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開放

大学生活最初の1ターム(学期)が終わりました。
今の気持ちを一言で表すなら “しんどかった” です。
正直なところこの気持ちを持つことにすら罪悪感を抱えてしまっていて、
自分で選んだ道なんだから頑張らなくてどうするという潜在意識が自分の気持ちを縛っていたのだと思います。

やっとこんな風に言語化できたのは友人との時間が背中を押してくれたからです。
このnoteを書く直前まで日本から友人が遊びに来ていました。
出会ったのは約6年前、ネット上での関係だったので対面できたのは今回が初めてでした。
スウェーデンが大好きという共通の話題からずっと交流があり、やっと直接会うことが叶った素晴らしい時間でした。

彼女との時間は半年間学校を頑張ったご褒美のような時間だったし、今回彼女との対話がこれから私に必要な要素をたくさん含んでいたと思います。

そして彼女と過ごしている時間、必要最低限SNSは見ないようにしていました。これは最初意識しなくても一緒に過ごす時間が楽しくて、見る時間がなかったというのが本当のところ。
そして時間が経つにつれて自分の意識が変わっていることにも気づきます。

今までは自分が好きなもの、景色、その時の思い出など写真やビデオに収めてはネット上で共有していました。
それはなんのため?そう問いかけるたびに、ただ単にだれかと共有したいという気持ちだけではないような、すごく濁った気持ちを持っていることに気づきました。
ただ、多分それが唯一のストレス発散になっていたということも….

ひょんなことから楽しいことを誰かと共有できればそれでいい、同じようにそれを好きだと感じてくれる人と交流できればいい。
それをこれからも続けていきたいと思いました。


そして最初に書いたしんどかったという感想。
これは常に今の道を決めたのは自分だから、言語が異なる環境で頑張ると決めたのだから弱音を吐いてはいけないと勝手に決めつけていたことから本来必要な息抜きだったり、休息を怠っていたことにも気づけました。

この言語に出会って数年で、もちろんネイティヴの方とスムーズに会話ができるようにならないことだけを意識しても苦しいだけなのではないか。
もちろん努力をすることは大切ですが、頭で考えすぎてしまって前に進めなくなっていたのも事実でした。
実際、友人が遊びに来るまでは日本語で雑談をする感覚すら忘れてしまっていました。多分、何かを伝えたいという欲求が空になっていたのかもしれないです。

彼女との時間を通して、自分の気持ちを言語化する習慣を取り戻せたし、
彼女に色んな場所、私の大好きな人たちを紹介することで言葉だけではない、何かを伝えたいという気持ち、人を愛おしむ気持ちを改めて感じることができました。将来私はこういう人ともっと出会うために資格取得という勉強を通して言語を学んでいるんだと改めて気づくことができました。
本当に彼女には感謝しています。


これらの短期間での出来事を通して気づけたことがあります。
私が大好きだと思っていた【スウェーデン】ですが、その中に私は含まれていませんでした。だから良い面ばかり見ないといけないと思っていました。
今は私も含めての大好きな【スウェーデン】。良いこともあれば悪いこともある。それでいいんです。それでも私はスウェーデンが、スウェーデンの生活が大好きだし、これからもそれをたくさんの人と共有していきたいと思います。



いつもはあまり写真を載せませんが、友人との時間があまりにも尊いものだったので少しだけ….


湖のほとりでFika♡




Öland島で出会った絵本に出てきそうな猫



友人の夢は湖のそばで暮らすこと、、、叶って欲しい



彩雲が見れたことも奇跡的だった☆彡


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