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フローライト第三十八話

「奏空~」と美園が玄関まで駆けだして行った。

「ただいま~美園~」と奏空が大袈裟に両手を広げている。美園が奏空の腕の中に飛び込んでいった。

奏空は全国ツアーを終えてしばらくぶりに家に帰ってきたところだった。美園は三歳になっていた。

「おかえり」と咲良も言うと「ただいま~咲良もきて」と奏空が言う。

「いいよ、私は」と言うと奏空と美園がじーっと咲良を見てくる。

「あーはいはい」と咲良は諦めて奏空の腕の中に入った。

「うん、二人共ただいま」と奏空が抱きしめてきた。


「だけどさ・・・私ももう三十になっちゃうんだよ。サイアク」と食事をしながら咲良は言った。

「え?あ、咲良の誕生日じゃん。そっか、美園と誕生日近いんだよね」と奏空が言った。

「そうだよ。美園の誕生日の後にすぐ私」

「そうだね、今年は何が欲しい?」と奏空が聞いてくる。毎年奏空が何かを買ってくれている。奏空の誕生日は七月なので、今回はツアーの真っ最中だった。

「いいよ。別に。私、奏空に何もしてないじゃん」

「そんなのいいよ。俺が咲良にあげたいんだから」

話していると美園が急に「あっ!」と大きな声を出した。

「何?」と咲良と奏空は美園を見た。

「テレビ!利成さん」と美園が言うので「えっ?」と奏空と咲良はテレビを見た。歌番組らしかったが確かに利成が出ていた。

「天城さんは今回本当にお久しぶりですね」と司会者が言っている。

「利成ってほとんどテレビに出ないよね」と咲良は言った。

「そうだね。それがまあスタイルだからね」

「たまにぽつっと出るのは何?」

「気まぐれなんじゃない?その時に出たかったら出るんだよ」と奏空が言った。

「アハハ・・・そうだね」と咲良は笑った。

美園が立ち上がってテレビのそばまで行って、食い入るように画面を見始めたので咲良は「美園、目が悪くなるよ」と注意した。

「美園は利成さんが好きだからね」と奏空が美園のそばまで行って膝に抱き上げた。

「そうだよね・・・こないだ遊びに行った時なんてべったりだったんだよ」

「そうなんだ」

「ピアノを習ってたよ。利成から」

「へぇ・・・美園、ピアノ弾くの?」と奏空が美園に聞いた。

「うん。利成さんが教えてくれた。それから麻美さんも」

「麻美さんも?」

麻美さんは利成の母のことだ。奏空からみれば祖母になり美園にとっては曾祖母になる。

「そうなの。麻美さんも来てて、本格的に教えてもらってた」

「へぇ・・・そう」

「奏空も弾くでしょ?」

「弾けるけど最近は全然やってないからね」

「まあ、忙しいしね」

「利成さんのとこ行く」と急に美園が言う。

「もう夜だから行けないよ」と咲良が言うと「行く」と美園が玄関の方に走って行く。

「あ、ちょっと」と咲良が慌てて追いかけると、美園は玄関で靴を履き始めた。

「ダメだって。もう行けないから。明日にしよう」と咲良が言うと「行く」と美園が玄関のカギを開けようと手を伸ばした。

「美園、おいで。ダメだって!あー、もう。ちょっと奏空!」と咲良は奏空を呼んだ。

「何?」と奏空がのんびりと玄関に出て来る。

「美園のこと止めて」

咲良が美園を抱えようとすると、案の定「ギャー」と美園は泣き出した。美園は自分のやりたいことがあると絶対に言うことをきかない。特に咲良の言うことは絶対に聞かなかった。

「美園、今行っても利成さんいないよ?」と奏空が言った。

「いるよ」と美園が言う。

「いないの。さっきのテレビはね、生放送だから今お仕事なんだよ」

「いる」と美園が怒ったように奏空に言う。

咲良はやれやれと自分だけリビングに戻った。どうせ自分のいうことなど美園はきかないのだから、ここに突っ立っているだけ無駄なのだ。

リビングのソファに座っていると「咲良!じゃあ、ちょっとだけ行ってくるね」と声が聞こえたので咲良は焦ってもう一度玄関に行った。

「ちょっと!また、美園の我がまま通さないでよ。最近まったく言うこときかなくなってるんだよ」

「そうなの?でも、我がままでもないからいいんじゃない?」

「我がままだよ。こんな時間から出かけるなんて」

「こんな時間でもいいじゃん。咲良も行こう」

「奏空?美園のこと甘やかしすぎ」

「咲良、行こう」と美園が機嫌よく言う。奏空を味方につけて強気なのだ。

(はぁ・・・)

「・・・ちょっと待って。着替えて来る」

「うん。じゃあ、美園も何か上に着よう」と奏空が美園を抱きかかえた。

 

