何も買えない、商品を売る人や店の管理をする人、商品を運んでくれる人、更に言うならその商品を作るための工場や農家やそんな人、そんな連係プレイなわけよ」

「うん・・・」

「この世界に生まれて基本的に人間は何か食べていかなきゃ生きられない仕様になってるなら、まず”食べる”ことは普通に当り前のことで、何かの報酬で得るようなことじゃないってわかる?」

「・・・うん・・・」

「権利だとかそんな大袈裟なことじゃない。普通に食べ物はあるのよ。それを大気汚染だ、温暖化だ、挙句の果ては戦争?わざわざそんなことで狭めて食べれない環境にしてるんだよね」

「・・・・・・」

「食べることに対しての心配がなくなれば、やっと人は普通に悩み始めるの。食べてけない状況ではそのことをまず確保しなきゃならないから、悩み何て吹っ飛んじゃうわけ」

「うん・・・」

「”働く”=”仕事”=自分のステータスだと思ってるから、いつまでも争い続けるんだよ。大きな声では言えないけど、そんな社会の歯車から”一抜けた”って言う人が今後増えてくる」

「・・・・・・」

「朔は抜けたくない?」

「・・・よくわからない・・・」

「そうか~・・・難しいもんね」

「うん・・・」

「ていうか、朔はもう始めから抜けてるんだよ。後はそれに気づくだけ」

「・・・・・・」

「まあ、自衛隊なんて無茶振りする朔のお父さんは論外だわ」

「・・・でも、進路は考えないと・・・」

「大学は?」

「お前にはもう学校に行く金は出さないって・・・」

「じゃあ、働く?」

「ん・・・」

「行きたいところかやりたいことあるの?」

「・・・コンピューターグラフィックス・・・」

「あーCG?」

「うん・・・それを少し勉強してみたいけど・・・」

「それ言った?」

「言ってない・・・」

「言ったらいいよ」

「無理だよ・・・もう学校には行かせないって、早く家を出て行けって・・・」

「あー頑固おやじってやつだね」

「・・・仕方ないんだ・・・俺、絵を描く以外はまったくダメで・・・」

「でも普通に高校に入って通ってるよね?」

「勉強も数学以外はぎりぎりで・・・」

「数学できれば十分じゃん」

「・・・・・・」

「オッケー、じゃあ、朔は今度お父さんにCG勉強したいって言うこと。何か言われたら私に言うこと」

「美園に?」

「そう。私が説得してあげるよ」

「お父さんを?」

「そう」

「それは無理だよ」

「何でよ?」

「美園のお父さんとはまるで違う・・・」

「そうだね、だから?」

「だから無理・・・」

「無理じゃないよ」

「無理だよ」

「無理じゃないって」

「無理なんだって!!」と朔が声を荒げた。朔がそんな風に声を荒げたことは初めてだったので、美園は少し驚いて口をつぐんだ。

「美園のうちとはまるっきり違うんだ!だから無理なんだ!全部!!」

そう言って急に朔が立ち上がってドアの方に行こうとしたので、美園は焦って朔を止めた。

「朔!ごめん!そうだね、もう一回話そう?」

朔が立ち止まった。

「私が悪かった。朔の気持ち考えないで・・・」

「・・・・・・」

「もう一回話そう?」

朔が黙ってソファに戻って来たので、美園はホッとして座った。

「・・・先にユーチューブで何するか考えようか?」

「・・・うん・・・でも・・・」

「でも?」

「先にしたい・・・」

「あー・・・そう?」

「うん・・・」

「じゃあ、ここはまずいから私の部屋でしよう」

「うん・・・」と朔がやっと顔を上げた。

 

美園の部屋に入ると、美園は先に服を脱いだ。ここは手っ取り早くやろうと思ったのだ。朔の性欲は強めだ。普段からかなり大変らしい。

下着も取ってベッドに入ると、すごい勢いで朔が上に乗ってキスをしてきた。全身を唾液でべたべたにされる。特に足に対してはしつこい。それからしばらくは反応した下半身を太もも辺りに押し付けられる。どうやらそれは朔の儀式らしい。必ずそうしてからでないと入れない。

