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フローライト第四十一話
奏空の全国ライブツアーが始まってまたしばらく会えない日々が続いた。咲良の怪我は徐々に良くなっていき、やっと自分のマンションに帰って来れた頃、ちょうど奏空もツアーを終えて一旦東京に戻って来た。一旦と言うのは、まだ後半戦が残っていたからだ。
天城家にお世話になっている間、すっかり利成にべったりだった美園は、ピアノも教えてもらい腕も上がっていた。おまけに利成から絵も教わったらしく、油絵も描き始めていた。
マンションの部屋では絵の具が使いづらいといい、しょっちゅう美園は利成のところに行き、ヘタしたら泊ってきていた。
「利成さんが一緒にピアノの演奏やろうって・・・」
秋も深まった夜に美園が言った。
「一緒にって?」
「利成さんのユーチューブチャンネルでやろうって」
「ユーチューブ?美園が出るの?」
「うん、一緒に演奏したのを出そうって・・・楽しそうだからオーケーしたよ」
「・・・そう」
夜に寝室に入ってから咲良は奏空にそのことを言った。
「大丈夫かな・・・」と咲良が言うと「大丈夫じゃない?」と奏空は軽い感じだ。
「でも美園が出たら、みんながあの子を見るでしょ?」
「そうだね」
「利成の孫になるのよ?」
「うん・・・」と奏空はベッドに寝そべってスマホを見ながら返事をした。
「ちょっと!聞いてる?」と咲良は声を大きくした。
「聞いてるよ。何が心配?」と奏空がスマホから顔を上げた。
「・・・だってあの子・・・」
「あの子?」
「・・・・・・やっぱりいいよ」と咲良もベッドに入った。
「咲良?まさかだけど・・・」と奏空が咲良の方に身体を向けた。
「利成さんの子供だとかそんなことを心配してるんじゃないよね?」
「・・・・・・」
「美園は俺の子なんだからそれを忘れないで」
「うん・・・」
頷きはしたけれど、実は血液型でいつか美園にもわかってしまうのではないかと咲良は気にしていた。
そして美園と利成がアップした動画は、かなりな再生回数となった。美園が利成の何なのかは伏せて出したから、皆が誰なんだろうと大騒ぎになったのだ。
<美少女、ピアノの腕前はプロ>
そんな内容が利成の動画を見たファンたちから広まっていった。確かに美園は咲良にはまったく似ていなかった。かといって奏空にはもっと似ていない。利成に似ているというより、天城家の方の顔なのだ。
動画の中で美園が英語で一曲歌っていたので<英語もペラペラ>みたいな噂も出た。
やがて奏空の子供であり、利成の孫であることがわかってしまい、またツイッター上をにぎわしていた。美園本人はまったく素知らぬ顔で夜遅くまでパソコンに向かって何かをしていたり、週末は利成の家に行って泊まったりした。
奏空の全国ライブツアーの後半戦も無事に終わった十二月に入ったある日、美園に芸能界への誘いがあると聞かされた。
「まだ早いでしょ?何やるのよ?」
「子役みたいだよ」と奏空がテレビを見ながら言う。
「ドラマってこと?」
「そう」
「で?なんて答えたの?」
「本人に聞いてって」
「美園に?やるって言うでしょ、それなら」
「やるならやるでいいんじゃないの?」
「子役なんてやめて欲しい」
「何で?」
「そのままずるずるとやられちゃうでしょ?」
「子役を?」
「そう・・・それにまだ小学生なんだから、そんなことよりやらなきゃならないことは他にあるでしょ」
「・・・咲良は?何で女優になったの?」
「・・・高校の時、いろんなオーディションを受けたのよ。どれも落ちたけど、一つだけ気に入ってくれた事務所があって・・・そこの社長さんがいい人で、引き受けるから東京に出ておいでって」
「そうなんだ」
「でも私はど素人だったから大変だったし・・・あの利成との仕事が来る辺りがピークだったのよ」
「そっか、で?美園の何を心配してるの?」
「・・・あることないこと言われる・・・」
「・・・・・・」
「だからもう少し大人になってから・・・」
「ねえ、その”あることないこと”の内容は?」
「内容なんて何でもよ」
