一見おだやかな日々でも夜中のハーゲンダッツとマッサージは両方必要

自分の機嫌を自分でとることにかなり長けていると自負しています。不機嫌(でまわりを制圧しようとする人たち)に振り回されてきた過去を反面教師に、後天的に情緒の安定を身につけました。「機嫌が常に一定」「いつもやさしい」「やさしすぎる」(機嫌とやさしさに相関はあるかというと直接的にイコールではないが、常時機嫌よく振る舞うゆえにやさしい印象を与えると言えなくもないかと)と家族・友人・職場で評される程度には、うまくつきあえています。

緊急事態宣言は1度目も2度目の今も、制約条件のなかで自分の機嫌をとることを意識しています。がんばりすぎずに生活を保つことをがんばる、というか。これまでの常にまわりに人がいる状態では、機嫌を一定に保つためには心を乱すものと遭遇すると瞬間的な感情の処理が必要でした。それは機嫌のよさを維持するために常に薪をくべ続ける断続的な負荷だったなあと思います。

一転して、今は接触機会がおおいに減った結果、一期一会のような感覚で誠心誠意オーバー気味に対応するかたちに。いままでつかってきた、時に不毛ともいえるエネルギーをその分健全に自分に向けられている気がします。

むしろ、「(こんな状況だからこそ)自分を甘やかす」という名目で後ろめたさを感じるあれやこれやを正当化できて精神衛生上健やか。夜中のハーゲンダッツ、お風呂に入りながらのクラフトビール(富士桜高原麦酒のヴァイツェン!)、すこしお高めのシャンプー、気絶するように眠れると噂の入浴剤、Aesopのハンドクリーム、オーガニックコットンのパジャマ、歴史ある酒蔵のみりん、タオル研究所のふわふわタオル……と、外出を控えなければいけない状況だから家時間を充実させて乗り越えよう、と楽しんですらいるかもしれません。

生活を楽しむ術はどんどん向上し、好きな物だけが快適な動線に配置されている家が心地よすぎて1週間家から出なくても平気なほどに。おととしまでは毎年、国内外を年に15回旅していましたが、旅ができない今では巣篭もりが得意に。しかも外食・デリバリー・テイクアウト・お惣菜・冷凍食品にほぼお世話にならず、1週間ひきこもり可能レベルまで極めた結果、好きな物を心置きなくおとな買いできる生活は不満を抱くどころか満足度が上がったと感じるほど。

そうして自分の機嫌を自分でとる技術がさらなる向上を見せていた今日この頃。会いたい人に会えない寂しさはもちろん感じているものの、もともと、考えても変えられない環境や状況のことは考えすぎないと決めているので、今はしかたないとあきらめています。

ある日突然、セミロングからミディに、ミディからボブにしたはずの髪が再びミディになり、どうにもこうにもがらっと変えたい衝動にかられました。ミディも手入れが楽で気に入っていたのですが、特にきっかけはなかったもののいてもたってもいられなくなり、15cm以上ばっさり切ってミディとは真逆のボブに。

美容院にいる間、ふだんなら雑誌か映画をゆっくり読み、会話は最小限のタイプ。でも今回は「最近どうですか?忙しいですか?」「そうですね、お客様の数は増えてるんですよ」「前回の緊急事態宣言の時は最初がくっと減ったって言ってましたよね、今回はちがうんですねえ」「ありがたいことに……」のような世間話を、通常時の倍はしたような。

ああ、目的も着地も合意も交渉も必要ない会話よ……

世間話でも雑談でも、なくても困らないとされるものがこんなに染みるとは……

別の日、限界をむかえたからだでマッサージへ。マスクをしながらとはいえ会話がはばかられるなか、それでもいつも担当してもらうおねえさんとは他愛ない話が細々と止まらず。

美容院でもマッサージでも、なじみのおねえさんはべつに機嫌をとろうとしたりおだてたりしたわけではありません。いつも通りに、だれにでも向ける笑顔で、だれとでも成立するような会話をし、施術をしてくれただけです。

それでも。

不要不急なさまざまをあきらめ、それはしかたのないことだと自分に言い聞かせ、自分で自分をいたわることに集中してきたけれど、こういう時間がどんなにか恋しかったことかをしみじみと感じました。髪を切るとかマッサージでからだをほぐすとかそういう物理的な変化以上に、なにげない会話による満たされ具合は想像していなかった重みと開放感とあたたかさでした。

がんばりすぎず生活を保つこと、をがんばりすぎていた気がする。

もうおとなだからと自分の面倒を見ていても、人とのやりとりでとれる心の焦げ付きがあることを後ろめたく思わず認め、だからこそ一瞬一瞬をていねいに扱いたいなと思いました。

無償有償問わず、人にていねいに扱ってもらうと、自分自身はていねいに取り扱うべき人間なんだ、と気づく瞬間になります。どんなに機嫌を一定に保っていても家を快適に保っていても、それが日常になるとすり減るのは自然なこと。コップに入れた水が蒸発するように。自尊感情は内からと外からと両方の手入れが必要、そんな風に思った時間でした。

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