入れてから「美園・・・」と名前を呼ぶのもどうやら儀式らしい。

「美園がイクにはどうしたらいい?」と聞いてくる。

「・・・そんなの気にしないで・・・いいよ」

「イって欲しい・・・」と朔が身体を動かす。

「あっ・・・いいから・・・」

しばらく朔は美園に絶頂感を感じさせようと頑張っているようだったが、「あ、もうダメだ・・・」とそのまま果てる。

後始末を終えてからも、美園はなかなか起き上がれなかった。朔も隣で横になっている。

(あー何か激しかったな・・・)

何だかだんだん激しくなっていくような・・・。

少し経ってようやく「シャワー浴びてくる」と美園は起き上がった。

朔もシャワーを浴びて、ようやく落ち着いた顔を見せた。すっかり薄暗くなったリビングの電気をつける。

「朔は歌ダメなの?」

パソコンを開きながら美園は言った。

「ダメだよ」

「歌ってみて」

「やだ」

「楽器は?」

「できない」

「んー・・・」と美園は首を傾げて考えた。

(朔の顔出し・・・二人で何かをやる・・・)

利成の条件を考えてみる。歌ダメ、楽器ダメ、アニメーションだと顔でない・・・。

(何やれば?利成さんはどういう意味で言ったんだろう・・・)

朔がソファに横になってパソコンを見ている。

「朔も少し考えて」

「ん・・・」

「利成さんの意図を」

「天城さんの意図?」

「そうだよ。利成さんはただ一緒にやれって言ったんじゃないんだよ。何か意図がある」

「意図・・・」

「ややこしい人なんだから」

マウスを動かしながら美園は言った。

朔が美園の背中に指で何かを描き始めた。

「ちょっと、くすぐったい」

美園が言っても朔はやめずに描き続けている。そのうち首の辺りに口づけてきた。

「朔、真面目に考えて」

「ん・・・」と後ろから抱きしめてきた。放っておくと今度は耳を舐めてくる。

(犬みたい・・)

美園は朔の舌がペロペロと美園の耳を舐めるので、そう思って少し可笑しかった。

更に放っておくと、朔の手が太ももに伸びてきたので「ストップ」とその手をつかんだ。

「足はダメ。また朔がやりたくなるでしょ?」

「・・・・・・」

朔が不満そうな顔をしてから言う。

「またしたい・・・」

「ダメ・・・」

「・・・・・・」

「もう咲良が帰って来る」

そう言っていたらほんとに咲良が帰ってきた。リビングにいる二人を見て「あら、朔君、こんにちは・・・あ、こんばんはか」と言った。

朔が「こんばんは」と頭を下げている。

「ご飯食べてくでしょ」と咲良は機嫌がいい。

「え・・・その・・・」と朔が戸惑っている。

「遠慮しないで。今日は奏空も早いって言ってたから」

「食べて行きなよ」と美園も言った。

朔が「うん・・・」と美園の方を見て頷いた。

ご飯が出来上がった頃、奏空が帰宅した。朔の姿を見て「こんばんは」と笑顔を見せる。それから「美園~ただいま」といつものように奏空が美園に抱きついてきたのを見て、朔が驚いた顔をした。

「奏空はいつまでも子供なのよ」と美園は朔に言った。

奏空がその言葉にはまったく動じず、今度は咲良のところに行って抱きついて「ただいま」と言っている。朔がじっと見ているのを見て美園は「奏空はいつまでも咲良に片思いなんだよ」と言った。

「え?」と朔が驚いて奏空と咲良の方を見た。

「美園、また余計なこというんじゃない」と咲良が言ってくる。

美園はこっそり朔に向かって舌を出して肩をすくめた。

 

