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「あたりまえ」という「しあわせ」

これはアラサーあるあるかもしれないけど、マジで体調がすこぶる良い!!元気!!みたいな日がほとんどない。

何ならわたしの場合はロングスリーパーなうえに夜更かし昼夜逆転族なので、眠たいのがデフォである。生まれてこの方ずっと眠いです。

そこにプラス、歯の矯正をしていたので歯もずーっと痛かったし、終わってからもマウスピースはめるの痛いし、坐骨神経痛なので座りつづけているとおしりは痛いし、頭痛持ちなので頭もよく痛いし、便秘だしー、で本当に最後に元気だったのは小学生のときぐらいだったかと思います。

そんな話を今日はまつ毛パーマサロンの店長としていて、「もはやうちら、不調に慣れててこれがデフォルトだよね」という結論に至ったわけですが。

それを踏まえてね。そんな不調を抱えながらも働いているわたしたちって本当にエラいと思うんです。本当は布団に転がってたいよ。でも何とか自分を奮い立たせてパソコンの前に座ってるわけじゃん。エラすぎるって、そんなん。

究極的には息してるだけでエラいですよ。このクソみたいな世界のなかで何とか自分なりに生きててさ。嫌なこといっぱいあるけど、大暴れして何かを破壊せずにジッとしてるわけじゃん。理不尽な目に遭って「バカヤロー」と言いたくなっても耐えてるわけじゃん。

うんだからさ、幸せって何なのかよく考えるけど、実はそれってマイナスがゼロになるだけでも充分だったりするのかもしれない。

わたし、いっぱい眠れるだけで幸せですもん。歯の矯正が終わったとき、めっちゃ幸せでしたもん。最近は食物繊維がんばって摂っているおかげか快便なだけで幸せですもん。わーい出た!!!って感じですよもう。

わたし、藍坊主の「スプーン」って曲が好きなんだけどさ。最近これが頭のなかによく流れてくるんです。

あたりまえの あたりまえの
大切さに気付いてなかった
身近なことを 喜びにしたい
カレーライスのように

幸せってスケールが大きいほうがいいんじゃないかって思うかもしれないけど、ちっちゃい幸せを噛み締めるパワーがあったほうが、日々のどうでもいい何気ないことにも意味を見出せて全体的な人生がハッピーになると思うんよな。

ほんとカレーライスなんだよ。普通においしい。
普通においしいから、海外とかに行ったときに「普通のごはんすら日本はうまいんだなぁ」としみじみ思うし、実家を出たときに「お母さんのカレーはおいしかったなぁ」と思う。要するに、失ってから初めて「あれは幸せだったんだなぁ」と気付くのが幸せなんだよな。

わたしも失ってから気付くタイプなので、一生懸命今ある幸せを噛み締めようとしている。

ごはんがおいしいこと。湯船に浸かれること。素晴らしい友だちがいること。フリーランスとして働けていること。いい仕事に巡り会えていること。noteを書いたら誰かに読んでもらえること。いろんなこと全部。


最後に、元モーニング娘。の亀井絵里ちゃんの言葉を貼ってみる。幸せが何かを見失ったときに思い出したい。

幸せになりたい幸せになりたいってずっと思ってると、幸せになりたいってだけで終わっちゃうんです。幸せだなぁって思ってるとずっと幸せのまま過ぎていくんです


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