ふわふわのしあわせ

あたしは甘いものが好きじゃない。

ピンクも好みじゃないし、レースもリボンも花束もチョコレートも、あたしの暮らしには必要がない。

男の人はなぜか、女は皆そういうのを喜ぶと思い込んで、あたしにいろんなものを与えようとしてくるけど、正直言って全く嬉しくない。


「ブーケなんて寄越すくらいなら、5000円分の図書カードでももらった方がよっぽど役に立つし、ありがたいのに。」


ついそうつぶやいたら、カウンターの端っこで耳聡く聞いていた常連のシンジに「お前ほんと可愛くねーの。」と言われた。

けど、本当のことだから特に何とも思わない。

休日も自宅でレシピ研究を重ねるあたしとしては、どうせもらうなら新しいカクテルブックが買える図書カードの方が確実に嬉しいもの。


シンジは分かりやすく、常にVネックのニットで谷間をチラ見せしながら、いつもいい匂いをさせているミカちゃんがお気に入りだ。彼女が店に来ると、途端に声が大きくなってグラスを空けるピッチが早くなる。

まあ、それで売上が上がるのだから店にとっては良いことかもしれないが、時給で働いている私にとってはどうでもいいことだ。

カウンターでグラスを拭きながら、ため息がつい漏れた。

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この季節になると、街はにわかに騒がしくなる。

いったいいつからハロウィンはこの国の主要なイベントに認定されたんだろう。

ひとりでは大きな声を出すこともできない働きアリたちが、日頃の鬱憤を晴らそうと酒の力を借りて、ここぞとばかりに徒党を組んで騒ぎ立てる。

うちみたいな小さな店にも、酔っぱらいたちがなだれ込んできてはたかだか2杯のビールで居座り、ありきたりな貧相なマリオや頭空っぽそうなミイラが必死に、露出だけが取り柄のミニスカポリスや足りない器量をメイクで隠したつもりの血だらけのナースたちに声をかける。

はっきり言って迷惑以外の何物でもない。


「リナちゃん!リナちゃんはコスプレとかしないのぉ?ナースとか超似合いそうじゃーん。俺リナちゃんの白衣姿、見たいわー!」

またくだらない男がくだらない台詞を吐いている。

ニコリともせずバッサリ斬り捨てても良いのだけど、辛うじて自分が接客業に就いていることを思い出して踏みとどまる。


「あたし営業コスプレは、しない主義なの。プライベートで見てみたかったら、頑張ってあたしを本気にさせてよね。」

不敵な笑みを浮かべてグラスを差し出すと、愚鈍な男は嬉しそうに一気に飲み干した。


ま、その勢いで、せいぜい売上に貢献してよ。


あたしの戦闘服はブラックと決めている。

カマーベストにタイにパンツ、華美な装飾はなにひとつない。この身ひとつで勝負したいから。

あたしを飾ってくれるのは、この両腕だけでいい。

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久々の休みだというのに、朝から階下が騒々しくて目が覚めた。

