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フローライト第八話

就職を無事果たした。情報系の専門学校に入って試験もパスし何とかIT系の会社に就職した。明希は二十歳になっていた。利成も二十歳になったけれど大学はまだ折り返し地点だ。

「明希、これで荷物終わり?」

利成が聞く。

「うん」

ゴールデンウィークの最終日、ようやく実家から出ることができると嬉しかった。父の再婚相手とまったくうまく行かなかったのである。

一人暮らしをすると利成に言ったら「うちにおいでよ」と言われた。「うち」とはあのアトリエのことだ。

「でも、あそこはおじさんとおばさんのなんでしょ?」

「そうだけど気にしないで。何なら俺から言っとくから」

「え・・・私のこと?」

「うん、そう」

「何て?」

「明希と一緒に住むって」

「えー・・・きっと変に思われるよ」

「そんなことないよ」

 

そうして結局利成のアトリエに引っ越すことになった。利成のところに行くと言ったら、今まで何も言わなかった父が利成を呼べと言った。利成に言うと「わかった」とすぐに家に来た。

「利成君、一緒に住むってどういうことだ?」と父が聞いたら利成が言った。

「明希さんとは結婚を前提につきあってますから、一緒に住むのも許してくれませんか?」

(えー・・・)と横で聞いてて思う。父も面食らったような顔をしていた。けれどそういう覚悟ならと父が許してくれた。

二人になった時に明希は聞いた。

「結婚って・・・?便宜上?」

「ハハ・・・何その便宜上って」と利成が笑った。

「だって・・・」

「結婚を前提はほんとだよ」と利成が微笑んだ。

そんなこんなで今日は利成のアトリエへの引っ越し日だった。荷物を積み終わると、利成が父とその新しい妻に挨拶をしていた。それから車に乗り込んだ。

「じゃあ、新しい出発だね」と利成が言って車を発進させた。

アトリエに着いてから荷物を運び入れて一段落すると利成に電話がかかってきた。「はい、はい」と敬語で深刻そうだったので、明希は遠慮して別の部屋で片づけをした。

「明希」と少し経つと利成に呼ばれたのでアトリエの方に行った。

「ごめん、ちょっと出かけなきゃ行けなくなったよ」

「そうなの?わかった」

「なるべく早く帰るけど遅かったらご飯先に適当に食べてね」

利成が壁の時計を見ながら言った。

「うん、いってらっしゃい」と言ったら利成が嬉しそうに笑顔を見せてキスをしてきた。

「“いってらっしゃい”ってちょっと嬉しいね」

利成がそう言ってきたので明希も少し照れた。

 

しばらく片付けに没頭していたらもう夜の九時になっていた。

(ご飯、どうしよ・・・)

利成は本当に遅いのかな・・・。キッチンに行って冷蔵庫を開けてみた。中にあるもので適当に料理して食べた。利成はどうするのだろう・・・。何か作った方がいいのかな・・・。

悩みつつも何もできず、先にシャワーをかけようと浴室に入った。シャワーをかけおわって洗面所から出て行くと、利成が帰っていてパソコンを開いていた。

「あ、おかえりなさい」と明希が言うと振り返って利成が「ただいま」と笑顔で言った。

「ご飯はどうしたの?」

「ん、大丈夫。食べたから」

「そう」

利成がパソコンに向かって熱心に何かしているので、明希は邪魔しないようにと寝室に行った。

(あ、だけど・・・毎日だったらここに寝たら悪いよね)

ベッドはシングルだから、たまにならいいけど毎日なら利成も苦しいんじゃないかなと思った。確か奥にもう一部屋あったけど入ったことはなかった。

アトリエのソファとかはどうだろう?ともう一度アトリエに戻ったら、利成がソファに座って煙草を吸っていた。利成が煙草を吸うのを明希は初めて見た。

「利成って煙草吸うの?」

「ん・・・たまにね」

「そうなんだ、知らなかった」

「明希の前では吸ってなかったからね」

「そっか・・・あのね、私こっちで寝る?」

「何で?」

「だって毎日あのベッドに二人じゃ利成も嫌でしょ?」

「そんなことないよ」

「でも・・・」

「明希が苦しいならいいよ」

そう言われたのでちょっと焦った。

「私は大丈夫なの。むしろ一緒の方が・・・」と言いかけて「あっ」と思って恥ずかしくなった。

「俺も一緒の方がいいから一緒に寝よう」

利成が笑顔を作った。それから煙草を灰皿に押し付けてそのまま灰皿をキッチンに持っていった。

「俺もシャワーかけてくるね」とその後利成が脱衣所の方に行った。

 

寝室に入ってベッドの上に座ってスマホを開いた。特に何ということはなかったが手持無沙汰で開いた。思いついて自分のユーチューブを開いた。最近はまったく更新していなかった。それから利成のユーチューブを開いた。すごい再生回数だった。

(新しいのはアップしたのかな・・・)

