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失恋動物園

見下ろした数メートル先にはマレー熊がいる。
手の中には、誰かが落としてしまったニンテンドースイッチ。
食べ物とかんちがいした熊は「バリ。バリ。」という音をたてて、ニンテンドースイッチを口にする。

誰も何もできない。

来園客たちがただ呆然と見守る中、私はその場に恋人を残し、一目散に係員を探しに駆け出す。やっと見つけた係員を引きずるように走りながら事情を説明する。
「熊を助けなければ」
それ以外のことは考えられなかった。

*

梅雨明けの潤いのない風。
澄みわたる空。熱気。

オープンカフェの木漏れ日を浴びてひと息つき、君と恋人はこれから銀座線に乗る。

銀座で天使の羽衣のようなワンピースを買う。
隣にいる恋人とは別の男と結婚し、離婚し、今隣にいる恋人と再会するまでの10年、君は羽衣をずっと手元に置いている。そして、今度は君の方から別れを告げる。羽衣は手元から去る。

心に淋しさがよぎったら、思い出してほしい。君に命を助けられた一匹の熊のことを。

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