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フローライト第三十三話

事務所と奏空、○○のグループと奏空との話し合いがずっと平行線だった。やはり今は結婚はおろか、恋人がいるなどという事実も伏せた方がいいということだった。

(そりゃあ、そうだろうね)と咲良は思う。やはり奏空が甘かったのだ。

連日の話し合いで奏空の帰りが遅かった。咲良はやはり自分が出て行くのが一番いいだろうとだんだん決心を固めていった。

部屋で何となく荷物を片付けていたらドアがノックされた。「はい?」とドアを開けると利成が立っていた。

「咲良、ちょっと来て」と言われて咲良は利成の後から利成の仕事部屋に入った。そして前に座った小さなソファに腰を下ろした。

「何?」と咲良は利成の顔を見つめた。利成はまた机の前の椅子に座っている。

「咲良、もう一度俺の女にならない?」といきなりとんでもないことを言われる。

「は?何バカ言ってるの?」

「本気だよ」

「・・・冗談!」と咲良は利成の顔を半ば呆れて見た。本当にそんな気はなかった。

「そうか・・・奏空がいい?」

「・・・・・・」

「奏空がいいなら尚更俺の女になってよ」

「は?意味わからない」

「俺の女ってことで奏空は関係ないことにするんだよ」

(え?)と思う。

「どういうこと?」

「今は、結婚も交際も事務所側は認めてくれないし、奏空は咲良とは別れないだろうってことはわかるよね?」

「わかるけど・・・」

「最近は記者の姿もちらほら見かけるし・・・そのうち咲良にもインタビューが行くかもしれないよ」

「まあ、事実、前の時はあったしね」

「俺の女ってことで通せば、奏空は一旦白紙になるだろう?」

「まあ・・・」

「そうして一回出てしまったボヤのようなものを消せばね、しばらくは世間も黙ってるだろうからね」

「ボヤを本気の火事で隠すってこと?」

「そう。さすが咲良、理解が早いね」

「・・・でもそれだと明希さんが・・・」

「明希には俺から事情話しておくよ」

「納得してくれるの?」

「多分ね」

「けど、肝心の奏空が納得しないよ」

「そうだね、それは咲良が説得するか・・・俺と本気だって騙すかだね」

「奏空は利成と一緒で騙せないよ。ていうか騙されない。心が読めるかは知らないけど、全部見透かされてる感じは確かにあるもの」

「そうか・・・じゃあ、黙ってやるしかないね」

「何で奏空をかばうの?」

「奏空はまだやらなきゃならないことが残ってるからね」

「・・・・・・」

 

部屋に戻ってから(あーどうしよう)と思う。利成の言うことはよくわかったけれど、奏空を納得させる自信がない。かといって騙す自信はもっとない。

そうやってウダウダと考えていたら「ただいま!咲良」と奏楽がいきなり部屋のドアを開けた。

「おかえり」とちょっと力なく答える。

「どうしたの?元気ないけど?」と隣に座ってくる奏空。

「どうもしないけど・・・」

「そう?ならいいけど・・・今日もさ、話し合いしたけど向こうは全然ダメだね。わかってくれない」

「そうでしょうよ」

「やっぱりアイドルやめようかな・・・」

「・・・奏空・・・」

「ん?」

「さっき利成と話したんだけどね」

「利成さんと?何を?」

「今回のこと、私と利成が繋がってることにして奏空は関係ないことにしたらいいって」

「・・・へぇ・・・そんなこと言ったんだ」

「うん、でも私もね、その方がいいと思って・・・。そうすれば奏空は一旦白紙になるでしょう?そうすればファンも納得してくれるよ」

「明希にはどうするって言ってた?」

「うまく話すって言ってたよ」

「ハハ・・・上手くね」と奏空が面白そうに笑ってから続けた。

「明希には多分バレてるよ。咲良のこと」

「えっ?そんなことないでしょ?」

「明希もだてに利成さんと何十年も一緒にいたわけじゃないからね。利成さんの女性関係には相当悩まされてきたみたいだし・・・。古い週刊誌も持っててね、その時のと今回のを見比べてたよ」

