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フローライト第二十八話

奏空が中学三年生になった春。奏空がアップしたユーチューブの曲がいきなりすごい再生回数になった。たくさんのコメントが入っていて明希は驚いた。

そのことを利成に言うと「どれ、見せて」と言った。

パソコンで動画を利成に見せた。奏空がピアノを弾きながらものすごく楽しそうに歌っているジャンルとしては応援歌だった。

「いいアレンジだね」と利成が言った。

そうなのだ、ピアノに色んな音を混ぜて、途中に画面にアニメーションが入る。

「こんなのいつ覚えるの?」

「さあ、でも俺も昔一人で全部やってたからね」と利成が言う。

「そうなんだ・・・」

 

「ただいま」とその日学校から帰宅した奏空に明希は聞いた。

「あの動画、全部自分で作ったの?」

「そうだよ」

「すごいね」

「そう?」といたって本人は再生回数などどこ吹く風だ。

けれど夕飯の時に奏空がいきなり言った言葉には驚いた。

「俺さーアイドルになりたいな」

「え?アイドル?」

「そう」

「何で?アイドル?」

「んー・・・利成さんみたいなのもいいけど・・・もっと元気よくいきたいと思って」

「元気よくって・・・それとアイドルって関係あるの?」

「うん、アイドルの方が派手でしょ?」

「まあ・・・そうかな?」

「そうだよ」

「でも、受験だよ?今年は」

「そうだね。何か関係ある?」

「あるよ。進路だもの」

「進べき道なんてないよ」としれっと奏空が言う。

「いや、利成のお母さんの麻美さんからも言われてるのよ?ピアノの方に進ませたいって」

「あーそれは却下だから」

「却下って・・・」

「ありえない」

「・・・それ、じゃあ、麻美さんに言ってね」

「いいよ」

(あー・・・大丈夫かな・・・)

でもアイドルって?と夜ベッドに入る時に思い出して利成に言うと大爆笑された。

「もう奏空、最高だな」

「そんなにおかしい?」

「うん、派手だから?奏空らしいよ」

「でも今年は受験なんだよ?どうするのかと思って」

「どうするとは?」

「まーったく、勉強してないの!」

「へぇ・・・」と関心なさそうな利成にカチンとくる。

「利成からも言って。ほんとにひどいのよ?英語と数学以外はまったくダメなんだよ」

「ふうん・・・音楽ならいいんじゃない?」

「いいよ。音楽はものすごく。こないだ合唱の時、指揮者に勝手になってクラスを盛り上げたらしい・・・」

「ハハハ・・・ほんとに?」

「そう・・・先生に言われて・・・もう何か恥ずかしかった」

「何で恥ずかしいの?」

「だって・・・女の子の悩み相談に、ユーチューブでしょ?それと勝手に指揮者って・・・」

「全部いいことでしょ?」

「それはそうだけど・・・でも、成績はダメだよ」

「音楽がいいならいいんじゃない?」

「音楽は受験科目じゃないよ」

そう言ったら利成が「そうだね」と笑った。

 

受験生は夏までが最後の部活だと、最後のサッカーでの中体連を終えて、皆がいっきに受験ムードになった。そして夏休み前の親を交えての三者懇談で先生には渋い顔をされた。

「天城君はとにかく元気です」とまず言われる。

「はぁ・・・」とちょっと汗が出る。

「それで進路だけどね、天城君」と若い女性の教師は奏空を見た。

「うん」と先生にため口の奏空の腕を少し明希は小突いた。

「何よ?」と奏空がこっちを見てきたので、明希は知らんふりを決め込んだ。

「んんっ」と先生が咳ばらいをしてから続けた。

「進路、決まってないのは天城君だけです。今日は決めてきた?」

「決めたよ。アイドルになるよ」

(あー・・・)と先生の顔を見ると、先生が苦笑いをしている。

「それは進路じゃないです。自分の夢でしょ?そうじゃなくて、行きたい高校のことです」と先生がチラッと明希の顔を見る。

(もう・・・奏空ったら)とまた小突きたい気持ちを明希は抑えた。

「先生、”夢”じゃないよ。なるものだから」

「はいはい・・・それはまず置いておいてね」と先生が言う。どうやらこういう会話は何回もされている雰囲気だ。

「高校はどこにしたいの?」と先生がため息交じりに言う。

「えー・・・じゃあ、○○高にでもするか」と奏空が言うので(え?)と明希はギョッとして奏空を見た。見ると先生も苦笑いをしている。○○高はかなりレベルの高い高校だ。

「あー・・・天城君?残念だけど君の成績ではちょっと無理かな?もう少し落とそうか?」

「もう、じゃあ、先生が決めてよ」と奏空が言うので「奏空?!」と明希は奏空を睨んだ。

「何よ?さっきから」と奏空が言う。

「ちゃんと高校は考えて」と少し声を潜めた。

「もう、だから今言ったじゃない?○○高って。ダメなら適当に明希が選んでよ」

(あー・・・もう、これはダメだわ)