結局夜の九時過ぎに天城家を訪れる羽目になる。明希が「どうしたの?」と少し驚いた顔で出迎えてきた。

「利成さん」と美園が部屋の中に入って行く。

「すみません、テレビで利成のこと見て・・・どうしても会いたいって・・・」と咲良は言った。最近は明希の前でも利成のことを呼び捨てにしていた。

「あ、そうなの?テレビ出てたんだ」と明希がまた驚いていた。

リビングに入ると先に入って来たはずの美園がいない。

「みっちゃん?」と明希がキッチンの方に入って行く。

「美園ー」と奏空が呼んだが返事はない。

「ピアノ室かも?」と咲良が言うと「あ、そうかも」と明希が言う。

リビングの横から行けるピアノ室に奏空と明希と咲良とで行ってみると、咲良がピアノの椅子に上ろうとしていた。

「あ、美園、危ないから」と咲良は走り寄って美園を抱えて椅子に座らせた。

ピアノを美園が弾くというので、仕方なくピアノの蓋をあけた。奏空が美園の隣に座って「じゃあ、一緒に弾こう」と言った。

明希はそれを見てまたリビングの方に戻って行ったので、咲良も一緒にリビングに戻った。

「すみません、遅い時間に」と咲良は明希に言った。

「全然気にしないで。みっちゃんが来たいって言って奏空が連れて行くって言ったんでしょ?」

明希が微笑んだ。

「まあ・・・そうです」

咲良も少し笑った。明希もわかっているのだなと思った。

一時間ほどすると、奏空が美園を抱えてリビングに入って来た。

「美園、眠いんだって」と奏空が言う。

「えー・・・じゃあ、もう帰ろう」と咲良が美園の顔を覗き込むと、もうほとんど目を閉じて睡眠状態だった。

「そうだね」と奏空が言うと「あら、明日は何もないんでしょ?泊まっていけばいいじゃない」と明希が言った。

「まあ、一応俺は明日は休みだけど」と奏空が言った。

「咲良さんも大丈夫でしょ?」と明希が言う。

「まあ・・・私は何もないけど・・・」

「じゃあ、決まりだね」と明希が微笑んだ。

 

美園がすっかり寝入った頃、利成が帰宅した。

「あー美園、残念だったね」と奏空が言うと「何?」と利成が聞いた。

「みっちゃん、利成のことずっと待ってたのよ」と明希が楽しそうに奏空の代わりに答えた。

「そうなの?」と利成も少し笑っている。

「今日テレビで利成のこと見たせいなの」と咲良は言った。

「そうなんだ」と利成はリビングのソファに座った。

「奏空はツアーは終わったの?」と利成が聞く。

「うん、今日帰ったばかりだよ」と奏空が答えると、利成は「そう・・・ご苦労様」と言ってから立ち上がって洗面所の方に歩いていく。

「咲良さんと奏空はみっちゃんと一緒の部屋に寝てね。奏空、布団一つ私の寝室にあるの、持って行くの手伝って」と明希は言う。奏空が「オッケー」と言って明希と一緒に二階に上がって行った。

