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図書館員、八尺様の夢を見る

 こんな夢を見た。

 場所は今所属している図書館ではなく同じ自治体の本館で、時間帯は午後3時くらいだったろう。薄曇りの、夏のことだったように思える。

 現実とは違って、夢の中の本館は図書カウンターが正方形の形をしていた。上から見るとちょうどロの字になっており、職員は中に入って仕事をするらしい。必然的にお客が四方向からやってくるという構造で、しかもこのカウンタースペースが広い。あっちからもこっちからも注文や質問が飛んできててんてこまいだった。

 しかも、カウンターには自分ひとりしかいなかった。

 困惑しながら端末を弾いていると、ふと、四方を取り囲むお客はみんな老人男性ばかりであると気がついた。少なく見積もっても80代後半以上の男性たちが四方から押し寄せて虚にこちらを見つめている。

 そんな彼らの背後をひとりの女がゆっくりと横切って行った。

俯瞰

 青=私 赤=老人男性 水色=謎の女

 大きい女だった。

 明らかな規格外、イラストにおこせば彼女だけ縮尺が間違っているとしか思えないほど上背があった。3メートルではきかないかもしれない。

八尺様

 長髪で表情はみえなかったが、白い夏物のノースリーブのツーピースを着ており、視界を右から左へと、館内の出口の方へと歩いている。

 この四角いカウンターに老人男性たちが押し寄せる異様な状況は彼女に原因があるのだと、夢の中の自分は察知する。察知するが、何もできない。ただただ、彼女の歩みを視界の隅に捉えながら、出ていくのを待っている。そこで夢が終わる。

 厭な夢だった。

 2008年頃、インターネットの掲示板で“八尺様”という怪談が流行った。

 八尺様は名前の通り2.4メートルはある上背の高い女性の姿の怪異で「ぽぽぽ」という妙な笑い声?を出すらしい。気に入った人間を取り殺してしまうので、魅入られたものが逃れるには数日の間閉じこもり神仏に祈りを捧げるよりない。けれども八尺様は自在に声色を使い分け、知人の声を真似て「もう大丈夫だぞ」などと声をかけて閉じこもるものを騙して誘き寄せようとするのだそうな。

 そんな彼女の話を読んだ時、既視感があったのを覚えている。

 しばらく既視感の正体が不明だったのだけれど、つい最近、この夢で思い当たった。小学校4年生の頃に仲の良かった同級生の女の子、なっちゃん(仮名)が話してくれた怪談話に似ていたのだ。

 なっちゃんは怖がりなのに怖い話好きで「鳩の鳴く家」という話をしてくれた。

 ある人がね、仲のいい友達に泊まりにおいでよって誘われたんだって。その人の家は田舎にあって、朝になるといつも屋根で鳩が鳴くんだよ、素敵な声なんだって。ふうん、って思って夏休み泊まりにいって、2階の部屋で寝たんだって。朝を楽しみにして眠ったら、夜明けごろに鳴き声がし始めたの。

 ぽぽぽ ぽぽ ぽぽぽ ぽぽぽ

 不思議な鳴き声が聞こえる。

 でも、鳩じゃない。

 鳩って、ででっぽぽーって、変なリズムで鳴くのに、まるで笑ってるみたいだった。おかしな鳩だなと思って、雨戸の隙間からそっと外を見たんだって。

 そうしたらそこには女の人の顔だけがあったの。

 女の顔が、ほほほ、ほほほって笑ってるのをそこの家の人たちは鳩が鳴いているんだって思ってたんだって……

 なっちゃんは語り終えると、鳩の声と聴き間違える笑い声ってどんなんだろうと探りながら実演してみせてくれた。

 ぽぽ ぽぽ ぽぽぽ ぽっぽっぽっ……

 わざわざ鳩の声を聞きに泊まりにいくって変な話だなと思ったのを覚えている。そして怪異がいなくなるはずの夜明けなのに、まだそこにいる女の顔……生首だったのか、それともろくろ首みたいに伸びていたのか、と尋ねたら、なっちゃんは「生首だったんじゃないかな」と言った。彼女はその話を何かで読んだだけで絵では見ていないのだとか。そしてその後に続けた。

 でも、すごく背の高い女の人だったって話でも怖いよね。

 個人的な思い出からくる机上の推論だけれど、八尺様はもしかしたらモデルになった話があったのかもしれない。なっちゃんがこの話をしてくれたのはインターネットが普及するよりもずっと前のことだ。怪談は語られる時代と場所に合わせて改編を繰り返してゆくものなので考えられないことではない。彼女ともその後無縁になってしまったし真偽の確かめようもない。

 夢の中に現れたのは八尺様だったのか、それとも鳩の鳴く家で笑う女なのか。彼女はゾンビのようにやってくる老人たちとはまるで無関係なように装って、音もなく静かに歩くだけで、笑ってもいなかったけど。

 ただ、夢に触発された思い出を綴っているうちに、なっちゃんの鳩と女の笑いのあわさった声真似が脳裏に蘇ってきて消えなくなってしまった。

 ぽぽ ぽぽぽ ぽっぽー ぼぼぼ……


 ……でも、「ぽぽぽっ」て書き連ねていると字面的に思い出すのは……鼠先輩だった。

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