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図書館員、自由研究少年少女のその後を耳にする 自由研究人生台無し編

 所変われば品変わる……世代変われば見方も変わる。そして夏休みの宿題の価値も変わる、らしい。らしい、というのは伝聞だからであって、もしかしたらとっくにそういう時代になっていたのかもしれない。そういう時代とは何かと具体的に言えば、夏休みの自由研究の発表がその後のスクールライフを大きく左右するのかもしれない時代ということである。無論、大げさに言っている。言っているけれど小学生たちは小学生たちなりに真剣なようなのだ。

 というわけで、またまた自由研究の話なのである。ねずみくんのチョッキぐらいまたまた!である。

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 作・なかえよしを 絵・上野紀子

 夏休みも終わり穏やかに読書の秋を迎えられるかと思った当図書館だが、緊急事態宣言も終わったためなのか穏やかでない日々が続いていた。ステイホームから解放されて《書を捨て街に出よう》ではなく《街に出るついでに書を借りよう》というお客さんで当館は一時ごった返していた。最近ようやく落ち着いてきたところで、先々週辺りまで祝日と平日に差がないほどの来館者数&返却本ラッシュが続いていたのだ。

 そんなリバウンド繁忙期の最中、同僚の市来さん(仮名)がクスリと思い出し笑いをしながら言った。

「この前ね、うちの小1のお兄ちゃん、夏休みの自由課題の発表会があったんですよ。今年うちの自治体って夏休み短くて、あの子もそんなに張り切ってなかったから簡単な工作にしたんです。市販のビーズプリントのキット買ってきてアイロンでぷしゅーってやって1日で完成、みたいな。本人もそれで満足して持って行ったんですけど……」

ビーズポンタ

 市来家(仮名)長男の坊やくん、皆んなも同じようなレベルだろうと高をくくっていたらしい。夏休みの自由課題もとい自由研究は《自由》という御旗もとい免罪符の元に、やりたい子はとことんやるし、やりたくない子はいかに手をぬくかに腐心するものであり、それよりは算数ドリルや絵日記、朝顔の観察、読書感想文といった《自由》というわけにはいかない目に見える課題を優先し、そちらもいかに手をぬくかに腐心するのが、夏休みをのんべんだらりと過ごしたい《ちびまる子》的な小学生の夏休みの過ごし方である。誰だってそんなものだろうという空気感が醸成され、はりきって自由課題や自由研究をやってきても注目されるのはせいぜい3日、発表なんか1人持ち時間5分足らずが良いところ。他の皆が何を発表したのかどころか自分が何を発表したのかも忘れてしまい、かくしてのんべんだらりを至上とした《のび太》的な2学期が始まるものだと、自分も思っていた。

 ところが時代は変わっていた。

 市来家(仮名)の坊やくんは学校から帰って来るなり、ママに向かって言ったのだ。

「ママのせいで僕の自由研究人生は台無しだよ!」

 市来さんは呆然とした。

「……自由研究人生って何?」

 突然の長男の憤慨と、《自由研究人生》なる耳なれない言葉に市来さんは驚きいたが、笑いをこらえるのに必死だったそうな。

「どうしたの、自由工作、あれじゃダメだったの?」

 てっきり市販品キットを作ってきたことを先生に叱られたのかと思いきや、坊やくんの憤慨はそこに発したものではなかった。

「あんなしょぼいのじゃダメなんだ!」

 と、嘆息していたらしい。

「なんかねー、すごい力作を作ってきた子が何人も居たみたいで。すごい本格的なお城を組み立ててきた子とか……なんて言うんですか? あの古い飛行機……そうそう、複葉機! 布で翼をはっててプロペラが回ってって感じの、レトロな……それも市販品じゃなくてゼロから手作りだったんですって。仲の良い子たちがそんなの作ってきたもんだからガーンだったみたいなんですよ。それで私の買ってきたキットみたいにしょぼいんじゃダメだって怒ってて。本人真剣なんだけど、《僕の自由研究人生がっ!》って何度も言うもんだから思わず笑いそうになっちゃって、そうかそうか、ママが悪かったよ、来年頑張ろうって」

 そもそも当人がこれで良いって言ってたのにいざ発表の時を迎えてママのチョイスがいけないんだってのもお子様ならではの棚に上げ感だなぁとは思うが、《自由研究人生》ってちょっと笑ってしまった。響きが良い。いや、自分の子どもの時を思えば、やっぱりマズいってなって真剣に焦ったのだろうなと思う。言葉としては面白いけど彼を笑ってはいけない。

 そして工作のみならず、自由研究も凝った研究テーマで発表した同級生たちが何人も居たらしい。これもまた坊やくんに除夜の鐘的ガーンラッシュを与えたのだと思われる。

 昨今の小学生たちはそんなに凝った工作や自由研究をしているのだろうか?
 一部の子たちは確かに図書館に来て宿題に使うからと、ユニークなテーマで本を探してくれと言ってくるのは紹介した通り。ただ、これは推測だけれど、今年はどこにもいけない夏休みと言うことでせめて自由課題を頑張ろうって子どもや、楽しんで欲しいと願う親御さんが多かったのもあるんだろう。
 さらに、これも無根拠な推測なのだけれど、昨今は動画サイトでYouTuberらが色々企画しているのを見ている子たちも多いようだし、それで自分もやってみようとか、こうしたらどうだろうってアイディアを得る子もいるのではないだろうか。

 ちなみに図書館には《自由研究》《読書感想文指南》《修学旅行行き先調べ》などの小中学生便利本には《自由工作本》というものがある。対象学年ごとに難易度が設定されていて、細かい作業が苦手でない子には《電気工作》であったり《骨格標本》を作ったりする本などもあるし、最近では《プログラミング》本も揃えている。テーマがバシッと決まれば参考図書探しには是非お近くの図書館へどうぞ。例によって、夏休みの頭頃には綺麗さっぱり書棚から姿を消してしまうので予約は早めに済ませていただければと思います。

 とはいえ、自由研究少年少女たちの高く設定された目標は、親御さんたちの負担も蟻塚のように堆くなる面もあるのは否めないだろう。

「作ってるときは本人も楽しんでたんだけどなあ」

 と、市来さんは苦笑する。そして来年からうちもそんな本格的な自由課題に取り組まなくちゃいけないのだろうかと思うと気が遠くなると嘆いていた。市来家(仮名)長男の来年の力作に期待である。


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