皆がいなくなってリビングにちょうど利成が戻って来る。

「奏空は?」と聞かれたので「二階に・・・」と咲良は答えた。

「そう・・・」と利成がソファに座っている咲良の隣に座って来る。

「テレビって・・・どういう基準で出てるの?」と咲良は少し気になっていたので聞いた。

「基準とは?」

「だって基本的に出ないでしょ?でもたまに出るから、そういう時ってどうしてかなって・・・」

「ん・・・そうだね・・・特に理由はないよ」

「理由ないの?」

「そうだよ。基準もないし」

「じゃあ、気分ってこと?」

「そうだね。それが一番近いかな」

「そうなんだ・・・利成って全部気分なんじゃないかって思う時あるよ」

「ハハハ・・・そう?確かにそういうことのほうが多いかもしれないね」

「・・・今は、明希さんだけだよね?」

「何が?」

「・・・付き合ってる人はいないよね?」

「いるよ」

(は?)と思う。

「何それ。ひどい。もうそろそろそういうのやめなよ。明希さんが可哀そう」

「そうか・・・その相手っていうのは咲良なんだけどね」

「は?私、利成となんか付き合ってないけど?」

「そうだね、だから今申し込んでるんだよ」

「何それ。ひどい」

「ハハハ・・・そう?何で?」

「私には奏空がいるし・・・奏空は利成の子供じゃない」

「そうだね。一応そういうことにはなってるね」

「は?意味わからないんですけど?」

「・・・そうか・・・咲良はまだまだこれからだね」

「何が?」

「”道を知る”ってわかる?」

「”道”?」

「そう・・・奏空にも俺にも咲良にも美園にも・・・それぞれある”道”」

「・・・わからないけど・・・奏空が言うようなまた難しい話し?」

「ハハハ・・・奏空は難しい話しするの?」

「難しい話っていうか・・・わけわからないことを話すよ」

「そうか・・・道って結局一つしかないんだよ」

「一つ?さっきそれぞれあるって言ってたくせに?」

「ハハ・・・そうだよ。それぞれにもあるよ」

「・・・また?やっぱり奏空みたいな話しだね」

「まあ、聞いてよ。咲良はまだ道を知らないんだよ。だから俺の道でも奏空との道でもいいから、一緒にいたいってことだよ」

「・・・・・・」

「わかる?」

「わからない・・・」

「そうだよね」と利成が微笑む。

「なぞかけみたいなのやめてくれない?」

「アハハ・・・そうか。なぞかけ?」

「うん、意味不明だから」

「ん・・・意味不明だね」

利成が咲良の手を握る。咲良は利成を見つめた。

「・・・何かね、私たちって変だよね?」

「変って?」

「だって・・・私は奏空も好きで利成も好きなのよ」

「そう、俺も咲良も好きだし、明希も好きだよ」

「前に奏空が言ってたけど、”好き”に理由なんてないでしょ?だったら、私のせいでも誰のせいでもないよね?」

「うん、そうだね」

「でも”好き”っていう思いだけがあるって・・・おかしいよね?」

「そうだね。どこからか”思い”はやってくるんだよ」

「やってくる?」

「そう、そんな”思い”が咲良と俺を引き合わせたんだよ。咲良が奏空と会ったのもそう」

「それじゃあ先に”好き”があるみたいじゃない?違うでしょ?出会ったから好きになったんだから」

「そうだね、でもその思いが元々なければ、出会っても何も感じないんだよ」

「・・・そうか・・・そう言われてみればそうかも?」

利成が咲良の頬に手を伸ばす。咲良は利成の顔を見つめてから「フッ」と笑った。

「やっぱり変」

「その”変だ”っていう思いはどこから来るのか?きっと何かの基準があるでしょ?それは多分、咲良が今まで生きてきた経験や記憶、埋め込まれた社会の常識みたいなものから来てるんだよ」

「そう・・・かな?」

「ん・・・それを考えてみるのもいいかもね」

そう言った利成が唇を寄せて来る。理由なき思い・・・だけどどこからかやってくる愛しいという思い・・・そしてどうしようもなく惹かれてしまう感情・・・。どこからくるのか・・・?

(私は奏空も利成も明希さんも美園も・・・みんなが好き・・・)

不意に咲良はそう思った。そこに境目なんてある?

利成の唇がもう少しで咲良の唇に触れそうになった時に、リビングのドアが開いた。

「あ」と声が聞こえたので、咲良と利成がドアの方を見た。

「ちょっと!何?二人きりになるとすぐそれなの?」と奏空が本気の顔で言っている。

利成は咲良から離れて特に表情も変えずにいる。

「もう!利成さんばかりモテるんだから!」と奏空が咲良の前まで来て咲良の腕をつかんだ。

奏空の言葉を聞いた利成が笑っている。

「女性って利成さんみたいな”闇”が大好きだよね。明希も結局利成さんに染まっちゃったし・・・」

「アハハ・・・そう?」と利成がおかしそうに笑った。咲良には意味がわからない。

「勝ったと思わないでよね。まだ勝負はついてないからね。利成さんには俺みたいな真似はできないでしょ?」

「そうだね、奏空みたいな風には俺にはできないよ」

「でしょ?今世は俺が勝つよ」

(ん?今世?)と咲良は思う。

「・・・さあ・・・どうだろうね」と利成が特にツッコミもせず答えている。

「ちょっと、お二人さん?いつも思うけど何の勝負?しかも、”今世”って?」

咲良が二人の顔を見比べながら言うと、利成と奏空が咲良の顔を見た。

「囲碁勝負だよ」と奏空が答える。

「何よ?囲碁勝負って」

「黒石と白石の戦い。もちろん、最後は俺が勝つんだけどね」

「・・・まったく意味がわからないんですけど?」

咲良が言うと、利成が笑って「咲良にもそのうちわかるよ」と言った。

「そう、だからそれまでは咲良は俺のものだよ。反則はなし」と奏空は真顔で利成に言っている。

「わかったよ」と利成が普通に答えている。

(わけわからんわ、この二人)

「じゃ、行こ」と奏空が咲良にいきなり口づけてきた。

「ちょっと」と咲良が唇を離すと、利成と目が合ってしまった。

「じゃあ、おやすみ」と奏空が挑戦的な調子で利成に言った。

(は?)

