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ゆぴの10分日記

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帰り道の10分間で書く独り言のような日記。よわっちくても生きてるだけでえらいえらい!
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自信がないあなたへ何度でも言う、『あなたはすごい』

最近周りの友達がバタバタと闇落ちしている。 いや、闇落ちという言い方は正しくないな。仕事に疲れて心を病んでしまっている。 それで、あまりにもひどいので 『早くエスケープしなよ…!』 と言うんだけど、テコでも動かないんだこれが。 なんでかと言うと、大体鬱になってしまう人は、『完璧主義』な人が多く、完璧な理想の自分と現実の自分の乖離が許せなくてもがいているうちにだんだん病んでしまうそう。 自分はもっとできるはずだ、自分なんかが鬱になるはずがない、って更にがんばってし

「あたりまえ」という「しあわせ」

これはアラサーあるあるかもしれないけど、マジで体調がすこぶる良い!!元気!!みたいな日がほとんどない。 何ならわたしの場合はロングスリーパーなうえに夜更かし昼夜逆転族なので、眠たいのがデフォである。生まれてこの方ずっと眠いです。 そこにプラス、歯の矯正をしていたので歯もずーっと痛かったし、終わってからもマウスピースはめるの痛いし、坐骨神経痛なので座りつづけているとおしりは痛いし、頭痛持ちなので頭もよく痛いし、便秘だしー、で本当に最後に元気だったのは小学生のときぐらいだった

note強化月間をはじめます(どおん)#書く習慣

書くぞ〜〜〜〜〜〜!! いきたりどした?という感じなのですが、昨今のわたしはリアルライフが忙しすぎてアウトプットが全然できておりませんでしてね。 リアルライフが充実しているのはいいことなんだけど、発信がないということは、オンライン上での存在がない=消えたも同然だと考えているのと、インプット過多では頭がパンクしてしまうので、何でもいいから書いていこうと思うよ。 わたしは今、「書きたいけど書けない」人に向けて伴走するサービス、「パーソナル編集者」のお手伝いをしているんだけど

リアルのライター交流会に100人も集まったの、冷静にすごすぎんか?

すごい、人がいっぱいいる!!!(笑) そんなわけで、わたしが運営するスクール・Marbleの初めてとなるリアルイベントが終わりました。1ヶ月前ぐらいに告知していたやつです。 noteさんが場所を貸してくれての開催だったんだけど、最初に「何人ぐらい集まりそうですか?」と言われたとき、「え〜、でもリアルイベントとかやったことないし、ライターってそんな超アクティブなわけでもないし〜」と思って、「50人集まったら大盛況ですよねぇ」とか言ってたんですけど、満員御礼の100人が集まり

ふつうに風邪で死んでます

なんか10日前ぐらいからゲッホゲホしてるんだけど、ぜーんぜん良くなる兆しがなくて。 そりゃ療養せずに普通に生きてるから良くなるはずもないねんけど、やっとこさ3日前に病院に行き、お薬をもらって久しぶりに「1日ベッドにいる」なんてことをしています。 人には「休むのも仕事のうちやで」とか言うけど、当の本人は1日のうちに一度もパソコンを開かないことは滅多になかったりする。何だかんだ連絡は来るし、やらなきゃいけないこともあるし。 だから、本当に何もない1日を過ごすとソワソワとして

マジで自分はビジネスパーソンとして終わってんだな、と感じた話

どうしよう、マジで何を言っているのかわからない。久しぶりに個としての劣等感を覚えた。 とあるスタートアップの経営にまつわる記事を頼まれて引き受けたはいいものの、マジで何を言っているのかわからない。 話している内容の視座が高く、領域も専門的かつ知らない単語も多く、何度かフリーズしてしまい、「やばいこれ記事書けるかな」と絶望したりした。 わたしはなぜかビジネス領域のインタビューを任される。それは、1番最初にいたメディアがビジネス系メディアだったことが大きいし、もともと広告代

【書く人集まれ】ライター交流会をするよ。note発信術について話すよ。【6/16(日)】

なんと!!!! オフラインで!!!! 交流会をやります!!!!! みんな来て!!!!!!!!(お願いが早すぎる うん。つくづくライターという生き物は横の繋がりが大事だなと思っていて、時には一緒にもくもくと仕事をしたり、書くことにまつわる悩みを相談しあったり、ライターと編集者というポジションになって記事を作り上げたり…するわけよ。 わたしも独立当時は意識していなかったし、「なんか友だち欲しい」ぐらいの感覚でいろんなイベントに参加してライターさんと繋がったけど、ただ普通に仲良

