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おっさんだけど、仕事辞めてアジアでブラブラするよ\(^o^)/ Vol, 53 静謐

タジキスタン Pamir Highway Try 5日目 
2023.0831 Thu

パミールハイウェイを走行中、ふと催しました。
おもむろにチャリを停め、道路わきの土くれの少し窪んだ場所を見つけ、わたしはズボンを降ろしてしゃがみ込みました。そして、遥か彼方の山々を見るでもなく見ながら、下腹に力を込めます。
ブリ、ブリリ…。
数年前に煙草は止めましたが、もし禁煙していなければ、そのままの姿勢で煙草に火を点けたでしょう。
わたしは立ち上がり、あたりの山々を見渡します。森林限界ということでしょうか、山肌は黄土色や焦げ茶色の土がむき出しで、高木は一本も生えていません。風が吹いてもそよぐのは雑草のみ。動く生き物は、わたしを除けばたまに飛んでくる小鳥だけです。
ふうーっ。
大きく息をつき、澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込みます。そして、わたしはゆっくりとズボンを上げました。
なにが言いたいかというと、それだけ人もクルマも通らないということなのです、ここパミールハイウェイは。

たとえ彼方にクルマが見えたとしても、若き日のオスマン=サンコンでもない限り、わたしのケツは視認できません。それに、こんな僻地まで来てコソコソするなんてナンセンス! 堂々と野グソしましょう。

ホログを出発して3日目の夕方、わたしはハイウェイ沿いに1件だけポツンとある家に到着します。その前の集落を通過してから15km以上、集落はおろか1件の家さえも見掛けていませんでした。
時刻は18時を過ぎていたでしょう、標高4000m近いこのエリアは少し前から厳しい寒風が吹き始めていました。
ヤクの世話をしていたのでしょうか、遠くのほうから若い女性がこの家に向かって歩いてきています。祈るような気持ちでわたしは声を掛けました。
「Is this house home stay OK?」
「Yes.」
彼女の笑顔で、わたしは救われました。もし彼女が「No」と言えば、次のホームステイまでチャリを走らせなければなりません。実際、あと10km以上この道を進むなんて、体力的にも気温的にも100%無理だったのです。

夕暮れの迫るパミールハイウェイ。この建物が見えたときの気持ちは、忘れることができません。
祈るように言葉を掛けました。「Is this house home stay OK?」



彼女の案内で、わたしはチャリごと建物に入りました。こちらがあなたの部屋、そしてこっちがわたしと両親が寝る部屋、案内をしながら、そう彼女は言いました。
案内された部屋はドミトリーなのでしょう、日本式に言うと12畳以上あるような大きめの部屋に、牛糞仕様のストーブが1台。もちろん宿泊客はわたしだけですので、広々使えます。というか、広すぎて寒いくらいです。
しかしさすが永年の知恵が詰まった牛糞ストーブ、10分くらいのうちにストーブ付近の空気がほんのり温かくなってきました。

牛糞(正確にはヤク糞かも?)ストーブの有り難さは、この状況に居たことがある人ならわかるでしょう。すぐに燃え始めるし、すぐに温かくなる。臭くなんかないですよ、全然。


ストーブの上に置いたやかんの水がお湯に代わる頃、静かに扉を開けた彼女は、ナンと、それにつけるクリームチーズとバター、そしてお菓子の詰め合わせをもって現れました。
「えっ? 夕食は出せないって言ったじゃん! なのにこんな…」
夕食も朝食も付かない素泊まりの約束でした。彼女がそう言ったのです。だからわたしは80ソモニ(約1070円)を提示したのに…。
確実に手作りであろうクリームチーズは驚くほどに旨く、わたしは大きなナンを全部独りで食べ切ってしまいました。サブザックから半分残ったハムを取り出し、彼女に手渡しました。
「これ、あなたたちで食べてよ。ほら、こんな美味しい夕食ご馳走してもらったからさ…」
わたしの提案に、彼女は素直に頷きました(この提案は結果的に悪手。翌日は深刻なハンガーノックに陥ります)。

これくらいの内容では“客人に出す夕食ではない”ということでしょうか? ほとんどのホームステイで「夕食は無いよ」と言われながらこれくらいのおもてなしを受けました。

電気のない部屋。
食事を終え、ふと気づくと、部屋は真っ暗になっていました。
そんななか、彼女はわたしのスマホに保存された旅の写真を見ています。時折、彼女の黒髪が揺れます。笑っているのでしょうか。
静かに燃えていたストーブは、いまや微かに朱く光るのみ。
ふと、彼女が振り返りました。そしてスマホの画面をわたしに見せてきます。女の子が二人、映っていました。
「ああ、それベトナムのカフェの女の子だよ」
そう言ったあと少し考え、わたしはさらに付け加えました。
「かわいい娘を見ると写真を撮りたくなるんだ。あなたみたいな」
彼女は再びスマホの写真をめくり始めました。わたしの軽口を理解していたかどうか、それはわかりません。
しばらくして、彼女は静かに部屋を出ていきました。ストーブの火は、いつの間にかすっかり消えていました。

了解を取って彼女の写真をとったので撮ったのですが、保存できていませんでした。おそらく彼女が消したのでしょう。写真写りが気に食わなかったのでしょうか? ホログの学校に通っていた彼女ですから、スマホくらいはお手の物です。

それから少し経って、トイレに行くため、わたしは外に出ました。
ふと空を見上げ、そして息を飲みました。4000m分近くで見る、満点の星空です。
北斗七星が煌めいていました。

自分にあてがわれた部屋のドアを開ける際、真っ暗な奥の部屋から彼女の声が漏れ聞こえてきました。なんと言っているのか、当然わたしにはわかりません。
その声は、なんだか楽しげでした。

電気のない生活って、もう想像できません。おそらく10代後半もしくは20代前半の彼女、彼女の毎日はどんな感じなのでしょうか?

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