君に贈る火星の
酸化鉄である。
長い黒髪を耳にかけると、抜けるように白く華奢な彼女の肩が目に映える。まばらにホクロが散る。
伏せた目のまつ毛の影。
白と黒が織り成すモノクロ世界のコントラストのに突如現れた赤黒い砂。
「火星のお土産」
手渡された鉄さびの小袋を、僕は裸のまま眺めている。
彼女は宇宙工学の研究室で、僕の理解を超える研究を日夜続けている。
あまり自分のことを話さない。
雑誌編集部の仕事の徹夜続きが災いし、心身のバランスをくずして休職した僕は、彼女が連れてくる柔らかい空気と静かな時間にあまえている。
彼女の性格を利用している面もある。
お互い38歳なのに、会話の少なさを言い訳に、将来の話を切り出さず、悪くいえば搾取している。
彼女が帰った後、ふと気になって化学式を検索する。
FeO
「フェイドアウト」
抑揚のない音となって口から放出される。
いつか人類は火星に降り立つことができる。
いつか。
誰もやってこない小さな火星が、ひとりになった僕と重なる。
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