「リナちゃーん!あそぼぉー!こうえんにいこうよー!」

可愛らしい声で甥のユウキが呼んでいる。


まったく、マナはどこに行ったんだろう。また母にユウキを預けて、息抜きにどこか遊びに出掛けたに違いない。


「リナちゃん、ごめんね。お姉ちゃん寝てるから駄目だよって言ったんだけど、どうしても今すぐ公園に行きたいって聞かないのよ。」

母が申し訳なさそうにユウキを抱き上げて、階段の下からのぞいている。


しょうがない、付き合ってやるか。


起き抜けのすっぴんのまま、裸足にスニーカーをつっかけて玄関ドアを開ける。

夜行性のあたしに、雲一つない今日のこの空はちょっと眩しすぎるけど、可愛い甥っ子のためなら仕方がない。

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「リナちゃん、みてー!こんなにたくさんあつめたよ!」

砂遊び用の小さなバケツに入ったどんぐり。赤や黄色の様々な葉っぱ。そして何が良いのかさっぱり分からない、凸凹のグレーの石たち。

ユウキの宝物の見張り番に任命され、ひとしきりボール遊びやブランコに付き合わされ、最後はとうとうジャングルジムのてっぺんまで登らされ、ようやくあたしは解放された。


「リナちゃーん、おなかすいたー!」


「よし、おひる食べに行くか!ユウキはなにが食べたい?」

「ぼく、どーなつがたべたい!まるくてふわふわで、あなのあいてるどーなつ!!」


え、ドーナツ、ですか…。

一日の始まりから糖分&油分って結構キツいんですけど…。

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ショッピングモールの昼時はどこも、ベビーカーやカートを押すママたちでいっぱいだ。走り回るこどもたちを大きな声でたしなめつつも、女同士のおしゃべりに余念がない。

あ、はたから見たらあたしも、右手にぶら下がるユウキと親子に見えてるのかな。


「ぼく、まあるいやつね!それと、この、おかおのもたべる!」

「え?おかおのって、このかぼちゃのやつ?」

「そう!はろいんの!もうすぐはろいんだから、たーっくさんおかしもらえるんだよ!いつもはママがだめっていうおかしも、とくべつにたべていいんだよ!」

「へぇー、そうなんだ。じゃあ、ハロウィンたのしみだねー。」


そっか。あたしにとって憂鬱でしかないあの日々も、ユウキにとっては年に一度の特別なんだ。

普段は駄目って言われてるチョコやキャンディーを、わくわくしながら食べられる、とってもスペシャルなイベント。


なんだかそんな風なキラキラした気持ち、すっかり忘れてしまっていたな。

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「よーし、じゃあリナちゃんも、ユウキとおんなじの食ーべよっと。まあるいやつと、おかおのやつ!」

「うん!いっしょだねー!」


同じドーナツを仲良く2つずつ、トレーに載せて席につく。

数年ぶりに口にしたドーナツはどこまでも甘くてふわふわで、そう遠くもないしあわせの味がする、ような気がした。


背筋の伸びた大人の女性、を目指すあまり、いつのまにかふわふわしたものや可愛らしいものから遠ざかろうとしていたあたしに、たまにはこんなのもアリなんじゃない?とどこかから声が聞こえてきたようだった。

そうだよな。ガチガチに肩を怒らせている女なんて全然魅力的じゃない。


よし、明日はちょっと早起きをして、冬物の服を買いに行こう。

もうすぐ誕生日だし。

たまには自分へのプレゼントも悪くない。


ミカちゃんが着てそうな、ふわふわのニットでも試着してみるか。

ま、あんなにざっくりと開いたVネックはあたしには到底無理だけど。


いつものブレンドじゃなく、なぜかふと頼んでみたアイスラテを勢いよく飲み干して、トレーを返しに席を立つ。


「さあユウキ、帰ろっか。おうちでリナちゃんとお昼寝しよー。」

「えー、やだ!ぼくかえったらトミカであそびたーい!」


食べきれずに紙袋に包んでもらった、顔が半分になってしまったカボチャのドーナツがふたつ入った手提げを左手に持って、あたしはニコニコ顔のユウキと仲良く手をつないで家に帰った。



画像1

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Kojiさんのこの企画にようやく乗れました!

発表されてすぐに、アイデアは浮かんでいたのだけれど、なかなかまとまらず随分時間がかかってしまいました。

が、じっくりと考えているうちに新しく思いついた試みなんかもあったりして…


素敵なイラストからインスピレーションを受けて、リナというひとりの女の子が生まれました。

Kojiさん、ありがとうございます。

サポートというかたちの愛が嬉しいです。素直に受け取って、大切なひとや届けたい気持ちのために、循環させてもらいますね。読んでくださったあなたに、幸ありますよう。