「そうなの?でもあの記事じゃ本当かどうかなんてわからないでしょ?」

「利成さんは、あの時ほとんど肯定みたいな言い方してたんだよ?それなのに今回は否定した。咲良も否定したよね?」

「うん・・・」

「それで逆に疑ったみたい。今までね、利成さんがはっきり否定したことがなかったんだよ。まあ、真実かどうかは置いておいて、何を言っても明希がそうだと思わなければ意味がないことを知っていたからだよ」

「そうなんだ・・・」

「おまけに今回は利成さんの方が咲良にハマってる・・・もう、都合いいストーリー考えたよね」

「どういう意味?」

「俺を助けるふりして俺から咲良を奪おうなんて・・・いくら利成さんでも、百年早いよ」

(ん?)と首を傾げた。

「利成は奏空にはまだやらなきゃならないことが残ってるから、助けるみたいなこと言ってたよ?」

「ハハ・・・そう?それは確かにそうだけど・・・。上手く考えたな、利成さん」

「話が全然見えないけど?」

「うーん・・・そうか・・・どう言ったらいいかな・・・」と奏空が考える風に少し目線を天井の方に向けた。

「利成だって一応奏空のお父さんなんだから、将来を心配してだと思うよ?」

「ハハ・・・もう、咲良。笑わせないでよ」と奏空が言うので咲良はますます首を傾げた。

「どういうこと?親なんだから子供の心配して当たり前でしょ?」

「あのね、咲良。うちはちょっと変わってるんだよ。それはわかるよね?」

「まあ、わかるよ」

「今回俺ね、利成さんに挑戦状渡したんだよね」

(ん?そういえばそんなようなこと利成も言ってたような?)

── 奏空に挑戦状を・・・。

「咲良の中の利成さんを何とかしようと思って。そしたら利成さんも咲良に執着してるじゃない?これはいいチャンスだと思って」

「ちょっと待ってよ。まったく意味がわからない。奏空は利成に勝つために私とつきあったの?」

「そうじゃないよ。咲良が好きだからだよ」

「それがどうして挑戦状とかの話になるの?」

「んー・・・ちょっとそこは置いて置いて。ここに咲良を呼んだのは明希を知ってもらいたかったからだよ」

「明希さん?」

「そう。正確にいうと利成さんと明希の関係を見てもらいたかったの。咲良が考えているような関係じゃないからね。でも咲良はわからずに復讐みたいなことを考えてた・・・それは明希を何とかしようとしてたでしょ?」

「まあ・・・そうだね」

「でもどう?明希と一緒に過ごしてみて」

「明希さんは・・・何だかすごく純粋で・・・利成とは合わない気がしたよ」

「そうだね、でも、利成さんは明希が好きだっていうのもわかるでしょ?」

「それはわかるよ」

「で、利成さんは明希を失いたくないわけだよ。でも、やっぱり明希に自分の全部を見せられない。明希には耐えられないだろうから」

「そうだね」

「でも咲良はどう?利成さんは咲良になら全部出せるんだよ。それも今までの女性のようにただ苛立ちを性欲に変えて吐き出すようなセックスをして終わりじゃなく精神的にもだよ」

「そうなの?そんな感じはまったく感じられないけどね」

「ハハ・・・利成さんは隠してるもの・・・結局、女性を一人に決めるというシステム自体に問題があるんだけど、そこはまあ今回の主旨じゃないから置いて置いて」

「・・・・・・」

「そこに一応息子の位置にいる俺が咲良を連れて来た。そこで無理矢理押さえてた思いがまた再燃したってわけ」

「・・・・・・」

「利成さんは咲良を自分の物にしたかったけど、そこはね、俺がいるからね。好きには出来なかったわけだよ。咲良もね、ここで利成さんと明希の様子を知って行くうちに、明希に対する思いが変わっていったでしょ?咲良はそれで重たかったものが軽くなった・・・でも、利成さんは?」

「何かあるの?」

「目の前に抱きたい女がいるのに抱けないんだよ?そりゃあ、ジレンマだろうね」と奏空が可笑しそうに言った。

「どういうこと?さっきからよくわからないよ」

「咲良、俺が利成さんに復讐したの。利成さんが唯一好きになった咲良を同じ屋根の下に呼んでセックスしたんだから」

(え・・・?)