どうも自分のことは完全に無視して二人で楽しんでいるように見える。

「おやすみ」と利成が平然と答えてから、咲良の方を見て「咲良、さっきの考えてみてね」と笑顔を向けてきた。

「さっきの?」

咲良は首を傾げたが、奏空に引っ張られてリビングから出た。

 

寝室に入ると、美園が布団の中で大の字になって眠っていた。

「子供って寝てる時は天使だね」と咲良は美園の顔を見ながら言った。

「さっきの考えるって何のこと?」と奏空が聞いてきた。

「え?あー何だろう?忘れちゃった」

「えー何それ。利成さんは危険なんだから、咲良ももっと注意して」

「アハハ・・・危険なの?」

「そう。あの闇深さは女性を惑わすんだよ」

「えーそうなのかな?」

「そう!」と奏空が不貞腐れたように答えてベッドの中に入った。

「あ、さっきの明希さんも染まっちゃったってどういうこと?」と咲良も奏空の隣に入った。

「・・・明希はさ~利成さんと同じ方向に行っちゃったんだよ」

「同じ方向って?」

「んー・・・説明面倒だけど・・・」

「いいから言って!」と咲良は少しイラっとする。自分にだけわかってないっていうのは嫌なのだ。

「わかった。じゃあ、言うけど・・・つまりね、輪廻の枠の方に行っちゃったの」

「は?・・・」

「ね?わからないでしょ?説明面倒なんだよ」

「いいから続き言って」

「そう?・・・ん-・・・何て言うか・・・利成さんの持つ”闇”を明希も持つことにしたんだよ。俺の方に来れば一気に天国なのにね」

「・・・・・・」

「話し、やめる?」

「いや・・・続けて」

「俺たちはね、長い長い間輪廻してるんだよ。咲良もだよ?」

「生まれ変わりの話?」

「そうそう、それ。でもね、みんなわざとなの。生まれ変わりなんて本来ないんだよ。なのにわざとカルマを楽しんでいる」

「わざと?」

「そう。もちろん無意識だから誰も気づいてないんだけどね」

「利成が闇ってどういう意味なの?」

「利成さんは黒石、輪廻側」

「その意味がわからない」

「んー・・・そうか・・・何て言ったらいいかな・・・」と奏空が考える顔をした。

「ちょっと表現が難しいな・・・ま、神様と悪魔みたいな感じかな?」

「利成が悪魔ってこと?」

「あー悪魔って「悪い」って意味じゃないよ?囲碁の黒石が悪いわけじゃないのと一緒で。ただどっちを担当するかって話で」

「・・・さっき言ってた今世って何?」

「あ、それはそのまま。今の人生ていうか・・・いや、難しいな・・・つまり利成さんとは前世でも勝負してたんだよ」

「・・・・・・」

「やめる?」

「いや、続けて」

「利成さんが自分のこと思い出したのはわりと最近みたいだけど、俺は最初から何となくわかっていたからね。変な話し言っちゃうと、明希は昔俺の彼女だったの」

「は???」

「あ、昔って前世だよ?」

「・・・・・・」

「やめたほうがいいね」

「いや、続けて」

「・・・そう?・・・でね、利成さんが今世で明希にこだわったのはそういう意味でね・・・でも、まさか利成さんの子供としてくるなんて思ってなかったみたいだけどね」と奏空は楽しそうに言った。

「でも、利成は色んな女性に手を出してるよね?」

「まあね、今世は思いっきり女遊びしたいんだろうね」

「じゃあ、結婚なんてしなければ良かったじゃない?」

「そうだね、でもそこは”カルマ”があるからね。やらなきゃいけないこともあるんだよ」

「明希さんはもちろんそんなことわかってないんでしょ?」

「うん、明希は知らないよ。ていうか忘れてる」

「じゃあ、利成の方に行ったってどういうこと?」

「カルマ回収しないなら利成さん側だよ」

「明希さんはしなかったの?」

「そう、利成さんの他に彼氏作っちゃったからね」

「え?どういうこと?」

「んー・・・昔、明希はモテモテでね、あ、昔って俺の彼女だった頃だよ?で、他の彼氏作ったり、また俺のところに戻って来たりでね、利成さんもこっぴどく振られてたんだよ」