「すみません、家でしっかり話し合ってきますから」と先生に言うと、「そうしてください」と真顔で先生言われた。

 

「奏空、もう今日はすごく恥ずかしかったよ」

家に帰ると明希は言った。

「何が恥ずかしの?」と奏空がキッチンで冷蔵庫を開けている。

「だって、あんなレベル高い高校の名前言うんだもの」

「レベル高かったっけ?」と奏空がペットボトルの蓋を開けてグラスにお茶を注いでいる。

「高いよ。あそこはオール5じゃないと行けないところ」

「へぇ・・・」と奏空は感心なさそうに言うと、グラスのお茶を持ったままリビングでテレビをつけた。

「だから高校真面目に考えて」

「へいへい」とまた態度が悪い。

これはもう利成に言ってもらうしかないと明希はそれ以上言うのを諦めた。

 

その日は利成が夜十時過ぎに帰宅した。食事はあらかじめいらないと言われていた。

「何か飲む?」と明希が聞くと「ウイスキーある?」と言うので、明希はウイスキーをソーダで割って利成に出した。

すると「明希も飲みなよ」と言われて、「うん・・・」と明希はもう一度キッチンに戻って自分の分のグラスを持ってきた。

「あのね・・・」とテレビをつけた利成に言いだした。

「ん?」と利成がウイスキーを一口飲んだ。

「奏空の懇談だったの、今日」

「ん、そう」

「それで奏空だけが進路決まってないって」

「そうなんだ」

「高校どこに行きたいのかって先生に聞かれて○○高って言ったのよ?ほんと恥ずかしかった」

「ハハ・・・何で恥ずかしいの?」

「だってそこレベルがものすごく高いところなのよ。おまけにもう少しレベル落としてって先生が言ったら「じゃあ、先生が決めてよ」って」

そう言ったら利成が爆笑した。

「もう!笑い事じゃないから!」

明希が利成を睨むと「ごめん、ごめん」と利成が笑いをかみ殺している。

「利成から真面目に高校考えるように言って」

「わかったよ。呼んできて」

(もう・・・全然利成も真面目に考えてないんだから)とぷりぷりしながら奏空の部屋に行った。

ドアを開けると奏空がスマホで話していた。明希の顔をチラッと見る。

「うーん・・・そうなんだ・・・。そこに行きたいの?・・・・・・まあ・・・俺?・・・うん、まだ決めてない・・・・・・きーちゃんと一緒のところ?それどこ?」

話しながら奏空が明希に指で丸を作って頷いて見せた。

(ん?)

明希が首を傾げると「ちょっと待って」と電話の相手に言うと「わかった。今行くから」と明希が何にも言ってないのに知ってたかのように言う奏空。そして「ごめん・・・それで・・・」とまた通話に戻っている。

明希は仕方なくリビングに一人戻った。

「何かね、電話してる」

「そう」

「でも今来るって」

「うん・・・」と利成がテレビを見ながら答えた。

十分ほどでリビングに奏空がきた。そして利成の隣にドカッと座ると「いいな、ウイスキー?」と言った。

「飲む?」と利成が言うので明希は慌てて「ダメだよ」と利成を睨んだ。

「ダメだって」と利成が奏空に言っている。

「ケチだな、明希は」と奏空が言う。

「ケチとか言う問題じゃないから」

「じゃあ、何よ?」と奏空。

「未成年は飲んじゃダメなの」

「ふうん・・・まあ、明希は仕方ないか」と意味不明なことを言ってから奏空が「で?何?」と言った。

「高校決めてないんだって?」と利成が言った。

「うん」と明るく答える奏空。

「どこにするか決めて欲しいって」

「明希が?」と奏空が明希の方を見た。

「そうじゃないでしょ?私じゃなくて奏空のことだよ」

「○○高にするよ」

(ん?)と思う。何故急に?