「ふうん・・・」
「奏空から断って。まだ早いからって」
「美園には何て言うの?」
「美園には言わなければわからないでしょ?」
「それは無理だよ。利成さん側からも話がいってるから」
「え?そうなの?」
「そう。美園がどう思ってるのかは知らないけど」
「・・・・・・」
結局美園はドラマは断っていた。ユーチューブでいいというのだ。
「利成さんとやる方が楽しいから」と美園が言う。
ユーチューブは第二弾、第三弾と作っていた。一体利成はどういうつもりなんだろうと、咲良は利成に電話をした。美園は部屋にこもっている。奏空はまだ帰宅していなかった。
「もしもし?」と利成が出る。どうやら家にいたようだ。
「利成?ちょっと聞きたいんだけど・・・」
「何?」
「美園とのユーチューブっていつまでやる気なの?」
「さあ、美園に聞いて」
「何で?」
「俺より美園がやりたいって言うんだよ」
「だったらもう断って」
「何で?断るようなことでもないよ」
「だって利成とだとネットや雑誌に載っちゃうのよ。それがやなの」
「載ったっていいんじゃない?反応ある方が美園もやりがいあるでしょ」
「やりがいなんていらないんだって」
「・・・・・・」
「だからやめて欲しいの」
「俺がやらなくても、美園なら一人でもやるだろうね」
「それはそれでいいよ。利成と一緒じゃなければ」
「何が心配?」
「何がって、色々・・・子供には良くないことだらけでしょ?」
「そうか・・・」
「とにかく断って」と咲良が言うと「了解」と利成が言って通話を切った。けれど年末、美園が血相抱えて利成の家から帰宅した。
「咲良!」といきなり呼ばれる。
「何?」とキッチンで夕食の準備をしていた咲良は顔だけ向けた。
「何でユーチューブダメなのよ?!」
いきなり美園が大声を出す。
「ダメなんて言ってないよ。一人でやればいいでしょ」
「利成さんとやりたいのよ」
「美園こそ何でよ?一人でいいでしょ」
「私は利成さんが好きなの!だから一緒にやってると楽しいの!一人だとつまらないでしょ」
「・・・利成だって忙しいでしょ?迷惑だよ」
「違うでしょ?咲良がダメだって言ったんでしょ?何よ?焼きもち?」
「は?」
美園の意外な言葉に咲良は思わず美園の顔を見た。
「知ってるんだよ?私。咲良は奏空より利成さんが好きでしょ?」
「は?何言ってるのよ。そんなわけないでしょ?」
「そんなわけあるよ。二人共いつも意味深じゃない?それとも私は子供だから気づいてないとでも思った?奏空との喧嘩もそうでしょ?悪いけど少し聞こえてたんだよ」
(え?)と思う。
「聞こえてたって?」
「だいぶ前だけど、奏空が死にそうになって救急車呼んだでしょ?あの少し前の時の喧嘩だよ。利成さんのことでもめてたでしょ?」
「・・・・・・」
「それに私見ちゃったんだ。明希さんが持ってた古い週刊誌」
「週刊誌?」
「そうだよ。咲良って昔利成さんと付き合ってたんだね」
「・・・・・・」
「もしかして私って奏空の子じゃないんじゃない?」
(な・・・)
思わずカッときて咲良は美園の頬を手で打った。
「何てこというの?!」
美園が頬を押さえたまま挑むような目で咲良を見てきた。
「そんなに取り乱すなんて・・・」と美園が呟く。
咲良の唇が震えた。それを見つめた美園が冷静な顔になっていく。
「なーんだ・・・わざと言ってみただけなのに、まさか図星?」
咲良は何も言えないままただわなわなと身体が震えた。まさか我が子からそんなことを言われようとは夢にも思わなかったのだ。
「アハハ・・・ほんとに?」と美園が渇いた笑い声を出した。
「違う」とやっと咲良言った。
「違わないんでしょ?そうか・・・どおりで私は咲良にも奏空にも似てないと思った」
「・・・・・・」
「・・・とにかくユーチューブはやるから。私の”お父さん”と」
「美園?!!」と咲良は怒鳴った。けれど美園は軽蔑したような目で咲良を見返してきた。
「ちょうどお正月にもなるし、しばらく利成さんと明希さんのとこに行ってるから」と言って美園がリビングから出て行った。
