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おっさんだけど、仕事辞めてアジアでブラブラするよ\(^o^)/ Vol, 34 

インド ダラムサラ(マクロードガンジ) 6日目 
2023.0719 Wed

幼少の頃、病気に罹って寝込んでいると、決まって見る夢がありました。
薄暗い水の底に独り、わたしは横たわっています。それが海の底なのか、湖の底なのか、わかりません。呼吸が苦しいわけではありませんし、水圧を感じることもありません。しかしわたしはその空間に水が満たされていることを感じ、そのうえで身じろぎ一つできずに横たわっています。
覚えているのはそれだけです。それは叫び声をあげるとかそういう類ではない、なにか自分の本能に訴えかける静かな恐怖を感じるものでした。

長じて、海などに行くようになり、波に揺られながら仰向けに浮かんでいるとき、自分の胸に沸き起こりそうになるある種の感情に気づかないふりをしていました。その感情とは、恐怖です。
もしもなんらかのアレがあって水中に引き摺りこまれたら…? いえ、そんなことあるわけないのです。遊泳範囲など基本的なルールを守っているぶんには危険はほとんどないはずです。クラゲに刺されたとか、突然の大波に飲まれたとか、そういう場合であっても落ち着いてさえいれば溺れる危険は実はそんなにないのです。わたしは最低限ですが泳げるのですから、それに仰向けに浮かんでいれば誰かが助けてくれるのですから。
でも、怖いのです、やっぱり、本当は…。足の裏になにかが触れたとか、遊泳範囲を示すロープがヌルヌルだったとか、ほんの些細なことでもパニックを起こしかける危険性をも含んでいるのがわかるのですね、自分で。
おっさんになったいま、初めての人と水場に行くとき、わたしは強がらずにこう告白します。
「実はおれ、ちょっとだけ水が怖いねん」

バラナシからデリーをすっ飛ばしてマクロードガンジに来たんですが、
率直に言って天国に感じましたよ、ホントに。涼しくて人が少ないだけでマジでサイコーです。
いえ、他の魅力も山ほどありますけどね。

さらに長じて渓流釣りを始めました。
いろんな渓流釣りがあるでしょうが、わたしはできるだけ源流域まで脚を伸ばし、岩を乗り越え滝を高巻きながらイワナを釣るスタイルを好みます。
“釣果は腕ではなく脚でかせぐ”という言葉があるくらい、渓流釣りにおいて渓選びは重要です。要は、山奥に分け入って誰も竿を振ったことのない渓を探し出せばそれが釣果に直結しますし、“源流釣り”が好きな人種というのはそういう行為が好きなおっさんどものことを指すのです。
以前、釣りをしているときにこんなことがありました。
その渓は初めて行く渓でした。
渓流釣りを始めてまだ数年、その魅力にずっぽりハマっていましたが、同時に調子にも乗り始める時期でした。先にも述べた通り、渓流釣りというのは人のいない渓を目指すものですから、基本的に単独釣行はよろしくない。特に初めての渓に入る場合に独りなんて論外なんですが、やはり若かったんでしょうな。山岳地図から目星をつけ、バイクを飛ばして廃道のゲートを潜り抜け、ギリギリまで進んでから入渓しました。思ったよりも渓は廃道から深くにあり、踏み跡も不明瞭で、渓に降り立った時点で不穏な雰囲気を感じざるを得ない状況でした。おまけに、けっこう苦心して入渓したにもかかわらず、さっぱり釣れないんですね、これが。そして、静かに降り出す雨…。この時点で入渓地点に引き返し、林道まで登ってとっとと帰るというのが正解であり絶対です。しかし、わたしはそうしなかった。なぜか? 雨が降ればイワナが釣れるからです。普段は警戒心の強い渓魚も、雨が降ればエサになる虫などが多く流れて来るので、若干ハイになっちゃうんですね。それでイワナよりもわたし自身がハイになりながら竿を振り続けたのですが、やはり釣れなかった。渓流釣りは下流から上流に向かって釣り歩くのですが、ふとわたしが後ろを振り返ると、いままで歩いてきた渓の道がまったく見えなくなっていました。増水です。渓自体はそんなに広くないのですが、それゆえに水位の上がる速度も早いのです。ちなみに渓において10cmの増水は、それがいままでとまったく違う渓になったことと同義です。おまけに、両岸は切り立った岩盤が続くゴルジュ、渓流用語で言うところの“廊下”でした。
ここにきて、抑えていた恐怖心を無視できなくなりました。急いで竿を仕舞い、下流に向かって歩きつつ、適当な登り口を探すわたし。そして目星をつけた箇所に取り付き上り始めたのですが…。はじめは緩かった斜度がグングン厳しくなり、泥と化した土はフエルト底のシューズではグリップせず、掴まるべき木々は頼りない雑草しかなく、大岩をトラバースしようにも足許には踏み代がなく…。ギリギリ行けるかどうかの危うい登攀が続いたのです。ようやく林道にたどり着いたとき、全身泥だらけの顔面蒼白、肩で息をしながら生還の安堵にへたり込んでしまいました。と、背後から感じる気配。振り向くと、ハイキング姿の女性2人組が不思議そうな顔をしてこちらを見つめていました。とっさに引きつった笑顔で会釈し、その場を切り抜けました。
あとで地図を再確認したのですが、その渓にはもう1本の登山道があり(わたしが利用したのは廃道)ました。その渓で釣りをする場合はその登山道を利用するのが普通なこと、そして上流でもあまり釣れないのにわたしが入渓したポイントで釣れるわけがないこと、加えて遡行が非常に難儀なことで有名な箇所だったことなどなど…。いやはや、下調べって大事ですな…。