四人で食卓を囲むと咲良が「何か朔君も、もううちの家族みたいだね」と言った。

「そうだね」と奏空もご飯を口に入れながら同意している。

「男の子いたらこんな感じだったんだね」と咲良が朔の方を笑顔で見た。朔は恥ずかしそうに下を向く。

「美園、こないだの○○〇(テレビ番組名)評判良かったみたいだよ。めちゃ視聴率も良かったって」と奏空が言ってきた。

「ふうん・・・」

「何、その感心なさそうな言い方は」と咲良が言う。

「だって感心ないからね」

「あんたってどんだけ偉いわけ?」と咲良が咎めるように言う。

「まあ、少なくとも咲良よりは偉いね」とすまして言うと、咲良が拳を作り殴る真似をした。すると急に朔が吹き出した。そして「アハハ・・・」と笑い出す。皆が一瞬きょとんとして朔を見つめたが、朔がご飯をこぼしていたのに気が付いて美園は言った。

「ちょっと、こぼれてるよ」

それでも朔が「アハハ・・・」と笑い続けてるので、「何?何かツボった?」と咲良が言った。

その咲良の言葉が面白かったのか、朔がまた吹き出す。

「だから汚いって」と美園がティッシュペーパーを朔に渡した。

「美園と咲良の漫才が面白かったんだよ」と奏空が楽しそうに言った。

「漫才?」と咲良が奏空を一瞬睨みつける。

すると朔がまた笑いだした。それにつられて何となく美園も笑ってしまった。

 

食事が澄んだ後、咲良が「泊まっていきなよ」と朔に言った。朔が戸惑った顔をすると「どうせ夏休みでしょ?」と咲良が続ける。

「私、明日は午後からだから朝はゆっくりできるよ」と美園が言うと、「じゃあ・・・」と朔がうなずいた。

「美園のうちは楽しいね」と部屋に行くと朔が言った。

「そう?」

「うん、咲良さんも楽しいし」

「あー咲良はこの家で一番おバカさんだからね」

「そんなことないよ」と朔が言う。どうやら朔は咲良が気に入ったらしい。

「それよりさぁ・・・何やる?結局決めてないじゃない」

「そうだね・・・」

「朔はCGの他に興味あることない?」

「んー・・・」

「あっ!」と急に美園は叫んだ。朔が驚いて美園の方を見る。

「アニメーションは顔でないけど、演技なら出れる・・・」

「演技?」

「そう。MVだよ」

「・・・・・・」

「昔、奏空のグループの○○〇のMVに咲良が出たんだよ。それが縁で結婚まで行ったんだけどね」

「何やるの?」

「イメージビデオ。それに朔が出演するんだよ」

「イメージビデオ?」

「そう。それなら歌えなくてもいいし、演技って言ってもセリフがあるわけじゃないし・・・」

「セリフはないの?」

「MVだから、歌が流れてるだけ。それに合ってる動画を作るだけだから」

「・・・・・・」

「そうかぁ・・・それで行こう」

「でも・・・」

「問題は歌か・・・。次の新曲?んー・・・どっちにしても事務所の許可がいるか・・・そこが面倒だな・・・」

「・・・・・・」

「やーとりあえず決まって良かった。寝よ」

美園がベッドに入ると、朔も隣に入って来た。二人で仰向けになって手をつないだ。

「朔、朔は素敵なんだからそこのところ忘れないでよ」

美園が言うと朔が「素敵じゃない、素敵なのは美園だよ」と言った。

「じゃあ、それ間違ってるから今日から改めること。朔は素敵だよ」と美園が朔の方を見た。

「俺・・・ビデオ・・・やだな・・・」

「何で?」

「あんま自分の顔とか好きじゃない・・・」

「んー・・・何で?」

「・・・美園は綺麗だからいいけど・・・」

「そう?朔は自分が汚いって思う?」

「汚いっていうか・・・不細工・・・」

「そうなんだ。じゃあ、それも改めだね」

「・・・・・・」

「この世界、人の頭の中の”考え”でできてるんだよ。だから簡単、その”考え”を改めればいいだけ」

朔が美園の方を見た。

「そうかな・・・」

「そうだよ」

「・・・ん・・・」と朔が美園を抱きしめてきた。それから口づけてくる。

「美園・・・有名になっても一緒にいてくれる?」

唇を離すと朔が言った。

「有名か・・・私は変わらないよ。朔と一緒にいるから」

そう言うと朔が嬉しそうに頬に口づけてきてから唇を舐めてきた。

「ちょっと、犬じゃないんだからさ」と美園は笑った。

「・・・ずっと一緒にいて・・・」と言ってから朔が美園の耳も舐めてくる。

「うん・・・オッケー」と美園は目を閉じて朔の背中に手を回した。

── ずっと一緒にいよう・・・・・・。

美園は朔を抱きしめて眠りに入っていった。

 

