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サマーウォーズを息子と見てみた

 ストーリーのネタバレはないつもりですが、設定には踏み込みますので、未視聴の方はご注意ください。



緩衝地帯













 リアタイではさすがに終了時間がアレなので、録画して今日息子と一緒にサマーウォーズを見た。

 わたしは3回目くらいだろうか。もう12年も前の作品なことに驚くのと同時に、アバターと共存する世界が見返すごとにどんどん近づいてきたと感じた。確か、初見はDVDを借りてきて、当時お付き合いしていた方と一緒に観たはずだ。普段それほどTVや映画を能動的に観ない人だったので、少し驚いたことを今思い出した。あの頃はSNSではmixiとか流行っていて、アメーバピグとか、リヴリー、プーペガールなどでアバター的なものも認知度が上がってきた頃だったろうか。ちょっと現実より先の世界の話に感じていた。

 今回は息子と一緒に観た。おそらくこの内容なら理解できると思ったからである。ところどころわたしの解説を交えたものの、大爆笑したり、ハラハラしたり、ストーリーを楽しんでいたように思う。

 息子の世代にとって、アバターはごくごく当たり前の概念なのだろう。先日、ドラゴンクエストライバルズというスマホゲームがサービス終了してしまったので、息子と二人で新たにドラゴンクエストウォークを始めた。最初に主人公の見た目を選ぶ(LGBT配慮であろう、今は性別と言わない。君の見た目を選ぶという項目が一般的に感じる。)、髪の色、肌の色、目の色を選んでいく。

 ゲームの世界に入る上で最初に行うことがアバター作りになることはとても多いと感じている。その証拠に、息子とドラゴンクエスト1を始めたのだが、見た目だけでなく、装備品についても文字情報だけのゲームに息子は戸惑っているようだった。

 そういえば、わたしはVtuberがよくわかっていなくて、先日友人のツイキャスで教えてもらった。もう本人が顔出しをせずに、アバターに声を当てることで生身の人間扱いというか、見た目アバターで声と思考が人間という存在自体が世間で受け入れられているらしい。というか私が見ているamong usも、いつも拝見している配信者さん以外の視点で動画を見るとVtuberさんだった。なんということだ、Vtuberはすぐ隣にいたのだ。

 アメリカ帰りの侘助おじさんだけiPhoneで、他みんなガラケーを使っているな、とか子供たちの端末がNintendo3DSだなとかそんな辺りが最も12年経ったことを実感した描写ではあったけれど、アバターに対する理解度を切り取ってみても、やっぱり12年経ったのだと実感した。まだ白髪染めはしたくないけれど。

 

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