「復讐って・・・」

「咲良が俺のグループのMVのために来てくれた時、俺に利成さんや明希のことばかり聞いてきたこと覚えてる?」

「・・・まあ・・・」

「あの時は如何に復讐しようかばかりで胸が苦しかったでしょ?」

「そうだね・・・」

(ほんとに苦しかった・・・)

「それ俺がしてあげようと思ったの」

「え?じゃあ、あの時既にそんなこと考えてたの?」

「そうだよ。でも咲良を好きになったのは嘘じゃないよ」

「・・・・・・」

「まあ、同じ屋根の下にいたら逆に俺が奪われる可能性もあったけど・・・そこは賭けだね。だけど咲良はきっと強い女性だと俺は思ったから、あの全国ツアーで家を当分空けるときも大丈夫だと思った」

── 気持ちを強く持って・・・。

あの時の言葉を思い出す。

「だから気持ちを強く持ってって言ったの?」

「そうだよ。そして咲良は利成さんの方に行かなかったでしょ?あれはね、結構利成さんにとっては落ち込んだだろうね」

「そんな風でもなかったけど?」

「表面には絶対見せないよ。利成さんのそこがすごいところだね」

──  咲良、見えることだけで物事判断してると人生を味わえないよ 。

利成の言葉を思い出す。

「つまり今回の結論はどうなるの?」

「ん?利成さんが咲良とってことにするって話し?」

「そうだよ。何とかしないとほんとに奏空は今の事務所やめなきゃならなくなるよ?違約金とかも発生するでしょ?」

「そうだね、そんな話も散々してるよ」

「でしょ?だから利成がどんなことを思っていようと、そうする方が一番いいような気がするよ」

「そうだね・・・どうしようか・・・」

(あーこういう言い方は利成そっくりなのにね・・・でも、もしかしたら奏空の方が利成より上いってる?)

「それするとね、利成さんが咲良をホテルに誘うよ。それが見え見え」

「そんなことないでしょ。わざとやるんだから」

「わざとホテルに入るよ。記者に写真撮らせてね」

「記者?ちょうどよくいるかな?」

そう言ったら奏空が笑った。

「何かおかしい?」

「いや、ごめん。利成さんなら記者の一人や二人動かせると思わない?」

「え?わざと撮ってもらうってこと?」

「そうだよ。ついでに咲良も奪うつもりだよ」

「私は利成とはやらないよ」

「ホテルに入ればもう咲良の負けだよ。利成さんにやられちゃう」

「そんなことないから」

「あるんだよ。残念だけど、俺はセックスの腕前は利成さんには負けてるだろうから。だから咲良も何度か利成さんの仕事部屋でやられそうになったでしょ?」

「・・・知ってたの?」

「そりゃあね。まあ、最後まではしないと思ってたから放置してたけど」

「・・・・・・」

「だけどなるほどね・・・こっちに行けば咲良を、反対側に行けばアイドルを取る気か・・・考えたな・・・これは長考が必要かも・・・」

「何よ?長考って・・・」

「囲碁と同じ、利成さんと勝負してんの」

(わけわからない親子だな・・・)と奏空の顔を見つめた。

「だけど”長考に好手なし”とも言うしな・・・」とぶつぶつひとり言のように奏空が呟く。

結局その日は結論が出せないままになった。

 

それから二日後の夜、咲良がテレビで歌番組を見ているとトップバッターで奏空のグループが出てきた。

「今回の作詞作曲は奏空君なんだって?」と司会者が言っている。

「はい、そうです」と奏空が元気よく答える。

(へぇ・・・そうなんだ)と何の気なしに眺めた。

すると今までは奏空はあまり目立たない位置だったのにメインで歌っていた。少し大人っぽい歌だった。

(何かちょっと奏空も色っぽくなったな・・・)と一人ビールを飲みながら思う。

(あーでも私ももう二十六になるよ・・・)

八月の末頃に誕生日が来る。そうしたらまた年を取るのだ。

(サイアク・・・)

何やってんだろ、私・・・と思う。

ぼんやりテレビを眺めていたらスマホが鳴った。見ると利成からのラインだった。

(私のライン、消してなかった?)