夏休みも終わり新学期も始まった頃、美園は朔と一緒に利成の家に来ていた。いつもの仕事部屋に通されて並んで座っていのは、前に美園が思いついたMVのことで相談に来ていたからだ。

朔をMVに出すと言う案が美園の所属事務所に言ったところ、許可が下りなかったのだ。

「色々曲のイメージから朔を出したいって言ったのに、話もあまり聞いてくれないってひどいでしょ?」

美園は憤慨していた。朔の写真を見せたらにべもなく却下されたのだ。

「同じ学校の男子なんてダメだって。同じ事務所の子でそういう子ならいくらでもいるからって」

「そうか」と利成が特に表情も変えずに言う。

朔は黙って明希が出してくれたコーヒーを飲んでいた。

「利成さん、朔と組めって言ったでしょ?私はMVしかないと思ったんだよ」

「そうだね、MVはいい考えだと思うよ」と利成もコーヒーに口をつけた。

「でしょ?」

「美園・・・」と朔が口を開いた。美園が朔の方を見ると朔が言った。

「俺・・・出なくていい・・・」

「何でよ?」

「あまり出たくなかったから・・・」

「それってまた顔がどうとかいうんじゃないでしょうね?」

「・・・・・・」

「朔君、こないだの絵だけど、また前のお客さんが買ってくれたんだって?」

利成が言った。そうなのだ、あの後描いた水彩画も、また油絵の抽象画も売れていた。

「はい・・・」

「良かったね」と利成が言うと「ありがとうございます」と朔が頭を下げた。

「どう?絵には自信ついた?」

「え?・・・まあ・・・」

「でも最初はどうだった?」

「自信・・・なかったです」

「そうだね」と利成がまたコーヒーに口をつける。

「新しいことってまず頭が抵抗するからね。未知なる世界には何があるかわからないってネガティブなブレーキがかかるんだよ」

「はぁ・・・」と利成の言葉に曖昧に朔がうなずいた。

「利成さんが事務所に言ってよ。私じゃ無理だよ」

美園は言った。

「そうだね、でも、俺にも無理だよ」

「そんなことないでしょ?」

「美園の事務所と俺の方は別に関係ないからね」

「じゃあ、どうすればいい?」

「美園のチャンネルに必ずしも出なくてもいいんじゃない?」

利成がパソコンでユーチューブをつけた。

「今じゃ表現媒体なら山ほどあるよね?」とマウスを操作して美園のユーチューブをつけた。

「そうだけど」と美園はパソコンの画面を見た。

「朔君が自分独自でやって、それを美園が手伝ってもいいんだよ」

「つまり朔が何かしらの表現媒体に出て、それを私が手伝うってこと?」

「そうだよ」

「朔、チャンネル開設して自分が出るってどう?」

美園が聞くと、朔が驚いてから困った表情を見せた。

「俺・・・できないよ」

「だよね?利成さん、それがなかなか難しいから考えたことだったんだよ」

「難しいのは何で?」と利成が聞く。

「朔は出たがってないんだよ。だから私のチャンネルならって話になったの」

「そうか。ユーチューブじゃなくてもいいんじゃない?」

「じゃあ、何よ?」

「インスタでもいいし・・・明希の店のインスタでもいいしね」

「明希さんの?」

「そうだよ。自分で自分のチャンネルのハードルがそんなに高いなら、まず明希の店の宣伝がてら自分の絵のアピールをしてみたら?」

「おー・・・ナイスだよ。利成さん」と美園が言ったら利成が笑った。

「明希も最初は何にも出たがらなかったんだよ。俺が強制でインスタもやらせてね。毎日服装も髪型も変えて、店のアクセサリーをつけて写真をアップすれって」

「毎日?変えるの?」

「そうだよ」

「それはなかなかキツイよね?」

「そうだね。髪型のレパートリーがないって、後半は美容室にいちいち行ってたよ」

「えー毎日?」

「そうだね」

「やるね、明希さん」

「明希はやりたがってなかったけど、俺の言うことはその頃の明希の中では、絶対だったみたいだからね」