動画を開いてみる。一か月前に見た時のままで動画は増えてなかった。その時寝室のドアが開いて利成が入って来た。まだ髪が濡れている。

「明希は明日仕事?」

「うん・・・」

「俺も大学。でも明希はもう働いてるんだな」

「うん・・・ま・・・」

ベッドの中に入ったら利成が口づけてきた。

「今日は疲れた?」

「ん・・・そうでもない」

利成と毎日一緒にいられる喜びの方が大きかった。利成がまた口づけてきて上から見下ろされた。

「明希はやっぱりオレンジだね」という利成。

「オレンジ?」

「うん、イメージがね」

「そうかな・・・利成は・・・七色かな」

「七色?」

「うん、だって色んな絵の具持ってるでしょ?」と言ったら利成が笑った。

「ハハ・・・そうだね」

そう言ってから利成がまた口づけてくる。その唇が首筋をたどりだんだん身体をたどっていく。

「今日はパジャマだね。大丈夫?」

「だ、大丈夫」

「でも万が一大丈夫じゃなかったら困るから、明希が自分で脱いでくれる?」

「い、いいよ・・・」

ドキドキしながらパジャマのズボンを脱いだ。それから下着も取る。

ベッドに横になると、利成の唇を感じてまた声が出そうになった。

「少し指入れても大丈夫?」

利成が言う。

「大丈夫・・・」

(あー・・・もう・・・違う意味で声が出そ・・・)

「あっ」と声が出てしまい慌てて口を手で押さえた。恥ずかしくて顔も隠す。

利成がパジャマを脱いでいるのが見えたけれど、恐怖心はわかなかった。利成は今まではずっと気を使って見えないように脱いでいたけれど、今日は普通に明希にも見えるところで脱いでいた。

利成が入って来るのを感じる。それはもう恐怖ではなかった。むしろその逆で喜びになった。


「もう大丈夫そう?」

事が終わると利成が言った。

「うん・・・大丈夫」

「大丈夫じゃない時は言ってね」

利成がそう言って明希の頬を撫でた。

「うん・・・」

あんなに恐怖だったセックスが今は心地いいものに変わっているなんてほんとに不思議だ。明希が利成の顔をじっと見つめると利成が「何?」と言った。

「ううん・・・何でもない」

利成は自分のことを乱暴に扱ったりしない。そんな信頼が安心に変わっている。

「明希、好きだよ」と利成が抱きしめてきた。明希は嬉しくて恥ずかしくて利成の胸に顔をうずめた。



仕事は順調・・・だとは言えなかった。最初はプログラミングではなく電話番をさせられた。明希は相手の名前を聞き忘れたり、聞いても聞き間違ってたりでかなり怒られた。やっとパソコンに向かわせてもらえたと思うと、いきなりこれやっておいてと紙を渡されてまったくチンプンカンプンで、先輩や上司の人に聞くのも聞きづらい。

(あー・・・この先大丈夫かな)と思いっきり不安だ。

 

アトリエに戻ると利成はまだ帰っていなかった。というか、出かけたのかもしれない。時計を見ると、夜の八時だった。

(ご飯、どうするのかな・・・)

ラインをしてみようとスマホを取り出した。利成にラインを打っていたら翔太からラインが来た。

<明希、久しぶり。元気?>

確かに久しぶりだった。前にラインが来たのが三月頃・・・今はもう六月が終わる。

<うん、久しぶり。元気だよ。翔太は?>

<元気だよ。俺専門やめたよ>

<え?何で?>

<やっぱ合ってなかったよ>

<じゃあ、今どうしてるの?>

<バイト>

<バイトしてるんだ>

<うん、後は作曲もやってる>

<え、すごいね>

<全然すごくはないよ>

<バンドはやってるの?>

<うん、まあね。明希、今話せない?>

(え?)と思う。どうしよう・・・。でもま、いいかと思って<話せるよ>と返信したらすぐに電話がきた。

「ひさしぶり!」と翔太の明るい声が響く。

「うん、元気だった?」

「元気だよ。明希は今どうしてるの?就職した?」

「うん、何とか・・・」

「そっか、良かったな」

「うん、ありがと」

「天城とはまだつきあってんの?」

「うん・・・実は今一緒に暮らしてるんだ」

「えっ?マジに?」

「ん・・・」

「そっか・・・」

そう言って急に翔太が黙った。

「翔太?」

「・・・ん?」

「どうかした?」

「いや、俺今さ、後悔先に立たずって学んだわ」

「どういう意味?」

「・・・あの時、お前のこと離さなきゃ良かったと思って・・・」

「えっ?・・・」

「ほんとにさ・・・」

「そんなことないよ。翔太だって今彼女いるんでしょ?」

「いたけど・・・別れた」

「そうなの?何で?」

「何かうまくいかなくて・・・明希、また会ってくれない?」

「え・・・だって・・・」

「またお茶するだけでいいからさ」

「んー・・・でも・・・」

「無理?」

「無理じゃないけど・・・」

「じゃあ、今度の休みとかどう?明希は土日休み?」

「休みは・・・利成も休みかも・・・」

「・・・そっか・・・じゃあ、平日?」

「んー・・・仕事の帰りとかなら」

「じゃあ、明日は?」

「明日?んー・・・いいけど・・・」

「じゃあ、前のカフェで。仕事終わったら連絡して」

「わかった・・・」

 

