茶碗蒸しとだし巻きたまごの地平(2024年1月24日)

 起きてずうんと下腹部痛。生理の本番がやってきた。生理前からの気だるさや、もう何もかもだめだ……の心が徐々に退いて、痛み一本でガツンとかち込んでくるのが私のパターン。身体的に痛いは痛いが心はやや軽く、そのちぐはぐな自分の状態にどう反応すればいいのか迷う。身体と心と、それらを見つめるもうひとつの心をもっている。

 昼は連れあいにプッタネスカという名前のスパゲッティを作ってもらい、もりもり食べる。

 16時すぎ、もうおなかがへったらしい男が近くにやってきてひとりでぶつぶつとしゃべりだした。ひとりごとをわざとデカい声で言い、私に聞かせる癖がこの人にはある。

「パクチーラーメン食べちゃおっかな♪ コンソメスープが飲みたいな♪ あっ、チキンラーメン発見♪」

 聞きとるだけ聞きとって、ちゃんと無視をした。

 こうして仕事中どちらかがどちらかに声をかけにいっても、だいたい相手がそっけない。私と連れあいの、互いの存在に甘えたいタイミングはまったく噛み合わない。

 取引先の、返信がめちゃくちゃに遅いことで私に知られる人から突然の電話。数ヶ月前の請求が振り込まれていないようですとのことだった。

「それで、この連絡先もう使えなくなってしまうので……僕、今日で会社辞めるんです」とちょっと言い出しにくそうに、でも笑いながら彼は言った。未解決のものも含めてすべてを投げ出して辞めゆくのが伝わる。放り出すように仕事を辞めることを決めきった人というのは、キャップ開けたての炭酸みたいなさわやかさをまとっている。圧から解放された心が四方八方に弾けとぶようすが、声だけでわかった。でも大人だからサイダーみたいな甘さは感じない無糖の、すっきりとして奥に少し苦みが残る味わいの声色。

「ええ! そうなんですか、それはおつかれさまでした」と応えると「はは、ありがとうございます〜」と関西訛りの、語尾を伸ばす調子で返ってきて、この人はこういう声と話しかたなんだ、そしてもう話すことは一生ないんだと思った。そもそも電話なんてかかってくるのははじめてだったから、最初で最後だったのだ。後任の方のメールアドレスをもらった。

 夕方出かける用事があり、化粧をした。最近買ったコンシーラーがまだいまいちうまく使えていないのか、生理中で肌のコンディションが悪いのかわからないが、コンシーラーを塗ったところだけ逆にアラが目立つ感じになってしまう。まったくコンシールできていないが、もう一度きれいにやり直すほどのやる気と時間はなくあきらめてそのまま家を出た。神は細部に宿るという言葉は好きだけど、宿らせどころここじゃないよな。

 六本木のスタジオでCM曲の歌唱収録だった。早口言葉みたいなのをリズムに乗ってとにかく言いまくる歌詞で、何テイクもやっていたら歌いながら口がもつれて追いつかなくなってきた。もちろんプロとしてはそれじゃあよくないのだけれど、どうしようもない口のおぼつかなさがみんなでおもしろくなってきて、ディレクターの方とエンジニアの方と一緒に笑えて助かった。平和な現場でありがたい。

 なんとか収録が終わり、連れあいと駅で待ち合わせて韓国料理屋で晩ごはんにする。

「ケランチム」という料理が気になり注文した。韓国の茶碗蒸しと説明があったが、食べてみたらどちらかといえばだし巻きたまごに近い。うまー。あれ? 茶碗蒸しとだし巻きたまごの線引きって……まあ調理法の違いか……ってか、今までこのふたつが同じ地平に立ってると見なしたことなんてなかったぜ。えっもしかして世の中的には同ジャンルで有名? もちろん舌ではこの地平の存在を昔から知ってたよ。アタイこの地平すっごい好きなんですけども!? この「出汁+たまごのふわふわ系料理」の総称に名前がないことが急に不思議でたまらなくなり、でもすぐに別の料理が来てどうでもよくなった。

 今日みたいにパソコン仕事の前後に声を出す仕事が入ると、一日がいつもより立体的だ。朝から夜へ向かって富士山型でなく連峰みたいになり、しかもよく働かす部分が頭から心になりからだに変わる。その三次元を行き来する日はちょっと調子が狂って、夜にどうも落ち着かずコーヒーを飲みたくなったりする。




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