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図書館員、その本いつまでもあると思うなと語る ワイン編

「いつまでも あると思うな 親と金」……昔の人は含蓄のあることを言った。でまあ、当note的テーマにするとやっぱり「いつまでも あると思うな 書架の本」になる……まあ、今回泣くのはこちらではなくてお客さんの話。

 コロナに揺れていた去年の、閉館期間が明けてようやく書架にお客さんも入れるようになったタイミングのこと。お酒についての本コーナーでひとりぶりぶりお怒りの男性客があった。ぶりぶりざえもんならまだしもぶりぶり言ってる人に話しかけるのは正直抵抗がある。うちの図書館に来るお客さんは常に上機嫌で生きてて欲しい、とは勝手な願い。
 しかし数分ぶりぶりぶちぶちが止まらないので声をかけてみると、意外にも物腰丁寧かつ上品な男性で、でもぶりぶり怒っていた。そして言った。

「図書館は昨日まで並んでいた本を突然処分してしまうということはありますか?」

 ……可能性としてゼロではない。
 書棚があまりにキツくなっていたり、破損が見つかったら引き下げることはある。しかしそうやたらとは廃棄しない。税金で買ってるものだし、市内に一冊しかないものなら本館の閉架書庫に移すのが基本だ。もちろん修理もする。
 そう説明すると、ならば何故ここに昨日まであった本がないのかと問われる。
 初歩的なことだよワトソンくん……と、ホームズに言わせるまでもなく、他のお客さんが借りてってしまったから、だろう。

「いや、その可能性はないですよ。あんな本は私しか借りないはずだ

 ……なんなのだその自信は。ご自身を変人だと自嘲しているのか、本を奇書だと見做しているのか両方なのか? ならば検索してみましょうと言ったのだが、タイトルを覚えていないという。大きさはこのくらい、背表紙が確か黄色で……ワインの本。まだ新しかったそうな。
 というわけでワインのリストっぽい本を出版された順にピックアップしてみると2件目ですぐにヒット、

「あ!それです! 処分してしまったのですか?!」

 端末モニターにはお客さんの推理を打ち砕くかのように《貸出中》の文字が……昨日の夕方に借りられて行ったと履歴がある。というか、普通に人気のありそうな本だった。ワインビギナーから中級者、上級者を目指す人にまで薦められるワインリスト200だか300だか、そんな感じの内容で、新刊として入ってきたときに中身をチェックした記憶も蘇ってきた。銘柄やボトルについて簡潔ながら気の利いたうんちくが書かれ、味わい方やこんな料理に合う、どこそこの酒造書で作られる的な豆知識なども収録されていて、手元にあったらちょっと参照してみたくなる感じの本だ。
 で、昨日の夕方貸し出されてますぜ、と言うと、ぶりぶりワイナリーさらに上気した。

「誰がこんな時期にワインの本を借りるんだっ!」

……あなたとか、昨日の夕方のお客さんとか私じゃないかな。
 
 当時、外出しにくい日々の中でせめて家で楽しめるものをとテイクアウトを買う人も増えていたし、飲食店も力を入れていた。ちょっと値が張ったって美味いものが食べたい、こんな閉塞している時だもの。美味いものには美味い酒だ。そう考える人だって少なくなかったと思う。自分もあの時は地元酒店や飲食店の応援の名目で普段買わないようなものをテイクアウトしていた。

「皆さんお家で楽しめることを探そうって本を借りにきてらっしゃいますし、これを機にワインをって方も多いんじゃないんですかね」
「……私もチーズを買ってきたんだ。あの本で良いワインを探そうと思ってたんですが、昨日借りておくべきでした……」

 ハッと気がつけば、お客さんの手元には地元のチーズ専門店のロゴが入った手提げ袋が……奮発したおつまみを先に買ってしまったのだ……きっとすごく良いチーズが入っていたのだろう。他のワイン本を棚で一緒に探してはみたものの、先のものに比べていささか見劣りするというか、一度魅力的に見えてしまった一冊じゃないと思うと食指が伸びないのだろう。気持ちはわかる。結局ぶりぶりさんはしょんぼりさんとなり、本は借りずにお帰りになった。

 これは!と、思ったらその日の内に借りておきましょう、という教訓みたいなお話……

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