咲良は脱力しその場にペタンと座った。何のために今まで隠してきたんだろう・・・あの子を美園を守るためだったのに・・・。
夜に奏空が帰って来て「美園は?」と聞いてきた。いつもなら美園がすぐに部屋から出てきて奏空に「おかえり」と飛び込むのだ。
咲良はあれから何もできずにリビングのソファに座ってぼんやりしていた。
「さあ・・・」
「さあ?どこかに行った?また利成さんのところ?」
「多分・・・」
力なくぼんやりと咲良が答えると奏空が「どうかした?」と隣に座ってきた。
「・・・あの子・・・美園に利成が父親だってバレちゃったの・・・」
咲良はまだぼんやりとした頭でようやくそれだけ言った。
「えっ?!何で?!」と奏空が思いっきり驚いている。
「あの子・・・私と奏空の喧嘩を聞いていて・・・それと明希さんが残していた古い週刊誌を何故だか見たらしいの・・・それで私にカマかけてきた・・・」
「週刊誌なんて見たの?何でだろ?」
「さあ・・・しまってあるから引っ張り出さなきゃ見れないのに・・・だけど普段の私と利成の様子が意味深だったって・・・」
「・・・・・・」
「何か疲れた・・・何のために一生懸命隠してきたんだろう。あの子、カマかけてきて私のこと軽蔑したような目で見てきたんだよ・・・人の気も知らないで・・・」
「咲良・・・」
「もう私には美園の相手は無理だわ・・・」
「咲良、まず落ち着こうよ」
「落ち着く?落ち着いてるよ」
「・・・・・・」
少しの間奏空は無言でいたが、自分のスマホを取りだして急に操作を始めた。咲良はその様子をぼんやり見つめた。
「もしもし?」と奏空が言っている。
「美園そっち行ってるよね?・・・・・・そう・・・うん・・・」と奏空が話している。それから「ちょっと咲良に変わるから」と言って自分のスマホを咲良に差し出してきた。
「何?」
「利成さん、話があるって」
「私はないよ」
「いいから」と無理矢理スマホを渡される。
「もしもし?」と仕方なく咲良は言った。
「咲良?美園から聞いたよ」
「そう・・・」
「大丈夫?」と利成が言う。
「何が?」
「咲良が」
「私は全然大丈夫。利成に美園あげるわ」
「・・・・・・」
「美園にもそう言っておいて。私はもうあなたのこと育てるの無理だって」
「咲良、少し話そうか」
「やだよ。話すことなんてないもの」
「・・・じゃあ、奏空と話してごらん」
「奏空?どうせまたいつものわけわかんない話だよ。そんなの聞いて何になるの?何も変わらないでしょ?」
「・・・そうか・・・」
「そうだよ。利成・・・美園は利成が好きなんだから・・・それに利成の子供なんだし・・・そこにおいておいて」
「・・・困ったね。咲良がそれじゃあ俺も気になるよ」
「気にしないで。大丈夫なんだから」
「・・・とりあえず、今日は奏空と話してごらん。俺は美園と話すから」
「どうぞどうぞ、美園のことよろしくね」
咲良はいきなり通話を切ってスマホを奏空に渡した。それから立ち上がってリビングを出て寝室に入った。その後から奏空が入って来る。
「ごめん、もしご飯食べてないなら今日は何も作ってないわ」
咲良が言うと「大丈夫だよ」と奏空が言った。
「咲良、少し話そう?」と奏空がベッドの上に座っている咲良の隣に座った。
「わけわかんない話はごめんだから」
「じゃあ、わけわかる話にしよう」
「・・・・・・」
「まず自分を責めないでね」
「責めてないけど?」
「ならいいけど・・・美園が利成さんの子供だっていうことはね、いつかは必ずわかることだったんだよ。隠し通すことは無理だったんだよ」
「そうだね・・・だからもういいよ」
「咲良、まず聞いて」
「・・・・・・」
「美園は結構前から気づいてたよ」
「結構前?」
「そう。前の喧嘩の時よりもっと前」
「何でそんなことわかるのよ」
「また意味不明って言われるだろうけど、俺はその人のエネルギーの変化がわかるって話ししたことあるでしょ?」
「そうだね・・・あったね」
「美園は咲良と利成さんの微妙な空気に気がついているようだったよ」
「そう・・・」
「もちろんそれが何なのかはわかってなかったみたいだけど・・・心に残ってるようだった」
