適正量のキムタク(2024年1月27日)

 9時に起き、フランスのことわざよろしくパンがないからホットケーキを焼いた。ホットケーキは私の朝をかならず充実させてくれる。

 友人に生まれた双子の赤ん坊を見るという人類最強レベルに朗らかな用事のためでかけていく連れあいを見送った。赤ん坊を見るために人は集い、赤ん坊を見て人は笑う。赤ん坊の存在はただでさえ強いのにパワーが2倍!

 私は家でのんびり洗濯や掃除をしながら動画を流した。ここ最近、何日も何日も見続けてきたゲーム実況シリーズが終盤を迎えていた。キムタクが主人公役の『LOST JUDGEMENT』というミステリゲーム。実在する人間をモーションキャプチャーでデジタル化しているからいろんな芸能人がゲームのなかでリアルに動き、またプレイヤーが操作して動かせるおもしろさがあるのだけれど、このゲームを知っている人に聞けばもう全員、それ以上にストーリーがすごいとたたえる作品だ。

 毎日隙あらば見てきたし、つづきが気になって寝付けなかったような日々で、この3日ほどはもう早く終わってくれと感じていた。これを見続けているうちは他の何にも集中できず、つねにキムタクとか山本耕史、玉木宏の姿がちらつく。あまくておいしいけれどなかなか融けていかないキャンディをずうっと舐めつづけて舌が痺れるみたいに脳の奥が痛い。はじめは自らの好奇心で見ているのに、そのうちどうしようもなく夢中にさせられてしまう。きっと軽い依存みたいなもので、主導権を失い自分で自分を操縦できなくなっていくこわさもあった。いつもこんな感じだから私は連続ドラマをうまく観られない。

 ハァ……ハァ……長かった。やっと終わってくれた……。最終回を見届け、物語のラストがどうだったかよりもとにかく完結した安堵でぼけっとする。ひさしぶりに空気を吸って酸素が脳に回るような気がした。もうしばらくつづきものを見るのはやめよう。

 解放感のままデスクに向かい、歌で手伝いをしているバンドの録音作業をした。

 仮で入れてあるAIボーカルがあまりに優秀で、ニュアンスや息づかいまでもうほとんど人だ。すごい。でもどこか不安定に落ちていくようなメロディの表現は苦手みたいだった。正確さが売りのAIにもまだ人間らしいズレ、ブレは難しいらしく、人間がAIに勝てるのはその部分と言われる。それでいくとボーカロイドにも劣らぬ的確なピッチと音域の広さ、それでいて曖昧さも巧みに表現するYOASOBIの幾多りらさんなんかはいま、苦手を克服したAIみたいな存在なのかもしれない。でも曖昧さの再現度すらこれからどんどん上がり、しかも歳をとらず完全なままでいられるAIの歌声に、今後やっぱり人は感動させられてしまうのだろうかな。あー。

 2時間半ほど集中していた。すこしブレのある私の歌声が心地よく聴こえたから録音を終わりにする。何日も最前面に居座り続けていた革ジャン姿のキムタクは気づけばもういなくなり、思い出せば現れるくらいの適正量になっていた。あのゲームはちょっとおもしろすぎましたなーと振り返る余裕すらある。はーよかった。キムタク……いや八神さん、私の頭のなかでの長丁場、お疲れ様でした。

 夜、連れあいがここ数日かけて描いていたらしいアクリル画が完成した。夕暮れにどこかの細い路地に入って、知らないよその家の壁面を横から眺めたような絵。たまの曲に出てくる子どもの目に映っていそうなさびしい景色。感想を聞かれたから率直に答えた。じょうずだけど暗い、部屋には飾りたくない。たしかに、と本人も納得した。




【よかったらお読みくださいシリーズ】

▼日記以外の読み物

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▼写真家の服部健太郎さんとやっている聞き書きプロジェクト

▼友人ふたりと読んだ本について書いている共同マガジン


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