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短編小説0054 陸上部の理由 1467文字 2分読

走っても走っても追いつけない。
どれだけ練習しても届かない。
いっそのこと辞めてしまおうかとも思う。
こんなに苦しくて地味な競技なんて。

そもそも陸上競技を始めたきっかけはなんだったっけ?
幼稚園のマラソン大会で一位になった時に、友達や先生、両親に「早いね」「すごいね」と褒めちぎられた。走ることはつまり自分が得意な事であって、一位になるとか結果を出すとあからさまに周りがチヤホヤしてくれることがただただ嬉しくて、褒められる事を目的に走っていたように思える。走ることが気持ちがいいとか、競技者としてトップを目指すとかスポーツとしての陸上を意識したことはこれまでなかった。

小学校までは無敵の存在だったが、中学に上がると自分は完全な井の中の蛙であることを思い知らされた。先輩はおろか、同級生にだって自分より早いやつが何人もいる。
何なら陸上部ではない、野球部とかサッカー部にも相当早いやつがる。

自分より早い奴はもちろん世の中にごまんといることは薄々わかっていたが、こんなに身近にいるとは自覚していなかった。

自分の実力がそれほど大したことが無いと知った時、どう思ったっけ?
闘争心とか、向上心みたいなものは全く湧いてこなかった。

自分の中学校は、中学入学と同時にほぼ全員何かの部活に所属することが半ば義務づけられている。
陸上部があったから、まあ何となく入部した。
それなりに持久力には自信があったし、他のバスケ部や野球部などの球技はどちらかというと苦手だし、まあいいかという軽い気持ちだった。

自分は大したことはない。

そう思うことが最近多いなと思う。自意識がこれ程強くなってきたのは人生で初めてだ。まだたったの十五年の人生だけれど。
ただただ一生懸命走っていればいいのに、自分のことが気になりだした途端に走ることが嫌な感じになってきた。

この意識は、どう処理したらいいの?

ああもう、キツイ。つい最近まで余裕でやってた練習がとてもツラく感じる。
陸上部の顧問の先生はよく、「根性!」とか「気持ちだ!」とか精神論みたいなことをよく言ってたけど、半分間違いじゃないんだなと今は思える。精神と肉体はまさに一心同体、表裏一体。どちらもしっかりいい状態出ないと早く走れない。
今の俺がそうだ。心と体のバランスが超悪い。

やっぱり負けたくないのかな、オレは?
だから、結果が出ないことに悲観しているだけなのか?それでやる気がでないのか?

順位を付けるとすれば、全国の中学生が何人だか知らないが、男が百万人だとして、たぶん一万位くらいだろう。中学生の中では早い方だけど、陸上部の中では全然ダメだ。
がんばれば、九千位くらいには行けそうな感覚はあるが、それまでだ。

何のために走る?

全然わからん。

別に楽しくない。
一位になれない。
だからもう誰も褒めてくれない。

いや、ほめてもらいたいわけではない。
そんな事どうでもいい・・・いや、ちょっとはあるかな?
走ること自体の意味は何なのか?
そんな事考えているやつっているの?
内申点のため?
くだらない。
そんなんじゃない。
損得ではない気がする。
でも趣味で走るほど好きではない。

じゃあ退部するか?
それは嫌だ。
走りたくないなら辞めりゃいい。
でもそこまでじゃない。

じゃあなんなのよ?

なんとなく。いや理由はない。いや理由は見つからない。

楽しいか?
楽しい時もある。

もっと早くなりたいか。

なりたい!

嫌な気持ち、辞めたい気持ち、面倒な気持ち、ふてくされる気持ち、諦めの気持ち・・・。

なんかどうでもよくなってきた。

まあ、とにかくどこまで記録伸ばせるかもう少しやってみるか。


おしまい

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