「・・・・・・」
「今回はユーチューブのことで、咲良が美園を守ろうとしてやったことでしょ?だからそれはそれで良かったんだし・・・。たまたま美園にわかるのが今のタイミングになったってだけなんだよ」
「・・・そう・・・だから?」
「だからもう後は美園が判断するよ。咲良の手から離れたんだよ。今までずっと抱えてきたでしょ?十字架を抱えるかのように」
「十字架って?」
「まるで自分の罪みたいにってことだよ。誰のせいでもないし、責任があるとしたら利成さんにだよ。咲良はまったく気にしなくていいんだよ」
「罪・・・か・・・そんなの考えたこともないよ」
「・・・ん、考えなくていいんだよ。咲良がずっと離せなかったものを美園が引き受けたんだから」
「・・・またいつものわけわからない話しだよね?もうやめて」
咲良はベッドに突っ伏した。美園にわかってしまったことが何よりもつらかった。奏空が咲良の背中に手を置いて撫でながら言った。
「咲良、俺のこと見て。怖がらないで見て」
「・・・・・・」
「目を開けて見てよ」
「・・・・・・」
「美園は大丈夫なんだよ?わけわからない話にまたなるけど、美園は最初から利成さん側なんだよ」
「・・・どういうこと?」
咲良は起き上がった。
「・・・また反則切符切るか・・・」と奏空が独り言のように考えた顔で言ってから咲良の顔を見た。
「いつも俺が言っている”咲良は悪くない、利成さんの責任”っていうのは本当にそのまんまの意味なんだよ」
「・・・・・・」
「・・・はっきり言うと、あれはわざとなんだよ。利成さんがどこまで意識していたかわからないけど、美園はできるべきしてできたし、それは最初から利成さんの子として出てきたんだよ。咲良の過ちなんかじゃないんだよ」
「わざとって・・・利成がわざとってこと?」
「まあ・・・そうだね」
奏空が少し言いにくそうに眼を伏せた。
「ちょっと待って。わざとって・・・子供ができるって知ってたってこと?」
「・・・利成さんは知ってた可能性が高いね」
「奏空は?奏空ならもっとはっきりわかってるんでしょ?なのに私を行かせたの?」
「・・・咲良、俺だって全部わかってるわけじゃないよ。人には”選択”っていうものがあってね、それ次第で変化していく場合もあるから」
「・・・でも、その可能性はあったんだよね?」
「そうだね」
「じゃあ、何でそんな可能性があるってわかってて私を行かせたの?」
「咲良の人生は咲良のもので、俺もすべてに干渉できるわけじゃないんだよ。ていうか、したらダメなんだよ。咲良が自分で選ぶべきだからね」
「私が選んだっていうこと?」
「そうだね」
「それなら矛盾するじゃない?利成は知っててわざとそうした。私の責任はないと言ったよね?なのに今度は私の選択だからなんておかしいでしょ?」
「・・・咲良、咲良は利成さんを選んでなかった?」
奏空が真剣な目で咲良を見つめた。咲良はそう聞かれてハッとしてうつむいた。利成を選んでいなかったかって・・・。
(私はずっと利成に抱かれたがっていた・・・)
咲良が黙っていると奏空が咲良の肩を抱いて引き寄せてきた。
「咲良は無意識だったけれど、利成さんは意識的だった・・・だから利成さんの百パーセント責任なんだよ」
「・・・・・・」
「でも咲良はずっとそれを自分のせいだと思って抱えてきたんだよ」
「・・・奏空はどうして?全部知ってたんでしょ?どうして利成の子供だとわかってて私を許してたの?美園のこと可愛がっているの?」
「んー・・・そうだなぁ・・・」と奏空が咲良の腕をさすった。
「まず咲良のせいじゃないからね。後は・・・咲良が好きだから、咲良が誰を好きでもどこを見てても俺は咲良を見てるから。美園に関しては言うまでもないっていうか・・・」
「言うまでもないとは?」
「子供は可愛いでしょ?誰の子でもないと思うんだよ」
「よくわからない・・・。私は今美園が憎いもの」
「・・・そうか・・・」と奏空がまた咲良の腕をさすった。
咲良は美園のあの蔑むような目と渇いた笑いを思い出していた。美園のことをずっと守りたいと思ってきたのに、それは不必要だったの?
