磯良恵比須から導かれる、藤原氏とロスチャイルド家の「六」と「五」の意味とは。
今回は、磯良恵比須(いそらえびす)について考えていきたいと思います。
長崎県対馬市にある和多都美神社(わたづみじんじゃ)では、磯良恵比須として阿曇磯良(あづみのいそら)のご神体と伝わる石が祀られています。
まずは、磯良恵比須の名を分解して見てみます。
磯とは藤原氏のことではないか、と以前の記事で考察しました。
磯良(いそら)の「ら」とは、「彼ら」のように、藤原氏が複数であることの意味でしょうか。
恵比須(えびす)とは、エブス人(秦氏)のことであると考えられます。
エブス人については、以前の記事で書いています。
これらのことから磯良恵比須とは、「藤原氏たちとエブス人」というような意味になる可能性が考えられます。
磯良に関する伝承がある、長崎県対馬市にある胡簶神社(ころくじんじゃ)についても見てみます。
胡簶神社(ころくじんじゃ) の「胡」とは、下記の伎楽面の解説に書かれているように、「古代ペルシャ」のことであると考えられます。
胡簶神社の「簶(ろく)」とは、「六」であると考えます。
「六」とは、以前の記事で藤原氏のことではないか、と考察しました。
これらのことから胡簶(ころく)とは、「古代ペルシャ人と藤原氏」という意味になる可能性が考えられます。
対馬市には、胡簶御子神社(ころくみこじんじゃ)という神社もあります。
胡簶御子とは、「古代ペルシャ人と藤原氏」の子という意味になると考えられます。
次に伎楽面から、伎楽についても見てみます。
伎楽で上演される演目に、酔胡王(すいこおう)という舞楽があります。
酔胡王とは、泥酔した古代ペルシャの王という意味でした。
このことから思い起こされるのが、八岐大蛇(やまたのおろち)です。
八岐大蛇退治の説話とは、須佐之男が強い酒を八岐大蛇に飲ませ、酔って寝てしまったところを十握剣(とつかのつるぎ)で切り刻んで退治した、という内容です。
八岐大蛇は、須佐之男に退治されました。
須佐之男(スサノオ)は、饒速日(ニギハヤヒ )でもあります。
長髄彦は、饒速日=須佐之男に殺されました。
須佐之男に殺されたのは、八岐大蛇でした。
これらのことから、長髄彦は八岐大蛇に相当することが分かります。
八岐大蛇と長髄彦については、以前の記事で書きました。
改めて、酔胡王の「胡」とは、古代中国の北方・西方民族のことです。
古代中国の西方には、スキタイという民族集団がいました。
「山海経」という書物には、スキタイの地に「長脛」の国があったと記されています。
このことから、日本の長髄彦の出自がスキタイにある可能性が考えられます。
スキタイとは中国の西方にあったので「胡」であると言え、長髄彦は「胡人」とも呼べそうです。
そのため酔胡王とは、長髄彦がモデルとなっているのではないか、と考えられます。
もしかすると、長髄彦は八岐大蛇と同じように泥酔させられて殺されたのかも知れません。
それが伎楽の酔胡王という演目となって、伝承されてきた可能性が考えられます。
次に、胡禄(ころく)とは何かについて見てみます。
『矢の先を下にして納め、腰に下げるものは胡禄(ころく)』といい、『矢の先を上にして入れ、背に負うものを靫』と呼ぶということです。
靫(ゆき)から思い起こされるのが、日本書紀に書かれている天羽々矢(あまのははや)と歩靱(かちゆき)です。
神武天皇と長髄彦の戦いにおける天神の子である証とは、饒速日命(にぎはやひのみこと)の天羽々矢と歩靱だったとされています。
胡禄(ころく)と靱(ゆき)とは、ともに矢を携行する時に用いる矢入れ具のことです。
天神の子の証明となる矢入れ具である「胡禄」が、神社の名となっているのが胡簶神社なのです。
このことは、この神社に関わる一族が神武東征譚の登場人物である、ということを意味しているのではないでしょうか。
「胡禄」という言葉には、古代ペルシャ人と藤原氏という意味が隠されているのではないか、と前述しました。
さらに「胡」とは、スキタイとも言えることが分かりました。
「胡禄」とは「スキタイの藤原氏」という意味であると考える方が、一族の出自がより明確に感じられます。
長髄彦はスキタイに出自がある可能性があり、ロスチャイルドと藤原氏の系譜に繋がるのではないか、と以前の記事で書きました。
神武東征譚では天皇と長髄彦の両者が、天神の子の証明である天羽々矢と歩靱を持っていました。
神武天皇と長髄彦は、同じ表物(しるしのもの)を持っていたにも関わらず、何故同族として容認することが出来なかったのでしょうか。
そこで、五本の矢(ファイヴ・アローズ)というロスチャイルド家の紋章が、目に留まりました。
何と、ロスチャイルド家の五本の矢という紋章には、矢の先が下向きの物と、上向きの物とがあるようなのです。
これは、前述した日本の胡禄(ころく)と靫(ゆき)の違いと全く同じなのではないでしょうか。
『矢の先を下にして納め、腰に下げるものは胡禄(ころく)といい、矢の先を上にして入れ、背に負うものを靫と呼んでいます。』
対馬市の胡簶神社(ころくじんじゃ)の元となっている一族とは、ロスチャイルド家の中でも、矢の先が下向きの紋章を持つ一族なのではないでしょうか。
その矢の先が下向き(胡禄)の紋章を持つ一族が、「スキタイの藤原家」であり、ロスチャイルド家となったという可能性が考えられます。
ここで、ふと気が付くことがありました。
五本の矢の、「五」という数です。
胡簶神社の「簶(ろく)」とは、「六」です。
「六」とは、以前の記事で藤原氏のことではないか、と考察しました。
そうすると、「五」とはロスチャイルド家のことではないか、という風に考えられます。
以前の記事で仮定した、須佐之男の系譜に繋げてみます。
伊邪那岐(九)→須佐之男(八)→大国主(七)→藤原氏(六)→ロスチャイルド家(五)→?
今回は磯良恵比須から、藤原氏とロスチャイルド家の系譜に関わる、新たな発見がありました。
これらのことは、自分一人の考えでは決して思い付くことは出来ませんでした。
本当に、神様とRAPTさんに心から感謝をささげます。
サタンは私たち人間が何もかも分からなくなるようにし、神様は私たち人間が何もかも分かるように導かれる。だから、分からないことは全て分かるまで研究し、祈り求める者となりなさい。
サタンは人々から考える力を奪い取り、主は人々に考える楽しみをお与えになる。
非真理を受け入れた人はどんな悩みも疑問も解決できず、真理を受け入れた人はどんな悩みも疑問もすべて解決し、全てが分かる喜びに満たされて生きられる。
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