「・・・前世の話ね・・・」

「そうだよ。でも、俺はあくまでも明希を目覚めさせたかったから頑張ったの」

「・・・・・・」

「でも、結局利成さんの勝ちだよ。明希は輪廻の方を選んだから。今回は明希は他の人に行っちゃいけなかったんだよ」

「・・・・・・」

「・・・それでね、俺、咲良に会った時にすぐわかったよ。今世は咲良だって」

「何?女性の奪い合いやってるの?」

「そうだよ」

「何、それ?もっと他の勝負したら?」

「やだな、男として来てるんだよ?女性の奪い合いが一番楽しいでしょ?」

「あー・・・サイアクだね。二人共」

「ハハ・・・そこはまあまあ、咲良だって色々やってきてるんだから」

「私が?何やってきたの?」

「それは秘密。反則になるからね」

「何で?」

「だって自分のカルマ知っちゃったら、それをしないようにすればいいってわかっちゃうでしょ?答えを教えてるようなもんだよ」

「・・・あーごめん。頭がこんがらがってきた」

「ハハハ・・・やっぱり?・・・でも、俺がすぐに咲良と結婚した理由わかったでしょ?」

「え?まさか、利成との勝負に勝つため?」

「うん、でももちろん、咲良が好きだからだよ」

「完全に後付けじゃん。サイアク」

「・・・ほんとは今の話も反則だけどね。利成さんも前に反則技使ったからおあいこだな」

「利成の反則技って何よ?」

「咲良の中に美園を作ったことだよ」

「・・・・・・」

「多分、それで俺が怯むと思ったんだろうね」

「何?あれもわざと?」

「いや、そうしたかったんだと思うよ。きっと無意識だろうから」

「待って。利成も今は思い出してるんでしょ?奏空との勝負を」

「そうだね。でもね、はっきり自覚できてる時とできない時があるんだよ。それが闇側の弱点だね」

「・・・・あーごめん。そろそろ無理かも・・・」

「アハハ・・・じゃあ、続きはまた今度ね。寝よう」と奏空が咲良に口づけてきた。

「大好きだよ」と奏空が言う。

「それ、勝負のためじゃないよね?」

「もう、そうじゃないって、ほんとにほんとに好きなんだよ。愛してるの」

奏空がそう言ってまた口づけてきた。

咲良は何か不思議な物語を聞いたような気がした。でも妙に納得してしまうような・・・。

(私が利成に惹かれるのも・・・何か、決まってたとか?)

ああ、やだやだ。と咲良は首を振った。すっかり奏空の不思議な話にのまれている。

「どうかした?」と目を閉じていた奏空が目を開けた。

「ううん」

「・・・ん、おやすみ」と奏空が咲良の頬を撫でた。

「うん・・・おやすみ」

咲良も目を閉じた。きっとまだまだ自分は何もわかってはないんだろうなと思いながら・・・。


それは初夏を思わせるような日差しの春。小学五年生になった美園が学校から帰宅すると「お腹が痛い」と言った。ただの食あたりかと思っていたら、夜中に「痛い、痛い」と唸っていたので咲良は焦って奏空を起こした。

「奏空、美園が大変」

「え?」と奏空が飛び起きた。

一緒に美園の部屋に行くと、美園はベッドに起き上がってお腹を押さえて苦しんでいた。

「痛いの?美園?」と奏空が美園のお腹を触ってからハッとしてその手で美園の額を触った。

「熱あるよ。もしかして虫垂炎とか?」と奏空が言う。

「え?虫垂炎って盲腸のこと?」

「そうだよ。救急病院行こう」と奏空が立ち上がった。

「美園?ちょっと待ってね」と咲良も立ち上がった。

「救急車呼んだ方がいいかもしれないね」と奏空が言う。

「うん、わかった」

 

咲良が救急車を呼んで十分ほどで救急車が到着して、美園を抱きかかえた奏空と一緒に咲良も救急車に乗り込んだ。

救急病院でやはり「虫垂炎かもしれない」と言われ、病院が開くまでとりあえず痛み止め点滴をした。

朝になって病院に入る。検査をしてから即入院となった。

「かなり白血球の数値が増えてるから、これは手術した方がいいかもしれないですね」と言われる。検査をして午後から手術となった。

「奏空は?」と美園が不安そうに言う。

「今、電話しに行ってるよ。すぐ来るから」

「うん・・・手術ってすぐ終わる?」

「うん、すぐだって。大丈夫だよ」

 

手術室に入る前に奏空が来て美園に「大丈夫だよ」と声をかけていた。

手術が無事終わり、美園が病室に戻って来た。思ったより顔色は良かったので、咲良はホッとした。

「痛くない?」と咲良が聞くと「うん、全然」と美園が答えた。

奏空が医者から説明を聞いてから美園のところに来た。

「美園、大丈夫?」

「うん、大丈夫」と美園が明るく答える。

「経過が良ければ三日で退院できるって」と奏空が言った。

奏空がその日は帰り、咲良だけが病院に残った。個室なので気を使わなくていい。奏空がナースステーションで声をかけられたり、患者だけでなく看護師にまで握手やサインを求められていた。奏空は愛想よく答えて引き受けていた。

次の日、朝の検温の時に何気なくベッドに貼られてある美園の名前を見てドキッとした。

(A型?)