通話を切ってから何で断らなかったんだろうと後悔した。

(私ってバカ・・・何ではっきり断れないんだろう・・・)

どうしようと悶絶してると玄関のドアが開く音がして、ハッとして時計を見たらもう夜の九時を過ぎていた。

「あ、おかえりなさい」と言うと、「ただいま。今帰ったの?」と聞かれた。そうだ、仕事用のスーツのまま着替えもしてなかった。

「ん、まあ・・・」と答えた。

「ご飯は?」

「まだ・・・」

「そう。じゃあ、一緒に食べに行こう」と利成が言った。

「うん・・・どこに?」

「何食べたい?」

「んー・・・利成は?」

「俺は何でもいいよ」

「えー・・・私も何でもいいよ」と言ったら利成が笑った。

「じゃあ、今日はもう遅いから近所の居酒屋でも行く?ちょっと歩くけど」

「うん」

 

居酒屋でお酒を少しと食事を済ませてアトリエに戻ると、利成が「明希、、ちょっと話がある」と言われた。

「何?」と部屋に立ったままでいたら、「座って」と言われたのでソファに座った。

「あのね、バンドなんだけど・・・」

「うん、利成のバンド?」

「うん、そう。デビューする話がきてて・・・」

「えっ?デビューって?」

「メジャーじゃないけど、前から誘われてたんだ」

「そうなの?すごいね」

「だけど、それとは別にソロでやらないかって言われてて・・・」

「えっ?どういうこと?」

「バンドとは別に俺だけってこと」

「そうなの?」

「それでちょっと悩んでてね・・・」

「そうなんだ・・・利成はどっちがいいの?」

「バンドはもうみんなやる気でね・・・だけど仲間の一人が抜けそうなんだ」

「そうなんだ・・・」

「それでその仲間の一人が・・・明希の元カレと仲が良くて」

「えっ?!」と思いっきり驚いた。

「その元カレ、ギターできるから代わりにどうかって。まだ本人には言ってないらしいけど」

「そう・・・」

さっきまで翔太と話していたとは言えなかった。

「バンド、やめようか考えてるんだけど・・・」

「そう・・・」

「明希もやだよね?元カレがいるなんて」

「ん・・・でも、利成がやりたいならいいよ。私は関わるわけじゃないし」

「そう・・・でももう一つ問題。バンド本格的にやると今以上に時間がなくなって、明希と一緒にいる時間が減る」

「あー・・・でも、利成がやりたいならいいよ。減っても」

「ほんとに?大丈夫?」

「大丈夫・・・」

でもちょっと寂しかった。実は今も利成は大学と音楽活動とユーチューブ、絵画とほとんど家にいないのだ。

(でも大丈夫だよね・・)と自分に言い聞かせる。利成の邪魔はしたくなかった。

 

次の日、仕事が終わってから翔太に連絡した。翔太はもうカフェにいるからと言う。カフェに到着すると翔太が前のようにコーヒーをおごってくれた。

「翔太ってギターできたの?」

付き合っている時には聴いたことがなかった。

「あー・・・まあね」

「でも、私といるときはしてなかったよね?」

「してたよ。でも専門とバイトが忙しくてやるヒマなかったよ」

「そうなんだ」

「でも何で?」

「その・・・バンドのこと聞いて・・・」

「バンドって?天城の?」

「うん・・・」

(そっか・・・翔太はまだ知らないんだ)

「天城はすごいよな。歌に作詞作曲、ギターにピアノ何でもござれで」

「ん・・・」

「それだもの明希も天城の方がいいよな」

翔太がそう言ってコーヒーを一口飲んだ。でも明希は利成が何でもできるから好きなんじゃなかった。もっと幼いころから好きだったのだ。

「気になってること聞いていい?」

「何?」

「怒らないでよ?」

「うん・・・」

「天城とはできたの?」

「・・・・・・」

(前もそんなこと言ってたっけ・・・)

でも・・・と思う。翔太とはそれが原因で別れたのだ。

「できたよ・・・」と答えたら翔太が驚いた顔をした。

「そう・・・治ったんだ・・・」と翔太がうつむいた。

「ごめん・・・もう一個やなこと聞いていい?」

「いいよ」

「どうやって治したの?自然に?」

「ううん・・・利成が色々考えてくれて・・・」

「そう・・・なんだ・・・」

「うん・・・」

「あー・・・やっぱ俺ってバカだよな・・・」

「何で?」

「いや、とにかくバカだ」

 

「また会って欲しい」と言われたけれど、曖昧にうなずいた。それにどうせ利成のバンドに入ったら会うこともあるかもしれない。

そして明希の予想通り、翔太は利成のバンドに入ったのだった・・・。



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