「何でそこなの?」

「きーちゃんがそこにするから同じがいいっていうからさ」

「きーちゃん?さっき話していた子?」

「そう。俺の彼女」

(ん?)と驚いて奏空の顔を見ると、利成も驚いて奏空を見ていた。

「何?二人共?」と奏空が利成と明希の顔を見比べている。

「だって彼女って・・・」と明希が言うと「彼女っておかしいの?」と奏空が言った。

「おかしくはないけど・・・」

「その彼女が同じところに行きたいって言うんだ?」と利成が奏空にに言った。

「うん、そうだよ」と奏空が答える。

「同じクラスの子?」と明希が聞くと「うん」と明るく答える奏空。

「いつから付き合ってたの?」と明希は聞いた。

「んー・・・先月くらいかな?」

「先月って付き合ったばかりってこと?」

「そうだよ」

「そんな付き合ったばかりの子が行くから決めたの?」

「んーそうだね」

「奏空は行きたいところがないんだ?」と利成が聞いた。

「ないよ」ときっぱり言う奏空に明希は驚いた。

「ないって・・・どうする気だったの?」

「どうって・・・?アイドルになるから高校はどうでもいいかなって思ったよ」

「アイドルって本気なの?」

「うん、本気」

明希は奏空の顔を見つめた。ほんとに本気だとは思わなかった。

「どうやってアイドルになるの?」と明希は聞いた。

「んー・・・どっかのオーディション受けて・・・」

「オーディションって?どんな?」

「良くあるじゃん。歌手になるオーディションとか?どっかの事務所に入って・・・」

「そんな漠然としてる話し?」

「漠然としてるかな?」

「してるよ。なれるかもわからないし」

「漠然としてるのは何とかするよ。なれるかわからないじゃなくてなるよ」

「もう、そんな簡単じゃないでしょ?それに・・・」と利成を見た。天城利成の子供ってことはすぐにわかってしまうだろうしと思う。

「ほんとはさ、ユーチューブで利成さんの息子ってバレちゃってて、いくつか話がきたんだ」

(え?)と思う。

「話しって?」

「デビューの話」

「デビューって歌手の?」

「そうだよ」と奏空が利成の方を見た。

奏空の視線に気づいた利成が言う。

「奏空が中学卒業したらって・・・話はいくつかあるよ」

「え?そんなの聞いてない。どうして教えてくれなかったの?」

「奏空がやだって言ってたからだよ」

「そうなの?奏空」と明希が聞くと「うん、そう」と奏空が答えた。

「何で嫌なの?」

「だって話がアイドルじゃなくて、利成さんみたいな路線だったから」

「利成の路線とは?」

「バンド系だったり、ソロで歌うシンガーソングライターみたいな?そういうのだったから」

「そうなの?それは奏空は嫌なの?」

「うん、イマイチかな」

「奏空はあくまでもアイドルにこだわってるんだよ」と利成が言う。

「そうなんだ」と明希は奏空を見た。

「だったらって話もいくつかあるよ」と利成が言う。

「だったらって、アイドルにってこと?」

「そう」

(もう・・・二人共何も言ってくれないんだから)

「じゃあ、その話しに乗るってこと?」と明希は聞いた。

「んー・・・微妙なんだよね」と奏空が言う。

「アイドルなのにまだ何かあるの?」

「うん、ソロだと嫌なんだよ」

「グループでってこと?」

「そう」

「グループってなるとまた色々あってね」と利成が言った。

「だから自分でオーディション受けようと思って」と奏空が言う。

「そう・・・それはいいけど、高校はちゃんと行って」

「うん、行かないとは言ってないよ」

「・・・それで話し戻るけど、その彼女と一緒のところにするの?」

「うん」とまったく悪びれてない奏空。

「利成、何とか言って」と明希が言うと、利成は「何を?」と呑気に明希の顔を見た。

「だって、そんな進路を先月付き合ったばかりの彼女に言われたからって・・・簡単に決めるのっておかしいでしょ?」

「そう?じゃあ、明希はどうしたら満足する?」と利成に聞かれる。

「私が満足じゃなくて、奏空がだよ」

「俺には明希が満足しないとダメなように聞こえるけど?」と利成が言った。

「・・・・・・」

(二人共、私が悪いみたいなこと言う・・・)

「もう、いいよ。わかった」と明希はリビングを出た。

(もう知らないよ。奏空も利成も)

明希はカッカとしながら寝室に入った。

(大体、そのデビューの話だって私だけ知らなかったわけでしょ?)