年末から美園は本当に帰って来なかった。年明けの元旦の朝を咲良は奏空と二人で迎えたのは久しぶりだった。美園が生まれてからはいつも美園がいたのだ。
咲良の心は整理がつかないまま元旦の午後、利成と明希のいる天城家に行くことになった。
「あけましておめでとうございます」と咲良は玄関に出迎えてくれた明希に挨拶をした。奏空が先に家に上がって廊下を歩いて行く。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」と明希が笑顔で答えた。
リビングに入ると奏空にべったりくっついている美園が目に入った。咲良は美園を無視してダイニングテーブルの方の椅子に座った。
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」と明希が言う。
「あ、コーヒーで」と咲良が答えた。リビングにもキッチンにも利成の姿が見えない。
「あの、利成は?」
「あ、二階にいる。何かね、元旦早々仕事してる」と明希が肩をすくめた。
「後で呼んでくるね」と明希は言ったが、しばらく経っても利成は姿を見せないので、咲良は奏空と美園がピアノ室に行ったすきに二階に上がって行った。
利成の仕事部屋をノックすると「はい」と声が聞こえた。咲良はドアを少しだけ開けて「あけましておめでとう。今って少しいい?」と聞いた。
パソコンに向かっていた利成が振り返って「おめでとう。いいよ」と言う。
咲良は部屋の隅の小さなソファに座った。利成はそのまま椅子だけ回してこっちを見る。
「どう?落ち着いた?」と利成に聞かれた。
「別に最初から落ち着いてるよ。美園のことどうなったのか聞きたくて」
「美園は大丈夫だよ。色々話せたしね」
「どんなこと?あの子何て言ってたの?」
「どこが気になる?」
「あの子、知ってたの?利成と私のこと」
「・・・知ってはいなかったみたいだよ。違和感があったくらいで」
「違和感って?」
「何かおかしいなって程度だよ。あまり深くは考えてなかったみたいだよ」
「そうなの?でも、奏空の話じゃ美園はどことなく気づいてたみたいだって・・・」
「そうだね、深いところでは何か感じ取っていたかもしれないけど、そこはまだ子供だからね。そういう想像はしなかったみたいだよ」
「でも、週刊誌を見たって・・・」
「週刊誌?」
「・・・明希さんが取ってあるのよ。下のクローゼットに」
「そう。そのことはわからないな」
「何で見たのか知らないけど、それで私と利成がつきあってたんでしょって言われたの」
「そうか、じゃあ、今回は疑っていたところをカマかけたってところだね」
「そうだよ。親にカマかけてくるなんて・・・おまけに本気で見下すような目で私のこと見たのよ」
「・・・・・・」
「利成にはそのことなんて言ったの?」
「そのこととは?」
「利成の子供だって話だよ」
「利成さんの子供だったんだねって言ってたよ」
「それで何て答えたの?」
「もうわかっちゃったみたいだったから「そうだね」って答えたよ」
「少し誤魔化すとか何でしてくれなかったの?」
「いつかわかることだと思ったからね。それに美園はもう知ってたから誤魔化したところで納得もしないでしょ」
「・・・あの子、まったくショックを受けてないみたい・・・」
「そうだね。ショックを受けたのは咲良でしょ?」
「・・・利成、私が妊娠するって、利成の子供を産むって知ってたの?」
咲良はうつむいていた顔を上げて利成の顔を見つめた。
「・・・知らなかったよ」
「でも奏空が・・・利成はわざとだって・・・」
そう言ったら利成が考えるような顔をして少し沈黙した。それから口を開く。