<仕事部屋に来て>

一瞬考えたが、こないだの話だろうと思い立ち上がった。

利成の仕事部屋をノックすると「どうぞ」と言われる。中に入ると「そこに座って」と言われてこないだと同じソファに座った。

「こないだの話だけど、だいぶ明希に疑われてるみたいでね」と利成が切り出した。

「そうなんだ・・・大丈夫?」

「そうだね・・・大丈夫ではあるけど」

「そう?」

「・・・それと奏空のグループに楽曲提供の話がきててね」

「え?利成に?」

「そう」と特に表情も変えずに言う利成。それから「奏空の結論はどう?」と聞かれる。

「まだ考えてるみたい。もう私が田舎に帰れば奏空も諦めるんじゃないかな」

「帰ること考えてるの?」

「まあね、それはずっと考えてるよ」

「そう・・・」

少しの間沈黙になる。奏空はどうするつもりなのか・・・。きっと結婚なんて絶対に無理だろう。それならいっそ利成とどうこうなったら奏空も呆れて自分を諦めるんじゃ・・・。

急にそんなことを思っていたら利成が隣に座って来た。

「今のところ俺の分が悪いね」と利成が言う。

「何の話?」

「・・・まあ、それはいいよ」と利成が咲良の頬に手を伸ばしてきた。

咲良はそのまま利成の顔を見つめた。利成が唇を近づけてくる。咲良はそのまま利成と唇を重ねた。

(どうしてだろう・・・やっぱりまだ気持ちが残っている・・・)

利成が咲良のズボンのボタンを外してくる。咲良はそれでもされるがままでいた。

利成とホテルに行っていた頃は、ほんとに激しいセックスだった。何か薬でもやってるんだろうかと疑ったこともある。でもそれはあの明希という妻を見てよくわかった。あの妻にはああいう風にできないだろう。でも利成の本質はそっちなのだ。

利成の指が奥まで入ってくる。「あっ」と声がでてしまった。

(あ・・・ヤバい・・・)

このままではやられてしまうじゃない?でも・・・その方がいいのかも・・・。ああ、もうどうでもいいや・・・といつもの思考停止、投げやりになる。

手を伸ばすと利成のもだいぶ反応していた。それを咲良が愛撫すると利成が椅子の上に押し倒してきた。

(でも、下に明希さんがいる・・・)

このまましてしまうのはやはりマズい。そう思っていても、利成の指が感じるところを責めたててきてもう意識が吹っ飛んだ。

(あ・・・もうダメだ・・・)と咲良は強い絶頂感を感じた。元々どうすれば咲良が良くなるか利成が一番心得ているのだ。

その時いきなりドアがノックされて咲良はハッとしてドアの方を見た。利成も動きを止めてドアの方を見ている。

「利成?ごめんなさい。ちょっといい?」と明希の声だった。

「咲良、ドアから死角にずれていて」と耳元で言われる。

咲良は静かにドアからは見えない場所まで移動してから下着とズボンを直した。

「何?」と利成がドアを開けてから出て行った。

咲良はそのまま出て行かない方がいいと思いその場にじっとしていた。すると利成が部屋に戻って来た。

「奏空と事務所の人が今から来るから下に行ってるよ。今のうちに部屋に戻ってて」

利成がスマホを手にしている。

「わかった」

 

咲良が部屋に戻ってしばらくすると、奏空とその事務所の人が来たようだった。外からは車を止めている音がした。

それから階段を上ってくる足音がして咲良の部屋のドアが開いた。

「咲良!ただいま」と奏空が入ってくる。

「おかえり。何か事務所の人がどうとか言ってたけど・・・」

「うん、今来てる」

「じゃあ、早く行きなよ」

「行くけど、その前に咲良・・・の・・・」と急に奏空がじっと咲良の顔を見つめて来た。

「何?」

「気持ち強く持ってって言ったけど・・・忘れちゃった?」

(え?)と思う。

「何のこと?」

「まあ、いいや。なるほど強行突破ときたか・・・」

「・・・・・・」

「とにかく下で話してくるよ」と奏空が出て行った。

(強行突破?)

