さようならカリスマ

 76%だ。このiPhoneを買って3年が経ち、明らかにバッテリーの持ちが悪くなっていたのだが、バッテリー最大容量がついに80%を切ってくれた。この80%というのが、保証サービスに加入していれば無償でバッテリー交換を受けられるラインなのだ。82%くらいからずいぶん待たされた気がする。でも一度79%になってしまってからはまたたく間に76%まで落ちた。

 auとAppleが連携したサポートサービスに加入しているわたしは、どこで交換できるのか、本当に完全に無料かなどインターネットで30分ほどあれやこれや調べ、なんとかauショップにバッテリー交換の予約をした。その直後に表示された予約確認画面で、わたしの契約形態(povo)では修理の対象外であることがわかり嘆息をもらす。どうか……どうか予約前に幾重にも確認してくれ……なにかサービスを退会するときと同じくらい、しつこく聞いてくれよ……。予約してこんなにもすぐ、キャンセルの電話をかけなくてはならない。

 中学ではじめて「ケータイ」を持った日から一途に20年、auユーザーをやってきた。わたしは00〜10年代初頭の、auブランドの抜きん出たスタイリッシュさを忘れることができないでいた。各社がまだパールのマニキュアを塗った爪みたいな丸みを帯びた機体を扱うさなか、いち早くフラットでシンプルなデザインを取り入れたのがauだった記憶がある。そもそもブランド名「au」のミニマルな字面がかっこいい。イメージキャラクターをとっても、docomoがきのこの集団、SoftBankが白い犬のほほえましさを打ち出しているあいだ、auは横向きのリスをシルエットで使うストイックスタイルであった。さらに委細なことをいえば、INFOBARのCMではTOWA TEIやCorneliusのつくった曲を起用し、Salyuを出演させていた。攻めながらも狙った層のハートを丁寧に撃ち抜く一手一手、そのてのひらのうえでしっかりと踊らされる幸福。あの頃auはたしかに日本の携帯キャリアのなかでもっともハイセンスで、カリスマだった。

 それがだ。スマホ時代が到来してからはキャリアごとの端末の特色がなくなり、各社ともプランの安さやポイントの貯まりやすさで勝負するようになった。CMもコメディに寄った演出のお得感を訴求するものに変わる。いやいや、三太郎ってなんすか? 謎の世界観に謎設定のキャラクターが続出。洗練されたイメージがこびりついた古参からしてみれば、信じがたいほど所帯じみた光景……ああ、わかった。そうか。もう携帯電話はファッションではなくなったんだ。きっとかつて固定電話やパソコンがたどってきたのと同じ道のりを経て、老若男女みんなのものになってしまったんだね。

 思えば10代はどんなケータイを使ってるとか、着メロ、待ち受け、ストラップ……いまや信じがたいほどの繊細さでわたしはわたしを彩ってあげていた。ああいう小さくも重大な自己プロデュースへの固執を、わたし自身、ガラケー時代の終わりとともにすこしずつどこかに置いてきてしまったのかもしれないな。おしゃれとは執着、見せたい自分をぎゅうと握りけっして手放さないことである。なんだかもう一度そういうことをしたいような気持になってきた。

 さてこのようにカリスマであったauだが、あの転換点以降はほとんど惰性で使いつづけてきた。そして残念ながら、現在のユーザー体験がすばらしいとは言いがたい。わかりやすさの時代にそぐわない手こずりが大量に発生し、疲れはててしまった。結局、わたしのスマホのバッテリー交換はApple Storeでなら対応してもらえるそうだ。auショップへのキャンセル電話でつながった人からこの情報をゲットできた頃には、もう這々の体。

 はあ、そうですか、はい、わかりました、失礼します〜〜〜。ヨボヨボと電話をきり、Appleの公式サイトの言うことに従ってAppleサポートアプリというのをインストールすると、なんと3分足らずで修理予約まで完了してしまったのだった。位置情報で最寄りの対応店を提示してくれ、こちらの加入しているサポートサービスもIDで自動照会し「あなたの契約状況なら無償でバッテリー交換できます」とまで表示してくれる。さあもう大丈夫、安心してくださいと言わんばかりの先回りした対応。あれよあれよという間にすべての不満と不安が取り払われてしばらく呆然とした。

 長年身を委ねてきたカリスマに疲弊したところを一瞬にして別のカリスマに救われる。Appleさま……!これ以上ないタイミングで心のすきまに入り込まれてしまった感覚、何かに宗教的にはまる人の高揚感というのはきっとこういうものなんじゃあないか。デザイン性とホスピタリティの驚くほどの両立、両立どころかそれらが互いに高めあっているようにさえ見える。Apple信者への一歩を踏みだしたことをおおいに自覚するのだった。

 さようなら、わが若き日のカリスマ。ポンタがかわいいからこれからも世話にはなりますけれど……。




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