「わざとじゃないよ。ただそうなる可能性があったってだけで」
「そうなる可能性を知ってて私としたの?」
「そうだね」
「何で?避けれたのに?」
「咲良もしたかったでしょ?」
「・・・・・・」
「俺もしたかった・・・それだけだよ」
「無責任すぎる。そうなる可能性を知りながらするなんて」
「そうだね」
「そうだねってそれだけ?」
「何が欲しい?謝って欲しい?」
「・・・そういう言い方・・・変わってないんだね」
「そう?俺はその時したいことをするだけだよ。後悔も責任もない」
「ひどい・・・そんなの・・・」
「・・・・・・」
「・・・もういいよ」と咲良が立ち上がりドアの方に向かうとその腕を利成につかまれた。
「咲良、もっとシンプルに考えてごらん」
咲良は無言のまま利成を見た。
「あの時こうしたからこうなってっていう考え方を、いったんやめてみて考えてごらん」
「どういうこと?」
そう言ったら利成が立ち上がって咲良を抱きしめてきた。
「セックスするのに理由いる?」と咲良を抱きしめたまま利成が言う。
「・・・・・・」
「俺としたかった以外に何かある?」
「・・・無いかもしれないけど、だからといってやりたいからするなんて許されないでしょ」
「許してないのは誰?」と利成が身体を離して咲良の顔を見つめた。
「・・・誰って言うか・・・世間一般の常識でしょ?」
「世間ってどこにある?」
「え?世間は世間でしょ?社会のことだよ」
「そうか・・・じゃあ、その社会はどこにある?」
「また?そう言う話しはいいわ」と利成から顔を背けようとしたところを阻止され口づけられた。咲良の唇を割っていきなり利成の舌が入ってくる。けれど咲良は無気力のままでそのまま抵抗もしなかった。ひとしきり口づけてから利成が咲良から唇を離した。
「したいからするでいいでしょ?それが真理だよ」
「・・・・・・」
咲良は利成の顔を見つめた。自分は利成が好きだった。そして明希が羨ましかった。それだけだ。
コンコンとそこでドアがノックされ「利成さん」と美園が顔を出した。利成の手はまだ咲良の両頬にあった。美園が少し驚いた顔をしたのと利成が咲良から手を離したのが同時だった。
「何?」と利成が焦った様子もなく美園を見ている。
「仕事、まだ終わらない?」
「もういいよ。何かあった?」
「こないだの曲のアレンジの続き教えて欲しいんだ」と美園がチラッと咲良を見た。
「いいよ。ここでする?」
「うん」と美園が中に入って来たのと入れ違いに咲良はドアの方に行った。
「咲良」と利成に呼び止められて咲良はドアの前で振り返った。
「また後でおいで」
どういうつもりかそんなことを利成が言って、美園が利成の顔を見てから咲良の方を見た。咲良はそれには答えずそのまま部屋を出た。階段を降りてリビングに入ると奏空と明希が話をしていた。
「あ、咲良。今美園が行った?」と奏空が言った。
「来たよ」と咲良は言って奏空の隣に座った。
「曲のアレンジ、俺も教えてあげるって言ったのに、俺のじゃ気に入らないんだって」
「そう」
咲良がつっけんどんに答えると、雰囲気を察したのか明希が席を外した。
「利成さんと話せた?」
「話せたよ」
「咲良は納得できた?」
「納得って?何に?」
「利成さんの話に」
「ああ、その時したいからするし、後悔も責任もないって話し?」
咲良は座り直しながら素っ気なくそう言った。
「・・・・・・」
奏空は黙っている。
「納得も何も・・・そうなんだろうからね」
咲良が言うと「・・・やれやれ利成さんてば、余計に咲良をねじらせたようだね」と奏空がため息まじりに言った。