かあかがいなくなった日。私の家族のおわりが見えた日。

母方のおばあちゃんが亡くなった。 私の言葉で言うと、「かあか」が亡くなった。この「かあか」というのはおばあちゃんの愛称で、幼少期の私が名付けたものらしい。 うちの母がおばあちゃんのことを「お母さん」と呼ぶので、それを真似しようとした私が「かあか」と呼び始めたところから定着した。物心ついたころには、家族全員が「かあか」と呼んでいたので、私にとってのおばあちゃんは「かあか」だし、おばあちゃんちは「かあかんち」である。 思えば、私はめちゃめちゃおばあちゃん子だった。実家から徒

おばあちゃんに向き合うのが怖くてnoteを書くしかなくなっている

一言で言うとしょんぼりしている。めちゃめちゃ泣きながら書いているのであまり画面が見えないけど書いている。 こんなときにnoteを書くんじゃねぇという感じだけど、私は本当に喋るのが得意じゃないので文章でしか気持ちを吐露できない。 昨日母から「おばあちゃんがあと1週間かもしれない」と言われて、慌てて予定を調整して実家にすっ飛んできた。 とはいえ私の日常は続く。 当たり前に仕事の連絡は来るし、友だちから「ヤッホー、今度遊ばない?」みたいなLINEも来るので脳がバグりそうであ

自分の幸福度アップ条件をリストアップしてみた

今日は書籍の執筆を進めて、最近お手伝いしているクライアントとミーティングをして、歯医者に行って、ふと見上げた空が綺麗で、なんか幸せだな〜と思った。 だから、改めていまの自分の幸せに必要なものについて考えてみることにする。 「自分いま、幸せかな?」って迷ったときに見直したい。そんなリストを作りました。 仕事の幸福度アップ条件・自分にしかできない仕事をしていること ・書くことにまつわる仕事をしていること ・対人ストレスがないこと ・好きだと思える人と働けてること ・自分の納

いきなりかかってくる電話が死ぬほど苦手なんだが????

ここ2〜3年ぐらい、電話に出ていない。 その理由は3つある。ひとつめは、心の準備をする余裕がないから。 そもそも人と話すためには心の準備が必要なので、いきなり電話がかかってくると、びっくりしすぎて反射的に電源ボタンを連打してしまう。 連打してから一息ついて、LINEで「えっ、なに!?」と送る。あまりにも電話に出なさすぎて母に怒られたけど、なんか怖くて出られないのである。 これがヤマトや佐川急便なら、「なんかお届けものかな?」と予想して出ることができるのだが、仕事相手と

なぜ東京にいると仕事に忙殺されてしまうのか

たぶんね、全部「YES!」って言えちゃうからだと思う。 海外で2ヶ月ほど過ごしていたとき、泣く泣く断る仕事や飲み会の誘いがいっぱいあった。もちろん、何か大切なチャンスは確実に逃しているのは重々承知のうえで言うけど、一応今のわたしはそれでも生きている。 「得られるかもしれなかった何か」というのは不確かなもので、それを悔やんでいても仕方がない。運が悪かった。タイミングが悪かった。そんな感じの言葉で片付けてしまっていいと思う。 今日から関西で1週間ほどワーケーションをするのだ

自分の発信以上に大切な仕事とは?

…そんなん、ねぇよ!!!!!!! というのが率直な感想でございます。 自己発信というのは、「ここにいるぜぇ!」というのを示す自己表明手段であり、コミュ障にとって最高の営業手法であり、自分の心の健康を保つために必要不可欠だと思うねんな。 インターネットを中心にまわる今、発信しないと見つけてもらえない世の中だからこそ、逆に発信することで誰かの目に留まる。 だーらだーらベッドのなかで書いたnoteが不特定多数の人に読まれて、誰かを元気にできるかもしれないってすごいことだよね

たとえば、ぬるい幸せがだらっと続いていく日々に

今日は、なーんも有益なこと書きたくないし、読者のことなんてなーんも考えたくないし、わたしのためのどうでもいい日記を書くんだぞーという気分で筆を取ってみる。筆っつーかフリック入力だけどな。まぁええんやで。 どうやらやっと冬が来たらしく、日の落ちるスピードが異常なほどに感じる。友だちとちょっと遅めのランチをして外に出たら、もはや夕焼けでもなく夜空が広がっていてびっくりした。 最近のわたしは目の前の楽しそうなことにパッと飛びついて、その隙間にやるべきことをやっている。そんな感じ