名前の横に血液型が記されてあったのだ。まだ美園の血液型は調べていなかったが、手術なのだし、血液型をみるのは当たり前だろう。

咲良はB型だった。

(確か奏空もB型のはず・・・)

奏空がB型だったら絶対にA型の子供は生まれない。

(利成は何型何だろう・・・)

 

美園の経過は良く、医者の言う通り三日目には退院となった。マンションに戻って美園が「お腹空いた」と言う。

「まだあんまり食べたらダメだよ」と咲良は言った。

夜には奏空が帰宅して美園に「ちゃんと安静にしてなよ」と言っていた。「うん」と明るく答える美園を見つめながら、今日こそ奏空に聞かなきゃ咲良は思っていた。実はなかなか勇気が出なくて血液型のことを聞けなかったのだ。

 

「奏空は何型?」

夜、寝室に入ってからようやく咲良は聞いた。

「何のこと?」と奏空がベッドに入りながら咲良を見た。

「血液型」

「血液型?Bだよ」

「・・・そう・・・」

咲良は何となく奏空から目をそらした。次の言葉はなかなか出ない。

「咲良は何型?」

「・・・私もBだよ」

「そう・・・で?何を気にしてるの?」

「・・・・・・」

「美園のこと?」

「ん・・・」と咲良はうつむいたまま言った。

「A型だったね。病院のベッドのところに書いてあったの見たよ」

「・・・うん・・・」

「気になるの?」

「ん・・・だって美園に聞かれたら・・・」

「そうだねぇ・・・」と奏空が布団をかけた。それから「咲良も早くきてよ」と言う。咲良がベッドに入って横になると奏空が抱きしめてきた。

「どっちかがA型ってことにしておこう」と奏空が言う。

「ん・・・A型なのは・・・」

咲良はそこまで言うと口をつぐんだ。

「A型なのは利成さんだよ」

「そう・・・」

やっぱり美園はあの時の子なのだと実感が湧いてくる。それまではまだどこか違うのではないかと思っていた。

「やっぱり気にしてる?」と奏空が咲良を見つめてくる。

「・・・奏空の気持ちがわからない・・・」

「俺の?どんな?」

「だって何で平気なの?嫌でしょ?普通」

「そうだね。気分がいいわけじゃないけど、でも結局は美園は俺の子だからね」

「・・・・・・」

咲良は奏空がどうして許してくれていて、おまけに美園を可愛がってくれているのが理解できなかった。自分なら絶対に無理だろうと思う。

「咲良、気にしないでよ。一回親子っていうしがらみを自分で解いてみな。”家族”っていう呪縛に気づけるよ」

「呪縛なの?」

「そうだよ。こうじゃなきゃならないって言うのは全部呪縛」

「・・・・・・」

「そういう意味では咲良のお腹を通って美園が来ただけなんだよ。誰の子だとかそういうことじゃないんだ」

「そんなのって世間じゃ通用しないよ」

「世間って?」

「世間って、人のことだよ」

「そうだね。通用してないのは”世間”の方なんだよ。こっちの方が断然リアルだからね」

「よくわからない・・・」

「ん・・・」と奏空が口づけてきた。

「とにかくいいの。俺の子なんだから」

「・・・ん・・・」

「・・・じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」と咲良は奏空に言う。


それから数日して美園は学校に行き初めて、日常生活に戻った気がしていた。けれど一週間後の週刊誌の見出しに<天城奏空 子供は父親天城利成の子?>という見出しが出て、咲良は血の気がサーッと引いた。

(どういうこと?)

何がどうしてそんな話が出たのか・・・。

<血液型の謎>と言う言葉もあった。もしかしたらあの美園が虫垂炎で入院した病院の誰かが漏らしたのだろうか?

(病院では用心してそのことを奏空には聞かなかったのに・・・)

 

「どういうこと?」とその日の夜美園が寝静まると咲良は寝室で奏空に聞いた。

「俺もわからないよ」

「だって、こんなの誰も知らないはずでしょ?」

「そうだね」

「どうしよう・・・子供のことなのに・・・こんな記事が出るなんて・・・」

「まあ、そういうことはあんまり考えてないからね」

「そんな!吞気に言わないでよ!」と咲良は怒鳴った。

「咲良、落ち着いて。大丈夫だから」

「何が?大丈夫?美園が知ったら?」

「あのね、騒げば思うつぼだよ。美園には否定すればいいだけだよ」

「思うつぼって?誰かがわざとこういう記事を載せたってこと?」

「んー・・・そうだね・・・わざとはわざとだろうね」

「ひどい!そんなの」

「咲良も一時は芸能界にいたからわかるでしょ?・・・多分だけど、これは利成さん側から来てるよ」

「利成?」

「そう。咲良をやりこめたい思いを持つ人もいるでしょ?明希がやられたようにね」

「・・・・・・」

「だから騒がないのが一番だよ。噂の範囲なんだから」

「でも・・・美園が・・・」

「美園が聞いてきたら今は普通に否定したらいいでしょ?」

「そうだけど・・・」

「そうだよ。大丈夫だよ」

 