「利成がどうかした?」と明希が咲良と奏空の前にお茶の入った湯呑を置いた。
咲良は軽く頭を下げる。
「利成さんの悪い癖発動中だよ」と奏空がお茶を一口飲んで「あちっ」と言っている。
「熱いから気をつけて」と明希が少し笑ってから「利成はいつも退屈してるのよ」と言った。
「それなんだよ。退屈が己のスタイルになっちゃってるの。もう少し素直にやれないかな」と奏空が言う。
「そうだね、利成の表現の仕方はなかなかわかりづらいんだよね」と明希がすましてお茶を一口飲んだ。
「どんな風にわかりづらいんですか?」と咲良が明希に聞くと明希が少し微笑んでから言った。
「んー・・・言葉のまま受け取るのはまずダメで、でもそれだけじゃないの。何ていうのかな・・・」と明希が考える顔をしている。
「そんな深い話じゃないよ。利成さんは基本的には単純だから。素直にっていうのは、素直に降参して退屈を認めて欲しいってことだよ」
「え?そうなの?」と明希が言う。
「そうだよ。明希も深読みはやめた方がいいよ」
「そうなんだ~でもね、わかりづらいのは確か」
「明希はね、もう少し自分の枠から出て利成さんを見ないと」
「そうか、昔利成にも言われたよ。自分のフィルターから見てたらわからない、俺はもっと単純なんだよって」
明希がお茶をまた一口飲んだ。
「そうそう、その通り」と奏空もお茶を飲んだ。
「単純か・・・」と咲良が呟くように言うと明希がチラッと咲良を見た。
三人が黙っていると誰かのスマホが鳴っている。
「明希のじゃない?」と奏空が言うと「あ、ほんとだ」と明希がキッチンの方に行った。
「あーやれやれ。俺の努力が水の泡・・・」といきなり奏空が呟く。
「何の努力よ?」
「・・・咲良、利成さんとまた何かあったでしょ?」
「・・・・・・」
「それ、そういう方向に行かないように日々精進してるんだよ、俺は」
「意味がわからない。利成となんて何もないしね」
「・・・咲良、ちょっと旅行にでも行かない?」
唐突に奏空が言った。
「旅行?いつも言うけど奏空の仕事で流れてるんだよ」
「そうだね、ごめん。だから今度こそ本気で休み取るから」
「いいよ。別に」
「えー・・・行こうよ。二人で」
「二人?美園は?」
「美園はここに置いてさ」
「美園が納得しないよ。美園は私のことは嫌いだけど奏空のことは好きなんだよ」
「咲良のことだって美園は好きだよ」
「どうだか・・・」
咲良はお茶を一口飲んだ。
「二人共、ゆっくりしててね。ちょっと出てくるけどすぐ戻るから」と明希が出かける準備をしながら言った。
「オーケー」と奏空が答える。綺麗に化粧を終えて出て行く明希に奏空が後ろから「ごゆっくり」と言った。
「明希さん、彼氏?」と咲良が聞くと「そうだろうね」と奏空が答えた。
「ねえ、私も彼氏作ろうかな」
咲良は窓の外に目を向けながらわざと陽気な声を出した。
「・・・・・・」
奏空は無言でいる。
「何よ?無視?」と咲良が言うと「俺も怒る時ってあるんだよね。それが今」と奏空が言って残りのお茶を飲み干した。
「冗談も通じないんだね」と咲良も残りのお茶を飲んだ。
「冗談で言ってないでしょ?」
「冗談だよ、当たり前でしょ」
「・・・やっぱ旅行行こう。咲良、だいぶ参ってるみたいだから」
「参ってなんかないよ。美園は利成にあげたんだし・・・そうだね、二人で行ってもいいかもね」
「俺は美園を利成さんになんてあげないよ」
「でも、美園は最初から利成側だって言ってたじゃない?つまりあの話しによれば、美園は黒石なんでしょ?」
「そうだよ。美園は俺の子だからね」