(”その頃”っていうのがちょっと哀愁だな・・・)と少し思う。

「そのうち、明希の中でもそういうのが当たり前になってね。出て当たり前。ここまでくれば後は自動的に動くよ」

「そうか・・・朔、それでもいい?」

美園が言うと朔が「・・・まあ・・・」と渋々と言った調子で言った。

「じゃあ、今度は明希さんに相談しよ」と美園は立ち上がった。

「今?」と朔が言う。

「今」と美園は答えて朔の手を握った。

「朔君、頑張って」と利成が言う。

「はい・・・」と朔が頭を下げた。

 

明希に相談すると「わーそれいいね」とすぐに賛成してくれた。

「今度から原画だけじゃなく、朔君の絵のポストカードとかも作りたいなって思ってたの」

明希が嬉しそうに言った。

「明希さん、昔毎日お店のためにインスタアップしてたって聞いたけど」

美園が言うと「あー利成に聞いたの?そうなんだよ。ほんと大変だった」と笑った。

「毎日服装も髪型も変えたって」

「そうだよ。毎日なんてレパートリーもなくなるでしょ?そういったら服は買って髪は美容室に行ってってね。大変だったけど、アップするたびに利成がものすごく褒めてくれるから・・・ついね」と明希が肩をすくめた。

「そうなんだ」

さすが利成さんだなと美園は思った。やれというだけではなく、一回一回褒めてたとは・・・。

「じゃあ、まず絵を描いてもらって、出来上がったらインスタアップしよう」と明希が笑顔を朔に向けて行った。

朔は少し困った顔をしていたが「はい・・・」と頷いていた。

 

それから二週間ほどで、明希が言っていたポストカードにできそうなイラストを朔が描いてきた。明希は「わ、可愛い」と喜んで、すぐにポストカードに作るねと言った。

そしてその後、新しく出した美園の歌が一気にチャートベストテンに入った。それと共に美園が急に忙しくなった。朔と会えるのが学校での時間、それもクラスが違うので休み時間に少し会えるかどうかとなった。

ラインは毎日していたものの、朔がまたよそよそしくなっていった。明希の話では、まだインスタでの宣伝を撮ってないという。ある日、とうとうラインをしても返信が来なくなった。

(朔・・・)

夜中に美園はスマホの表示を見つめながら、もうこれではダメだ、朔が遠のいてしまうと思った。

次の日学校での休み時間、美園は朔のクラスの入り口に立った。

「朔・・・対馬呼んで」と通りががった男子に言うとその男子が「対馬ー天城美園ちゃんが自らお前のことご指名だぞー」とからかい口調で呼んだ。美園がその男子を睨みつけると、「こわっ」と言ってその男子は行ってしまった。

朔が自分の席から立ち上がってこっちにきた。

「ちょっと来て」と美園が言うと、朔が「うん・・・」とトボトボとついてきた。

人気のあまりない廊下の隅まで行くと、美園は朔に向き合った。

「インスタ、まだ撮ってないんだって?」

「うん・・・」

「どうして?」

「・・・・・・」

「明希さんが待ってるよ」

「・・・・・・」

「朔?」

「ごめん・・・」

「何かあった?ラインも返信ないし」

「・・・・・・」

「また前みたい理由で返信くれないわけじゃないよね?」

「・・・・・・」

「朔って、何で黙ってるの?」

「ごめん・・・」

「ごめん、ごめんって・・・」と美園は朔を見つめた。朔はうつむいたまま何も言わない。これじゃあ、怒られている子供と一緒だ。

「朔、今日の夜うちに来て」と美園が言うと朔が「何で?」と聞いてきたので、美園は少しイラっとしてしまった。

「何でって?わかるよね?」

「・・・・・・」

その時休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴った。生徒たちがバタバタと教室に戻って行くのを見て朔も戻ろうとした。その腕を美園はつかんだ。