もちろん雨季というのは知っていましたが、本当に連日雨が降るんですね。
初日に洗濯をして、6日目の最終日まで干した服が乾きませんでしたからね、結局。

昨日わたしは、ホステルのあるマクロードガンジから有名なトレッキングコースに繰り出しました。
早朝。誰もいないトレッキングロードを静かに歩く。と、暗く蒼かった空に一筋の光が差し込み、それが次第に空全体に広がって、そして…。
というのを想像しながら前日に就寝したわけですが、起きたらなんと、まさかの8時半! 仕方なく9時過ぎに出発して山の茶店でチャイとクッキーをいただき、トレッキングロードに脚を踏み入れたのが10時過ぎでした。
それでも雨季バリバリのマクロードガンジにはトレッキング客はほとんどおらず、霧が立ち込める静かな山道で、眺望こそないもののわたしは独りトレッキングを満喫したのでした。
そして次の日。わたしはまたもやトレッキングコースに繰り出しました。
今度こそ早朝5時半前に起き出し、6時前には出発。サンダルのマックテープをきつく締め直し、朝靄の立ち込めるマクロードガンジをあとにしました。
トレッキングコースの起点にある、昨日立ち寄った茶店はもちろんまだ開いてはいません。
さあて…。わたしは独りごちました。昨日は東を攻めたから、今朝はまず北に進路をとって、それで戻ってからちょっと西コースも冷やかしとくか。
意気揚々と出発。北コースは片道1時間半ちょいのショートコースで、最終地点に大きな滝があるそうです。連日の雨で、地面はマッドウエット。見てくれだけで選んだサンダルはソールが柔らかく、グリップが良くありません。それでもわたしは歩みを止めることはありません。なぜなら、こういうことが好きなんですよね、基本的に。だれもいない山道を歩く。それって、物凄くレアなことなんですよ。だって、ここはインドですから! 
そして、滝に到着。嬉しいことに予想を超えた規模の滝で、莫大な水量が轟音と水飛沫をともなって巨大な大岩の間を流れていくさまは迫力抜群! 展望個所に適当な岩があったので、またしてもわたしはオリジナルの瞑想に取り組みました。
不思議なもので、目を閉じているときと開いているときで、滝の流れが違って聞こえるのです。科学的な見地から言うと、ヒトは外界の情報をほとんど視覚に頼っているので、目を開いているときは他の感覚がスポイルされてしまうのかもしれません。そんなことを考えるはずもなく、轟音の中わたしはただただ静かな時間を愉しんだのでした。

滝はいいですね、やっぱりいいですね。

そして帰り道。
よせばいいのに、わたしは行きと違う道を通って降りようとしました。
“昨日通ってるから大丈夫” “こっちのほうが早くて安全だから” などと独りごちつつ、碌な確認もせずに山道を急ぎました。ちなみに、急ぐ必要などどこにもありませんよ、もちろん。
斜面を降りるか、それともトラバースするか? こういう状態のとき、つまり調子に乗っているときはほぼ確実に選択を間違います、わたしの場合は。そしていつしか、本来の登山道から大きく外れてしまい。しかもまわりは棘のある灌木だらけというありさまになりました。遅まきながらgoogleマップで確かめると、登山道ははるか下でした。
マウンテンパーカーの滑らかな表面に棘が刺さり、サンダルの柔らかいソールは泥をつかみ損ね…。とにかく棘が目に刺さるのと、重度の捻挫にだけ気を付け、身も蓋もなく泥に手をつきながらわたしは斜面を降りました。
最後の関門、なんのためにあるのかよくわからない有刺鉄線を潜り抜けたとき、泥だらけで汗まみれのわたしは吠えました。おらー!
吠えた直後から気付いていました。そこに人がいることを…。
手をはたいて泥を落とし、そしてゆっくりとわたしは振り向きました。そこには若い姐さん方の姿が。姐さん方は二人とも、なんの理由からか登山道の山側の柵を潜り抜け泥まみれで降りてきた訳のわからない異国人を、不思議そうに見つめていました。
「ナマステ」
とりあえず笑顔でそう挨拶する東洋人のおっさんに、野草を摘みに来た普段着の地元の姐さん方は、仕方なく苦笑いで応えてくれました。

靴とかもペタンコのズックみたいなの履いてて、おまけに雨雲グングン迫っているのに…。


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