もう勝手にすればいいと明希は思った。

スマホを適当に見ていると奏空が寝室に顔を出した。

「明希?」と珍しく遠慮がちな声だ。

「何?」とスマホを見たまま答えた。すると奏空が明希の隣に座ってきた。

「ごめんね」と奏空が言ったので明希は驚いて奏空の顔を見た。奏空が素直に謝ることなど滅多になかったからだ。でも明希もイライラとしていたので「何が?」とわざと冷たく言った。

「高校決められなくてごめんと、利成さんとだけで話ししててごめん」

「何の話し?」

デビューのことだとは思ったけれどそう聞いた。

「デビューの話しね、最近なんだよ、その話し。だから後で言おうと思ってたの」

「ふうん・・・」

「だから機嫌直してよ」

(機嫌って・・・)

完全に上から目線なんだからとまた腹が立つ。

「別に、機嫌悪くなんてしてないしー」とスマホをわざと操作した。すると急に奏空が抱きついてきた。

「ちょっと、何よ?」

「んー・・・だって明希てば可愛いんだもの」

(は?)

「利成さんが明希を好きなのわかるー」とギュッと抱きついてくる奏空。

「ちょっと、バカにしないで」と奏空の身体を押し返した。

「何やってんの?」と急に利成の声が聞こえた。見ると開いていたドアの前に利成が立っていた。

「何でもない。奏空、ほら離れてよ」

明希が奏空をもう一度押し返すと奏空が離れた。

「明希ってちょっとツボだね」と奏空が意味不明なことを言うと、利成がプッと吹き出した。

(もう!二人共何なの?)

「はいはい、もういいから出て行って」と明希が言うと、奏空が「じゃあ、後は利成さんにバトンタッチね」と立ち上がった。

(バトンタッチ?)

奏空が部屋を出て行く時に利成の手にタッチをして出て行った。その様子を見ていると、利成と目が合った。

「利成も何?機嫌なんて悪くないから気にしないで」と明希は言った。

「そう?」と利成が隣に座ってくる。

「・・・奏空ったら、完全に私のこと上から目線なんだから」と明希はひとり言のように言った。

「それは仕方ないよ」と言われて(は?)と明希は利成の顔を見た。

「何で仕方ないの?子供が親のこと上から目線ってダメでしょ?」

「・・・奏空はそういう範囲にいないんだよ」

「範囲って?」

「んー・・・そうだな」と利成が目線を明希からそらして、壁の方を見つめ考える顔になった。それから「奏空はあらゆるフィルターから自由に出たり入ったりできるって感じかな?」と利成が言った。

「それは前に利成が言ってた自分と相手のフィルターが見える位置とは違うの?」

「それとは違うよ。俺の場合は自由に出入りはできないから」

明希は首を傾げた。自由に出入りとはどんな感じなのかよくわからなかった。

「よくわからない・・・」と明希が言うと利成が微笑んだ。

「まあ・・・俺にもわからないよ」

「利成にも?」

「そう、どうやら去年あたりに俺のことは追い抜かしたみたいだからね」

「そうなの?何でそんなことわかるの?」

「・・・去年、俺のことが週刊誌に載った時あっただろ?」

「・・・うん・・・」

「あの時俺は、もう明希が絶対に俺を許してくれないってわかったんだよ」

「・・・・・・」

「例え離婚しなくてもね、一生許してはもらえない・・・そう思ったら何かひどく残虐的な気持ちになってね・・・」

「うん・・・」

「正直、明希が壊れればいいって思った・・・」

「・・・・・・」

「そしたら奏空が来て「そんなやりかたじゃダメだよ」って言われて「明希が怖がってる」って言われた時、奏空は俺より先に、明希がずっと隠れていた場所って言ったらおかしいけど、まあ、先に俺が何年もかけても見つけれなかった明希を、とっくに見つけてたんだって・・・わかってね・・・」

「・・・・・・」

「そんな脅すようなやり方じゃダメだって・・・わかってはいたけど、かなり感情的になっちゃってたから、でもそれを諭すような言い方されて・・・その時に思ったよ。”ああ、ついに俺のこと追い越しちゃったか”って」

利成はそう言って笑顔を明希に向けた。

明希は去年の奏空の言葉を思い出していた。

──  明希は利成さんのこと全部許してないでしょ?ていうか他の人に気持ちいってない?