「朔?私が帰ってなくても待ってて。咲良には言っとくから」

「・・・・・・」

「わかった?」

「ん・・・」

美園が手を離すと、朔はすぐに走って教室の方に行ってしまった。美園はその後ろ姿を見ながら、(これは本格的に何とかしなければ・・・)と思った。朔はいつもぎりぎりのところにいるのだ。このまま自分から離れてしまえば、朔はきっと一生自分をダメな奴だと思い続ける・・・。そんな気がした。

 

咲良にラインで朔のことを知らせておいた。咲良からはスタンプで「OK」とだけ返信がきた。

学校が終わってすぐに仕事場に行き、レッスンと取材、撮影などを済ませて帰路に着くと、もう夜の八時だった。スマホを取り出し家に電話した。

「もしもし?」と咲良が出る。

「朔、ちゃんと来た?」

「来てないよ。あんたが来るって言うからご飯も作ってあるのに」

「・・・わかった」とすぐに電話を切って朔にかけた。呼び出し音は鳴ってもすぐに留守電に切り替わる。数回かけると「おかけになった・・・」とアナウンスが流れた。

美園は踵を返し、反対方向の電車に乗った。もちろん朔を呼びに行くためだ。電車から降りて、暗い夜道を一人歩く。朔が目を開けてここにいる自分に気がついて欲しい・・・・そんな一心だった。

(やっぱり私、朔が好きなのかな・・・)

住宅街の一角の古い一軒家。そこが朔が両親と住む家だ。家の街灯がうっすらと点いている玄関のインターホンを押した。

「はい?」と朔の母親らしき声がインターホン越しに聞こえた。

「あの・・・夜分にすみません。私、朔君と同じ学校の天城と言います」と美園はインターホンに向かって言った。するとガタガタと音がしてドアが開いた。

「天城さん?・・・あ、朔の・・・」と朔の母親が言う。

「こんばんは。すみません、夜遅くに・・・朔君いいますか?」

「いますけど・・・ちょっと待ってくださいね」と朔の母親が階段の下から「朔ー」と呼ぶ。

ガタッとドアが開く音がして、階段を降りて来る足音がした。

「何?」と声が聞こえる。

「天城さんが来てるけど・・・」

「えっ?」と朔が玄関に来た。

「こんばんは」と美園はわざと丁寧に挨拶した。

「美園・・・どうしたの?」と朔が驚いた顔で言った。

「どうもしない。迎えに来たの」

「・・・・・・」

「今日、うちに来る約束でしょ?」

そう言うと朔の母親が朔の顔と美園の顔を見比べた。

「でも・・・」と朔がうつむく。

「待ってるから、用意してきて」

美園が言うと「朔?何かあるの?」と朔の母親が言った。その時リビングだと思われる一階の部屋から朔の父親が出てきた。

「何やってる?」と玄関に集まっている三人の顔を見ると、美園の顔を見て急に驚いたような顔をした。

「あんた、こないだの・・・」と言う。

「こんばんは。夜にすみません」と美園は頭を下げた。

「天城さんってこのお嬢さんなのよ」と朔の母親が言った。

「こないだの絵のか?」と朔の父親が言う。それから美園の方を見て「あんた、天城利成の孫か何かなんだって?」と言った。

「はい」と美園が答えると、「どおりで、あんなことしてるわけだ」と朔の父親が言った。

「あんなこととは何でしょうか?」とわかってはいたがわざと聞いた。

「あんなことだよ。朔と。うちに上がり込んで年頃の娘さんが。でも、天城利成の孫ならしょうがないな」

「どういう意味ですか?」と美園はあくまでも丁寧に聞いた。

「あの女たらしの孫だろ?だらしなくて当たり前だな」と言う。

(は?何、この人)と心の中で思ったけれど黙っていた。ここで問題を起こせば、本気で朔と会えなくなるので美園は我慢した。

「美園・・・準備してくる・・・待ってて」と朔が言った。

「お前、こんな時間からどこへ行く気だ?」と朔の父親が言う。

朔はそれを無視して二階に上がって行った。

「やれやれ、こんな夜中に娘が一人で男を迎えに来るとは・・・天城利成の家系は代々こういう風にだらしないのか・・・」とひとり言のように父親が言って、美園の身体を上から下までじろじろと見た。