何だかわからないけど、奏空になんらかの能力があるのは確かだと思った。

 
いくら奏空でも、顔を見ただけでわかる?

咲良は一人部屋で考えた。

── 気持ちを強く持ってて・・・忘れちゃった?

でもわかったってどうってことない。最初から奏空と結婚なんて無理なのだ。それくらい予知能力がなくたってわかる。

階下での話し合いは長引いているようだった。気になっても出て行くわけにも行かない。咲良は最初から部外者なのだと思う。

二時間以上は事務所関係の人がいただろうか・・・?夜中の十二時近くにようやく奏空が二階に上がって来た。

「咲良、お待たせ。だいぶ遅くなっちゃったね」と笑顔で奏空は言った後、「俺の部屋に来て」と言う。

奏空の部屋に入りベッドの上に座ると、隣に座ってきた奏空が両手で咲良の頬を挟んでから言った。

「どうやら利成さん、反則技使ったらしいね」

「何にもないよ、利成とは」

「そう?これは俺もちょっとムカッときたよ」

「だから何も・・・」

「咲良?咲良はね、強くて可愛くて素敵な女性なんだよ?身を引くみたいな考えは捨ててね」

奏空が咲良の頬から手を離す。

「・・・・・・」

「まずね、咲良はここから引っ越します」

「え?」

「でも田舎には帰りません。どこかに部屋借りるからそこに実質は俺と暮らすから」

「えっ?!」と今度はもっと驚いた。

「表向きは利成さんの女ってことでそこに住むけど、実際は俺の彼女だからそこは忘れないようにね」

「どういうこと?」

「利成さんのアイデアも取り入れて考えたんだよ。結婚は絶対ダメで彼女いる宣言もダメだっていうからさ・・・メンバーのみんなにかなり言われて・・・俺も考えたわけ」

「・・・・・・」

「マスコミにはそういうことにするからね、少しほとぼり冷めたら咲良のところに行くから一緒に暮らそうね」

「でも・・・」

「咲良は今までどおり好きなことして。モデルやってもいいし、何か仕事してもいいし、だけど家賃や何かは俺が出すから」

「でもそんなのバレちゃうよ」

「大丈夫、利成さんが記者の人に頼んでうまくやるってさ」

「・・・・・・」

「これ、俺の勝利かな」

「どうして?」

「ちょっと危なかったけど、咲良は利成さんのところに行かなかったし、アイドルもそのまま続けることになったから」

「・・・・・・」

「あーでも!まさか強行突破で反則技で来るとは・・・そこのところ考えると引き分け?」

「ちょっと、二人の勝負に私をいいように使ってない?」

「ハハ・・・そんなことないよ。あ!でも!」と奏空が急に大きな声を出した。

「何よ?」

「アハハ・・・」とそれから急に笑い出す奏空に咲良はもう一度「何よ?」と言った。

「忘れてたけど、今回の反則技で利成さん、明希に色々言い訳しなきゃいけなくなったかもね」

「えっ?さっきのバレたの?」と言ってから慌てて咲良は口を押さえた。奏空がじっと見つめてくる。

「ごめん」と咲良は謝った。

「・・・ま、いいよ」と奏空が真顔で言う。

「最後まではしてないからね」

「そうだね」

「・・・もう田舎に帰ろうと思ってたから・・・」

「うん、それで投げやりになったんだよね?」

「うん・・・」

「咲良は悪くないよ」と優しい目で見つめてくる奏空。

「・・・私なんかでいいの?もう誕生日来たら二十六だよ?」

「あっ!誕生日だね」と笑顔になった奏空に「何が欲しい?」と聞かれる。

「何もいらないよ」

「んー・・・何か考えよう」

「それより、奏空はまだ十代なんだよ?私は先にどんどん年取っちゃう」

「何か問題あるの?」

「あるよ。こんな年増女が嫌になるって」

「また自分の悪口?それはとにかくやめて。俺が息苦しくなるんだよ」

「・・・・・・」

「咲良は女性だから歳を気にしちゃうのはある程度仕方ないけど、どうしようもできないこと気にしてもね。それに俺は年なんかまったく関係ないと思ってるし、事実関係ないからね。咲良は年下やだって最初言ってたけど今も?」

「今は違うけど・・・」

「そう?じゃあ、いいじゃない」と奏空が嬉しそうな顔をした。

(ああ、何か・・・)

「奏空」

「ん?」

「何か、奏空がすごく好きかも・・・」

そう言ったら奏空が笑顔になってから「うん。そうでしょ?」と口づけてきた。

(ほんとに奏空みたいな子は初めて・・・)

「俺も咲良が大好きだよ」とそのままベッドに押し倒された。

ああ、もしかして・・・女優は失敗したけど、彼氏は最高の人に出会ったんじゃない?