「あーあ、奏空ってば、言ってることおかしいよ?こないだは誰の子とか関係ないっていってたし・・・だから”俺の子”っていうのもおかしな話になるでしょ」
「そうだね、究極誰も誰の子でもないしね」
「そう?なら美園は利成に育ててもらってもいいわけだね」
「咲良?!」と急に奏空が大きな声を出したので咲良は少しビクッとして奏空を見た。
「ひねくれるのも俺の苦手分野なんだよ。それ以上言うのやめて」
「あーそう?ひねくれてて悪かったね。奏空みたいに私は真っ直ぐいつも明るくなんてできないんだよ」
「いつも明るくなんて必要ないよ。咲良は咲良のままで十分なんだし」
「じゃあ、ひねくれててもいいじゃない?これが私なんだから」
「・・・・・・」
奏空が黙りこむ。まったく元旦早々こんな喧嘩・・・今年はどんな年になるのだろう。ろくな年じゃなさそうだと咲良は思う。
足音が聞こえてリビングに美園が入って来た。黙って座っている二人の顔を見比べて「また喧嘩?」と美園が呆れたように言った。
「喧嘩なんてしてないよ」と咲良は言った。
「ふうん・・・何か利成さんが咲良のこと呼んでるよ」
美園が言うと、奏空が顔をあげて美園を見た。
「何の用?」
先に聞いたのは奏空の方だった。
「さあ・・・何だろ?さっきの続きじゃない?」と美園が咲良の方を見た。
急に奏空が立ち上がる。
「あ、奏空は呼ばれてないよ。咲良だけだって」と美園が言うと、「いいの、咲良も来て」と言って奏空がリビングを出て行く。
利成の仕事部屋の前に行くと奏空がノックと同時にドアを開けた。奏空の後ろから部屋の中の利成を見ると、利成が奏空の方を見ていた。
「咲良に何の用事?」と奏空が言う。
「・・・まあ、座りなよ」と落ち着き払った利成はいつもと変わらない。けれど・・・。
(どことなく楽しそう?)
咲良は奏空の後ろから部屋に入ってさっき座ったソファに奏空と一緒に座った。
「咲良に用事があるけど、奏空にはないよ」と利成が面白いそうに奏空の顔を見ている。
「そう。でも俺の方はあるんだよ」と奏空が答えた。
「そう?何の用事?」
「あのさ、色々利成さんは楽しそうだけど、咲良だけはもうやめて欲しいんだよ」
「咲良だけはって?」
「美園はいいよ。だけど咲良はね、まだまだ不安定なんだよ。だからもうここらへんでやめて欲しいんだよ」
「へぇ・・・一時休戦みたいな?」
「そうだよ」
「さあ、どうしようか・・・?」
利成が咲良の方を見る。
「一時休戦の意味がわからないけど・・・」と咲良は言った。
「今は意味考えないで」と奏空が言う。
「・・・俺もね、そろそろ色んな意味で潮時かなって考えててね・・・今世、思いっきり遊んだしね」
「じゃあ、もういいでしょ?後は大人しくしてなよ」
「一つだけの心残りが咲良なんだよ」
「・・・・・・」
「でも咲良が最後かな・・・もうそれでジ・エンドだね」
「どうする気?」と奏空が言う。
「どうして欲しい?」
「さっき言ったでしょ?」
「なかなか複雑になってきたようだね」と利成がまた咲良の方を見た。
「複雑にしちゃったのは誰だっけ?」と奏空が利成を見つめている。
咲良は二人の顔を見比べながらまったく意味がわからない。
(どういうこと?)
目の前のことがすべてだと思ってきた。でもこの二人はそうではないらしい。今世だとか前世だとか見えない世界で何かをしているらしい。咲良は半信半疑な思いでいつも奏空の話を聞いていたけれど、もしそれが本当だったら?
本当だとしたら・・・自分って一体・・・誰なんだろう?
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