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微妙な形の月を眺めながら、のそのそと帰り道を歩いている。大通りから3本ほど奥を行ったこの道は、鈴虫の声がよく聞こえるほどに静かだ。

今日もたくさん笑って、たくさん悩んだ。

その繰り返しなんだろうなぁと思いながら郵便受けを覗き込み、とうてい買えそうにないマンションのチラシを引っ張り出す。

時刻はもうすぐ0時をまわる。

キッチンで手を洗い、ポットに水を注いでセットする。とっ散らかったワンルームで洋服の上に腰を下ろしながら、あんなに心細く思っていたひとり暮らしにも随分と慣れたものだと感慨深くなる。

薄い窓の向こうで「チ、ン」と仏壇の鐘が微かに鳴り響いた。

「人間が怖いんだよね」

人当たりが良く、いつもハツラツとしている彼にそう言われたのをちょっぴり気にしていた。

「どうして目を合わせないの」なんて指摘したのが良くなかったのかもしれない。

でも、逆に彼のそんな言葉が、わたしをひどく安心させたのも事実だ。

人間は怖い。腹の底で何を考えているのかわからなくて、誰も彼もが仮面をかぶっていて。

でも今や、わたしもすっかりその人間の群れに溶け込みながら生きている。スクランブル交差点を駆けるのもとても上手になり、空いている席に滑り込むのだってお手の物だ。

カチリ、お湯が沸いた。

コップに注がれた水面に、澄ました表情のわたしが映っている。

別にいいんだけど、自分が自分でなくなっていくようで少し怖い。わたしはもともと、どんな人間なんだっけ。

コップに茶葉を浸すと、茶色い筋がゆらゆらと浮かんでふんわり、まろやかに溶けていった。


また、明日も続いていくのだ。

熱いお湯に舌を差し入れてチビチビと味わいながら、大きなため息を吐いた。今日こそ、いい夢が見られるといい。

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