(うわっ・・・さむっ)

何だか心が凍りそうだった。

(これは絶対奏空はここに来れないな・・・)

朔が階段からダダダと降りてきた。それから靴を履く。

「何にもできないくせに、女に手を出すのは一人前だな、しかもあの天城利成の孫とはな」と朔の父親が朔を軽蔑したように言った。その間も朔の母親は何も言わない。ただその場にじっとしているだけだった。

「行こう」と朔が美園の腕をつかんだ。

美園は朔の母親にだけ頭を下げて朔と一緒に表に出た。表に出ると朔がつかんでいた手を離して先に歩き出した。

「朔・・・」と美園は走って朔の隣に並んで歩いた。朔は黙って歩いている。

「朔?」と美園はもう一度朔を呼んだ。

「変なこと言って・・・ごめん・・・」と朔が言った。

「何のこと?」

「父親・・・」

「あー、大丈夫よ。あのくらいは」

「・・・・・・」

「私の方こそ、ごめんね。夜に来ちゃって」

「俺が悪いから・・・」

「朔は悪くないよ」

「・・・・・・」

それから美園のマンションに着くまで朔は黙っていたので、美園もずっと黙っていた。

「ただいま」と玄関に入る。それから「朔も入って」と言った。

「あら?」と咲良が出てきて朔の方を見た。

「朔君、こんばんは。美園、あんたまさか無理矢理連れてきたの?」

「無理矢理じゃないよ」と美園は行ってまっすぐ自分の部屋に入った。鞄を置いて朔の目の前で制服を脱いだ。下着姿でクローゼットの中から着替えを出した。

Tシャツをくぐるといきなり朔が後ろから抱きしめてきた。

「美園・・ごめん・・・」と弱々しく朔が言う。

「何のこと?」

「さっき・・・」

「何?お父さんのこと?」

「ん・・・」

「だからあれくらい全然大丈夫よ。もっとひどいこといくらでもいわれたことあるから」

そう言ったら朔が美園から身体を離した。

「どんなこと?」

「んー・・・咲良が天城利成を誘惑して出来た子だとか・・・父親は誰だかわからないみたいなこととか・・・露骨ないじめとか、女子からの仲間外れ、もしくはその逆?やたら媚びて来る女子とか・・・」

「・・・・・・」

「一番大きかったのは、階段から突き落とされそうになったことかな・・・?さすがにあれはね、行き過ぎだろって、次の日からやられたらやり返すか、脅しをかけることにしたんだよ」

「脅し?」

「そう。カッターナイフで脅したら、咲良が学校に呼び出されてたよ」

「カッターナイフ?」

「うん、咲良のこと言ってきた女子にね。二度と言うなってカッターナイフ突きつけたら泣いちゃったんだよね」

「・・・・・・」

「それから大問題になっちゃって・・・私ね、今まで友達ってできたことないんだよ」

「美園が?」

「そう。気づいてなかった?私、女子とつるんでたこと一度もなかったでしょ?」

「・・・・・・」

「ま、いいんだけどね」と美園が短パンを履こうとしたら、朔がまた抱きしめてきた。

「朔、短パン履けないじゃん」

「俺だけ・・・一人だって思ってた・・・」

「でしょうね」

「美園にはあんないいお母さんとお父さんがいるし・・・天城さんだってすごいし・・・」

「利成さんだって色々あるよ。利成さんの絵みたらわかるでしょ?」

「・・・うん・・・」

「わかったらよけて」

そう言うと朔がよけたので美園が短パンを履こうと片足を上げたところで、朔が足に抱き着いてきた。

「わっ・・・」とバランスを崩して美園は床に尻もちをついてしまった。

「痛っ・・・」と言って朔を見ると、朔が美園の足にしがみついていた。

「朔、足は後にして。ご飯食べてないから食べてくるから。朔は食べたの?」

「・・・食べた・・・」

「咲良が朔の分も作ったってよ。少しも入らない?」

「・・・少しなら・・・」

「そう?じゃあ、リビングに行こう」

 