 

三週間後、咲良はマンションの最上階に引っ越しをした。マスコミには結局咲良は利成の愛人のように書かれた。その噂はわざと流したものだ。

「咲良さんがいなくなったらちょっと寂しいな」と出て行く時に明希が言った。

利成は明希に何と自分のことを言ったのだろう?それはわからなかったけれど、明希は本当に寂しそうな表情をした。

「明希さんもこっちに時々来て下さい」と咲良は言った。本心だった。

「うん、ありがとう。咲良さんもこっちにまた遊びに来てね」と明希が笑顔で言った。

引っ越しは利成が手伝ってくれた。新しいマンションも利成が探してくれたらしい。

「ほんとにいいのかな?こんな立派なところ」と咲良は新しいマンションの部屋の中を見た。新築ではなかったが、今まで自分が済んでいたアパートとは比べ物にならないほど綺麗だったし、4LDKでリビングも広かった。

「奏空が出すんだからいいんじゃない?」と利成が荷物を置きながら言った。

「でも最初は私一人で住むんでしょ?広すぎるなぁ・・・」とちょっと不安になる。

「咲良って何?怖がり?」

「まあ、ちょっと」

「そう。そんな風に見えなかったよ」と利成が笑った。そして「俺が来てあげようか?」と笑顔のまま言った。

「それはダメ」と咲良が言うと「まあ、奏空にわからないように来るよ」と本気なのか冗談なのか、相変わらず利成の表情からは判断ができない。

「明希さんには何て言い訳したの?」

「咲良が女優業で悩んでて、色々相談に乗ってあげてたって言っといたよ」

「そんなんで納得したの?」

「とりあえずはね。それに明希は咲良が気に入ってるみたいだから、それ以上は追及してこなかったよ」

「えっ?ほんとに?」

「うん、ほんと」と利成が笑顔になってから言った。

「明希のこと奏空が”バカだ”って言った時、謝れって言ったでしょ?覚えてる?」

「ああ、うん」

「その時すごく嬉しかったみたいだよ。なんせ奏空は二歳くらいの時から明希のこと呼び捨てにし始めて、以来ずっと上から目線だからね」

「えっ?二歳?ほんとに?」

「ほんと」と利成がまた笑顔になる。

(それはちょっとだな・・・)と思う。

「さてと、何か足りないものは?買い物にでも行く?」

「足りないもの・・・とりあえずいいよ。利成となんて買いものに行ったら目立ってしょうがない」

「そう?じゃあ、セックスでもする?」

(は?)と利成の顔を見ると「冗談だよ」と真顔で言われる。

(もう、利成が言うと冗談に聞こえない・・・)

「反則だってかなり奏空に言われたからね。しばらくは大人しくしとくよ」と今度は笑顔で言う利成。

(何だろう・・・この親子・・・)

大丈夫かなと一抹の不安が・・・。

 

引っ越した日の夜、早速奏空が来た。

「ちょっと、しばらくは来ないんじゃなかったの?」と玄関で言うと「そんなの無理だよ」と奏空が靴を脱いでさっさと入って来る。

「何だ、何にもないじゃない」

「そうだよ、自分の持ってたものしかないもの」

「買い物行かなかったの?」

「利成が行こうって言ったけど断ったよ。目立つの嫌だから」

「そうなの?じゃあ、俺と行こう」と奏空がキッチンの中を見ている。

「奏空となんて余計目立つでしょ?やだよ」

「えー買い物くらい大丈夫でしょ?」

「奏空?その買い物で今回写真撮られたんだよ」

「まあ、そうだけどさ。その時はその時だよ」とキッチンから出て来る。

「他の部屋は?」

「何もないよ。大体広すぎて・・・」

「そう?布団は?」

「そこにある」と咲良はリビングの端っこを指さした。

「えー何?リビングで寝るの?」

「だって・・・」

「まさか咲良って怖がり?」

(親子して同じことを・・・)