奏空は大丈夫だと言ったけれど、咲良は美園のことが不安でしょうがなかった。

(利成側って・・・)

どうしても気になって利成にラインを入れた。

<今回の記事で話があるんだけど・・・>

その日の夜に利成から電話があった。

「もしもし?」と咲良が出ると「今回の記事って?」と聞かれる。

「週刊誌、見てないの?」

「見てないけど、俺も記者から聞かれたよ」

「何て答えたの?」

「いちいち答えなかったよ」

「何で?ちゃんと否定してよ」

「否定したところで同じことだよ」

「同じじゃないよ。黙ってる方がそうだって思われるでしょ?」

「黙ってようが否定しようが人の心の中の問題だからね。一度出てしまったものを回収はできない。騒がないのが一番だよ」

「じゃあ、美園には?!みんな美園のこと考えてないでしょ?」

「美園にはあの記事は違うと答えればいいだけでしょ?」

「そうじゃないよ・・・」

咲良は涙が出てきた。自分がそもそも悪いのだという思いでいっぱいになってくる。

「咲良・・・大丈夫だから落ち着いて」

「落ち着けって?!利成のせいでもあるじゃない?」

咲良は大声を出した。だんだん自分の感情を制御できなくなっていく。

急に「利成さんのせいって?」と声が聞こえて咲良は飛び上がらんばかりに驚いた。美園は部屋にいるとばかり思っていたのだ。

「あ・・・」と咲良は咄嗟に声が出なかった。

「咲良、利成さんのせいって?」と美園がもう一度聞いてくる。

「何でもないの、美園。部屋に戻ってて」

「何でもないわけないじゃない。電話、利成さんなの?」

「そうだけど・・・」

「じゃあ、貸して。何の話ししてたか聞くから」

「美園には関係ないことだよ」

「関係あるじゃん。きっと」

「ないって。あっちに行ってて!」

咲良が思わず大声を出すと美園が「じゃあ、自分でかけてみる」と言ってリビングを出て行った。

「咲良?」と利成の声が電話から聞こえる。

「聞こえてた?美園が今利成にかけるって」

「そう。わかったよ。ちゃんと話すから咲良は心配しないでいいよ」と利成が言う。

咲良が通話を切って美園の部屋の前まで行くと、中から美園の声が聞こえてきた。利成はうまく話してくれるだろうか・・・。気になるけどしょうがない。

咲良はまたリビングに戻ろうとすると、玄関の扉が開いて奏空が帰って来た。

「ただいま」とちょうどいた咲良に奏空が言った。

「おかえり」

「どうかした?」と奏空がリビングに向かいながら言う。

「・・・・・・」

咲良は黙ったまま奏空の後ろからリビングに入った。

「美園が利成に電話してる」

「そう。何で?」

「今回のことだよ」

「美園にわかっちゃったの?」

「わからないけど・・・何だか美園、知ってるみたいな口ぶりだった」

「そうなんだ」と奏空がソファに座った。

すると足音が聞こえて美園がリビングに入って来た。

「奏空、おかえり」と美園が言う。

「うん、ただいま」と奏空が手を広げると、美園が奏空に抱き着いた。幼い頃からの習慣だ。

「美園?利成さんと話したんでしょ?」と咲良が聞くと「話したよ」と素っ気なく答える美園。

「何て言ってたの?」

「さあ」とつっけんどんに美園は答えて、奏空の隣に座った。

「さあって何よ?」

「・・・いちいち咲良に言わなくてもいいじゃん」と美園がひどく反抗的だった。

「何よ、その言い方」

「じゃあ、咲良もさっき利成さんと何話していたか言ってくれる?」と美園が言う。

「・・・・・・」

「ほら、言わないでしょ?だから私も言わない」

「美園?!何なの?その反抗的な態度は」と咲良は感情的になっていく。

「反抗なんてしてないよ」と美園。

「してるよ!」と咲良が怒鳴ると奏空が「咲良、ちょっと来なよ」と自分の隣のスペースを手で叩いた。

「何で?!」と更に苛立って咲良はリビングから出ていった。

寝室に入ってベッドの上にどさっと座る。自分でもどうしてこんなに苛立つかわからなくなってきた。確かにあんな記事など放っておけばいいのだ。美園には「あんなのデタラメ」だと言えばいい。