──  利成さんはいつも明希に言ってるじゃない?”愛してる”って。でも明希はいつも受けるばかりで利成さんにちゃんと言ってないよ。

──  男ってていうか、利成さんは明希が思うよりずっと甘えたがりだよ 。

「あの日ね・・・私が利成のこと全部許してないって・・・他の人に気持ちいってない?って奏空に言われたの」

「そう・・・」

「そんなことないって言ったら、ちゃんと伝えた?って言われて・・・」

「ん・・・」

「それと利成は私が思っているより、ずっと甘えたがりだって・・・」

「ハハ・・・奏空が言ったの?」

「うん・・・奏空はそれがわかってるって、だから私もわかってあげてって言われたの・・・」

「そうか・・・」

「でもその時私も思ったよ。奏空は本当の空みたく私よりずっと高いところにいるのかなって・・・」

「ん・・・」と利成が明希の手を握った。

「ずっと怖くて・・・私の弱さを見せたら捨てられるって・・・そう思ってたのかもしれない。利成は私よりずっと強くて何でも完璧で・・・そういう風にしか見てなくて・・・」

「・・・・・・」

「愛してるって言ってくれても、どこかで信じてなかった。口先だけだって思ってたのかもしれない・・・」

「そうか・・・」

「でもあの日、奏空に言われて・・・本当はずっと昔から利成が好きだったって気が付いたの・・・。ただ怖くて全部を出せなかった。出したらきっと否定されるって思って・・・。だからそんな思いが利成を傷つけていたなんて考えもしなかった・・・。私はいつも被害者だったのよ」

明希の手を握っている手に利成がギュッと力をこめた。

「・・・明希だけじゃなくてね、俺も怖かったんだよ」と利成が言う。

「利成も?」

「うん・・・俺の本質はもっと歪んでてね・・・それをもし明希に見せたらきっと明希は俺から離れていくだろうって・・・。だけど抑えきれないものがあって・・・それを歌や絵や色んなもので表してはいたけれど・・・”ああ、こうじゃない”って何故か思うんだよ。もっとえげつなくもっとドロドロしてて・・・そう感じる衝動みたいなものが起きて・・・昔絵を描いていた時は何度もキャンバスをズタズタに破ったり・・・俺があんまり激しいから親が出て行ったの」

「えっ?あのアトリエのこと?」

「そう」と利成が可笑しそうに笑った。

「お母さんとお父さんが出て行ったの?」

「うん、何度か注意されたんだけど・・・麻美さんがある日見かねて、「利成はこのままじゃきっと薬とかやりだす可能性がある」って言われて・・・」

「え?薬?覚せい剤とかの類?」

「そう」と利成が笑ってから続けた。

「親が出て行って一人になって・・・何とか自分の感情と折り合いつけれるようになって、それでも持て余す時はセックスに走ったよ」

「・・・・・・」

「だけど、明希に再会した時、子供の頃の自分が戻ってきて・・・明希といるとすごく安らいでね・・・」

「うん・・・」

「それにセックス恐怖症だってわかった時は、変な話だけど、俺なら絶対明希の恐怖症を治せるって思った」

「・・・・・・」

「結構きつかったけど、明希のこと大事に扱っているうちに俺自身も変化を感じて・・・本当の意味で通じ合えた気がしたよ」

「うん・・・」

「だけど・・・まあ、それから色々あったよね・・・」

「そうだね・・・」

「奏空ももう中学三年だしね」

「ほんとだね・・・だけど、あの子ほんとにアイドルになるの?」

「ハハ・・・なるんじゃない?決めてるみたいだから」

「何でアイドルなの?利成みたいなのは嫌なのかな?」

「さあ・・・奏空は光だからね。俺みたく闇みたいなのを表現してるわけじゃないから」

「えー・・・そうなの?奏空が光はわかるけど、利成だってそうでしょ?」

「ハハ・・・明希にはそう見える?」

「見えるよ。利成は私の道を照らしてくれてるもの」

そう言ったら利成が驚いた顔をしてから言った。

「そうなの?」

「そうだよ」と明希は笑顔を作った。

「やっぱり明希って最高だね」と利成も笑顔になる。

すると廊下から歌声が聞こえてきた。奏空が歌いながら部屋の前を通って行ったのだ。ユーチューブで歌っていた自作の応援歌だった。

明希は利成と顔を見合わせて笑顔になった。

ああ、そうか・・・光は闇だってお構いなしで光に変えていく・・・。

奏空はやっぱり空のように、私たちを包んでいるんだね・・・・・・。


次回からは、奏空君と奏空君が好きになった「咲良」とのお話です。
お楽しみに。


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