「怖がりだよ。悪い?」

「悪くないよ。じゃあ、今日は俺が泊ってあげるね」

「だからーそれがヤバいんでしょ?」

「大丈夫だって。あ、お風呂どんな感じ?」と奏空が浴室に行って戻って来てから言う。

「お風呂は普通だね」

「そうだね、普通じゃないお風呂って何よ?」

「何か仕掛けがあるとか?ライトがくるくる回るとか?」

「そんなお風呂ないから」と咲良が言うと奏空が笑った。

その夜は結局リビングに布団を敷いて二人で一つの布団に入った。

「咲良?」と奏空が横になると言った。

「何?」

「ありがとう。一緒にいてくれて」と奏空が優しい笑顔で言った。

「・・・こっちこそだよ」

「ん・・・もう明日から俺もここに引っ越そうかな・・・」

「何言ってるの?ほとぼり冷めるまでは少し離れてるって言ってなかった?」

「もう冷めたよ。ほとぼりなんて。人ってそんなに長い時間、他人に興味を持ってなんかいられないんだよ」

「メンバーの人は?何て言ってるの?」

「結婚なんてバカだって言われたよ」

「そう。ま、そうだね」

「なんでそうなんだよ?」

「十代で結婚なんて普通バカでしょ?おまけにアイドルやってる奏空が、やり始めたばかりでそんなバカげたことするって言ったらそう言われちゃうよ」

「んー・・・どうやら”アイドル”って言うのは強烈な固定概念の塊みたいだね。あと”結婚”もそうだね」

「そんなの知っててなったんでしょ?」

「そうだね。確かに。でも俺が形になるんだよ。アイドルの形に俺がなるわけじゃない」

(またわけわからないことを・・・)

「・・・何でアイドルになんてなったのよ?利成みたいに一人でやればもう少し自由だよ」

「んー俺は光だから、光を表現しないとね。利成さんは俺とは逆だからあれでいいけど」

「よくわからないけど?」

「そう?咲良も光なんだよ?俺と一緒」

「私は光なんかじゃないよ。どっちかっていうと闇でしょ?」

「違うよ。咲良は光の方。闇は利成さんだよ」

「まあ、どっちにしても意味がわからないからいいや」

咲良は布団を被った。

「明日はどうするの?」と奏空が言う。

「明日は仕事行って・・・」

「カフェの仕事?」

「うん・・・」

「そう。俺は新しい曲の練習だよ」

「もう新しい曲?」

「ん・・・今度は利成さんの作詞作曲だよ」

「へぇ・・・どんな曲?」

「まだわかんない」

「そうなんだ・・・」

「咲良、大好きだよ」

「・・・・・・」

咲良は何も言わず奏空の顔を見つめた。

「何とか言ってよ」と奏空が髪を撫でてきた。

「だって・・・何か幸せかも・・・」

「ハハ・・・俺も幸せだよ。でも人ってね、元々幸せなんだよ?どんな人も」

「・・・奏空って不思議だね。奏空が言うとほんとにそんな気がしてくるよ」

「うん、ほんとだからね。咲良はもっともっとハッピーになれるよ」

「・・・うん・・・私も奏空が大好きだよ」

「うん、そうでしょ?」と奏空が笑顔で言う。

「おやすみ」と咲良は自分から奏空の額に口づけた。すると奏空が「咲良ーおやすみー」と胸の辺りに抱きついてきた。

(あー何だろ?大人っぽいかと思えばめちゃくちゃ子供だしー・・・)

ま、いいかと咲良は奏空の背中に手を置いて目を閉じた。

(ん?でも待てよ?)と咲良は目を開けた。奏空と結婚したら天城咲良になるの?おまけに利成がお父さん?

それはちょっとヤバくない?・・・と一人思う。

あーでも、ま、いいか・・・考えると疲れるし・・・。

── ま、きっと奏空がいるから大丈夫だね・・・・・・。


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