でも気持ちが騒いだ。咲良はあれから妊娠していない。何故か奏空との間には子供ができないのだ。

イライラが収まらないままじっとしていると、まだ握りしめていたスマホが鳴った。表示は利成からの電話を示していた。

「もしもし?」

「咲良?」と利成の声が聞こえる。

「・・・何?」

「さっき美園にちゃんと言っておいたから」

「何を?」

「週刊誌の記事のことだよ。あれはデタラメだからって」

「週刊誌の記事って・・・美園、知ってたの?」

「知ってたみたいだよ。ネットで見たらしいよ」

「そうなの?・・・で、美園は何て言ってたの?」

「納得してたよ。嘘だってことに」

「そう・・・」

「美園は大丈夫だよ。咲良の方がまずそうだね」

「私?私は大丈夫だよ。美園のことが気になっただけで」

「そうか・・・」

「明希さんは何か言ってる?」

「明希?明希は特に何も言ってないよ」

「そう・・・何か昔明希さんも悪く言われて色々書かれてたでしょ?」

「そうだね。明希もあの頃はひどく参ってたけどね。今はおそらく大丈夫だろうね」

「強くなったってこと?」

「そうだね。でも元々明希は強いからね」

「そうなんだ・・・」

「けど、咲良は明希と違うからね」

「・・・弱いってこと?」

「弱いっていうより不安定かな」

「どういう意味?」

「咲良自身は強いけど、立っている場所が不安定だから、倒れる可能性があるって意味だよ」

「どういう意味?」

「奏空に聞きなよ。その方が早いから。それとも俺のとこに来る?」

「利成のとこって?家にってこと?」

「違うよ。いつも言ってるでしょ?俺のところにおいでって。咲良が不安定なのは奏空のところにいるからだよ」

「・・・そんなことない。今、利成とのせいでこんなことになってるのに、よくそんなこと言えるね」

「・・・そうだね。ごめんね」

「・・・・・・」

「気が向いたらおいで。俺はいつでもいいから。じゃあね」

いきなり通話が切れる。

(何で?何で・・・)

そうなのだ、いまだに咲良は利成が好きだった。それが今回のことに繋がっているようで、誰かのせいにしたかったのだ。

(どうしたら忘れられるのだろう・・・)

利成に「俺のとこにおいで」と言われるたびに心が揺れる。飛び込んで行きたい思いが苦しかった。

 

ベッドに横になってうとうとしていたら、奏空が寝室に入って来た。

「咲良?」と肩を少しゆすられて咲良は目を開けた。

「ちゃんと布団かけなよ」

奏空の声に咲良はベッドの上に起き上がった。

「美園は?」

「多分寝たよ」

「そう・・・」

「咲良、美園のことだけど、きっといつかはわかっちゃうよ。だから咲良がまず頭の中整理して自分に向き合わないと」

「・・・私が?どうして?」

「美園は大丈夫なんだよ。自分の力で何とかするから。でも咲良は不安定だからね」

(不安定・・・)

「さっき利成にも言われたけど・・・何?その不安定って」

「利成さんに?」

「そう、電話で」

「・・・不安定っていうのは、咲良がまだ利成さんを引きずってるってことだよ。明希の二の舞になりそうだってこと」

「明希さんの?明希さんと私は違うでしょ」

「違わないんだよ。同じなの。だから頭の中整理しすれば、気持ちも落ち着くんだよ。美園を望んだのは咲良なんだよ?」

「私?私ってどういう意味?」

「咲良は望んで美園を受け取ったんだよ。でも大丈夫、まだ何とかなるよ。咲良が気持ちを整理できたらね」

「意味わからない話はやめて!」

咲良は怒鳴った。頭がおかしくなりそうだった。奏空が黙っている。

「もう意味わからない。疲れた」

咲良はそう言った顔を両手で覆った。

「ごめん、咲良」

奏空が隣に座って咲良の肩を抱いた。

「何で謝るのよ」

「意味不明なことばかりだよね。咲良の気持ち考えなかった」

「いいよ。そんなこと。そもそも私が悪いんだから」

「自分を責めないで・・・」

「・・・・・・」

「寝ようか?」

「奏空、セックスして。最近してない」

「・・・・・・」

「嫌?」と咲良は顔を上げて奏空を見た。

「嫌じゃないよ。そうだね。してなかったよね」

咲良は立ち上がって服を脱ぎ始めた。そして下着だけになるとベッドに入った。奏空もベッドに入ってくる。

奏空からの口づけも、愛撫もすべて咲良にはじれったく感じ、ただ苛立ちだけが身体の奥底から湧いて出ていた。

奏空が中に入って来た時、咲良の頭の中には昔利成に抱かれた時の映像が浮かんでいた。

(何で奏空じゃダメなの?)

咲良は自分に聞いた。だって利成とのことなんて・・・あれはもうだいぶ昔の話し・・・。

「中に出して」と身体を揺さぶられながら咲良は言った。奏空との子供が何故できないのだろう・・・。奏空との子供ができれば・・・もしかしたら忘れられるのではないか?

奏空がそのまま咲良の中に射精した。奏空が咲良の上に脱力した。それでもまだ咲良の中の苛立ちはくすぶったままだった。

 

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