リビングに行くと、ダイニングテーブルの上に咲良がご飯を並べていた。

「あ、美園はご飯食べるんでしょ?朔君は?」

「朔は食べたけど、少しなら入るって」

「そう?良かった。じゃあ、少しと言わず食べてね」と咲良が朔に笑顔を向けた。

食事を取りながら朔に咲良が言った。

「最近、絵はどうなの?」

「・・・描いてます・・・」

「そうなんだ。明希さんが朔君が音沙汰ないって言ってたから」

「・・・すみません・・・」

「あ、全然いいんだよ。好きな時に描いて。締め切りがあるわけじゃないし」

「はい・・・」

「今日は泊まれるんでしょ?」と咲良が言うと朔が美園の方を見た。

「泊っていって。明日は学校は休みだし」

明日は祝日だった。

「うん・・・」と朔が言う。

 

シャワーをかけて部屋に戻ると、朔が電話をしていた。

「うん・・・」と時折り返事をするだけで特に朔からは言わない。「ん、わかった」と言って最後に電話を切っていた。

「うちから?」と美園が聞くと朔が「うん」と言う。

「何だって?」

「お父さんと話し合って欲しいって・・・」

「お母さんから?」

「そう・・・」

「朔は高校でたらどうするか決めた?」

美園は朔がベッドに背中をもたれて座っている隣に座った。

「・・・自衛隊行けって・・・」

「行くの?」

朔が首を振った。

「・・・朔・・・」と美園は朔の手を握った。

「私、歌なんてやめてもいいんだよ」

「やめるって?」

「朔が私が芸能界でやることで離れて行こうとするなら、私、歌なんてやめるよ」

「・・・俺のために?」

「そうだよ」

「・・・・・・」

「ねえ、大切なものって何?」

美園が聞くと朔が首を傾げた。

「前にも言ったけど、仕事が自分のステータスだったり、食べて行く為だったり・・・そんな風に自分を縛ることで、狭い世界に生きられるんだけど、私は地球からこぼれたいの」

「地球からこぼれる?」

「うん、この地球の中は特殊空間なのよ。しかも社会っていう人の頭の中の思考で更に特殊になっていて・・・でも、ま、そう悲観的になることでもないんだけどね。だけど、今地球がチェンジしようとしてる・・・だから朔も私と一緒にこぼれよう?」

「よく意味がわからない・・・」

「そうだよね」と美園は笑った。

「歌・・・やめないで・・・」

「やめなくていいの?朔、また私のこと無視するでしょ?」

「無視・・・しない」

「そう?ならいいけど」

美園が膝を立てると朔がそれをじっと見た。

「足、触る?」

「・・・それよりしたい・・・」

「アハハ・・・いいよ」と美園は立ち上がってベッドに入った。その後から朔が入って来る。上から口づけられてから首すじを舐めてくる。

「ちょっと、くすぐったい・・・」

美園が言うと、「美園も俺のこと舐めて」と朔が言う。

「いいけど、どこを?」

そう言ったら朔が少し顔を赤らめて「やっぱり、いい」と言った。

「・・・舐めてあげるよ」と美園は起き上がって朔のズボンに手をかけた。今日は朔は奏空のパジャマを借りている。「寝て」と美園が言うと朔が仰向けになった。

朔のすでに反応している部分を舌で舐めると、朔が「んん・・・」と少し呻いた。

「気持ちいい?」と美園が聞くと「ん・・・」と朔が言う。

「朔、今日は私が上になってあげるね」と美園は朔の上にまたがった。

朔の顔を見ながら身体を動かすと、朔も美園を見つめてきた。

「朔、あなたは素敵なんだからね」と美園が身体を動かしながら言うと、「ん・・・」といきなり朔が起き上がって美園を下にした。

「美園・・・」と名前を呼びながら朔が動く。

(やっぱ、名前呼ばないとダメなんだな・・・)と一人心で思う。

「美園・・・」とまた名前を呼んでくる朔が、美園は本当に愛しくなってきた。

(私、変だな・・・愛しいなんて・・・)

「美園・・・」

朔の声を聞きながら不思議な気持ちになる。

するから好きになる・・・本当かも・・・・・・。

 

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