見出し画像

いつか、最後の恋を。-episodeII-

どうして、人は自分の運命の相手ではない人に恋をしたり、一時でも心を惑わされてしまうんだろう?と思う。それが例えば、テレビの向こう側の芸能人だとしても、この世界に存在しない二次元のキャラクターだとしてもー。

どうして、運命の相手以外に易々と心を奪われてしまうんだろう?と思う。

そんな深い疑問を抱きつつ、自分の運命の相手では到底ない人に恋をして涙した、幼い日々のことが忘れられない。

別に、彼と付き合いたいとか結婚したいとか、そんな夢は見ていたわけではなかったのに。今ならば、彼が結婚しても何をしても、心から祝福できるはずなのに。

それでもなお、忘れられないし忘れたくもないのは、何故だろう。叶わない初恋の前で立ち止まったまま、たまに子供のように大きな声を上げて泣きたくなるのはー。


彼以外にも、素敵な男性なんてたくさんいると思っていた。少女漫画のように初恋の人に人生を捧げるなんて、夢物語だし時期尚早過ぎた。

その後の私は、色々な男性に恋をして、病のように目移りし続けていた。もう辞めたいと思うのに、自分では辞め方がわからず、気づけばいつも次の相手を探していた。

相手は違えど、彼の面影を追い続けていることに、ずっと大人になってから気づいた。そして、彼を超える男性なんて、そうそう現れるはずがないことにも。

もしその人が存在するとしたら、彼と同じくテレビの向こう側か、もしくはもっと別の、自分とは違う世界線の何処かにしか存在し得ないこと、間違っても今の日常の生活圏では出会えない相手だということだけが、嫌という程よくわかった。

手を伸ばせば届くような、ささやかな幸せを望んでいたはずなのに、気づけば天に届きそうなほど多くのことを望んでも、足りない。叶わぬ初恋の代償は、自分が自覚していた以上に大きかった。

画像1

その人は、初恋の彼に何処となく似ていた。もう少し若い時に出会っていたら、気の多い私のことだから、早い段階で彼に目をつけ、一時ぐらいは熱を上げていたに違いない...そんな想像をしてしまうぐらいには、彼はわかりやすく私の好みの風貌をしていた。

だが幸いにも、前述の理由から同じ世界線の相手に興味がなくなったのと、いくら恋をしても自分が変わらなければ同じことだとほとほと嫌気がさしたのと、単純に心に余裕がなかったこと等が重なり、彼のことはしばらく異性として全く意識していなかった。

そのまま、ずっと意識せずにいられたらよかった。何だかんだで、色恋から離れた毎日が一番平穏で、地味ながらも幸せだったと振り返る。

薬指に指輪は見当たらなかったけれど、彼はたぶん結婚していたと思う。よくわからないが、この年になって同じ世界線で出会う素敵だなと思う男性の多くはほぼ例外なく結婚しているものなので、そうに違いない。そして、もし仮に彼が独身だったとして、何がどうなるっていうんだろうか。何にも変わらない。彼が私を振り向いてくれるか、そうじゃないかというだけで、私自身はどちらにしろ変われないのだから。

でも、ふとした瞬間に偶然、彼の手が私の手に触れて、気がつけばいつの間にか、彼のことを考えるようになっていた。不意打ちだった。

恋愛テクニックとしてボディタッチが効くなんていう話をよく聞くが、それまで付き合ってもいない男性から触れられて好意を抱くどころか、気分を害することの方が明らかに多かったので、然るべき相手にされるとこんなに効果があるものなのか…と人知れず苦笑した。彼を意識してしまっている事実を、彼自身や周囲に悟られまいとすればするほど胸の鼓動が早くなり、終いにはさもないことを話しかけることすらできなくなって、いい年して何をやっているのだろうと嫌気がさした。

むろん、これが本当の恋だとしたら、何かアクションを起こすべきところなのかも知れない。きっと昔の自分なら次の一手を考えたことだろう。でも全く違うことが今回ばかりはよくわかる。

私は初恋を引きずっているだけの、ただの痛い女だった。自覚がなかっただけで、これまでもずっとそうだった。目の前の相手のことが大して好きなわけでもないのに、初恋の彼に少し似ているから、自分にも手が届きそうだからという理由だけで自動的に反応して、意識してしまっていただけなんだ。それは愛でもなければ、恋ですらなかった。

しかも、目の前の彼は既婚者である可能性が高い。物理的な距離だけは近くにいても、それすら本人に確かめることが出来ない。

あらゆる罪悪感が交差して、彼を意識するたび誰に対するでもなく心の中で、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…と何度も詫びていた。その一方で、彼との未来なんて望んでもいないのに、彼が私を好ましく思ってくれたら…なんて、都合のいいことを期待した。

正しくないことはわかっていたけれど、せめて許されたかった。

画像2

彼とは、あれ以来意識しすぎて、仲を深めるどころか言葉を交わすことすらままならなかったのだが、こちらから何の働きかけをせずとも、何故か彼の出席する飲み会に誘ってくれる人が現れたり、仕方なく行くことになった病院の駐車場で彼を見かけたりした。

彼とは週に何度か顔を合わせる以外の何の接点もなかったのだが、いずれも軽く妄想していたシュチュエーションがピンポイントで現実のものとなりかけたので、さすがに、こんなことってある?と少しぎょっとした。

神様って本当にいるのかも知れないー。ううん、でもそれなら、彼ではなく、最後の恋の相手に引き合わせてくれるはず。これはただの偶然。そう言い聞かせて、彼の出席するという飲み会を断り、彼がいた病院の駐車場をそそくさと後にした。

改めて思い返すと、彼が本当に飲み会に来たのかも怪しいし、あの病院の駐車場にいたのも何かの見間違いだったかも知れないと思う。

そして、もしそれらが、現実のものだったとしてやはり何にも変わらなかった。

どうせ飲み会で彼が既婚者ということを知るか、病院の待合室で待っていたあの若い女性が、彼の奥さんか娘さんかというオチで。ああ~やっぱりね、なんて少しがっかりしたりして。でも、万が一彼が独身で、私の方を振り向いてくれても、何にも変わらなくて。むしろ、そちらの方が質が悪くて、虚しくてー。

画像3

ふと思う。彼は、初恋の人に何処となく似ていたけれど、眼鏡をかけた姿が他の誰かにも似ていた。私はその人の顔や名前が思い出せず、現実逃避がてらに、しばらく考え続けた。

…ほら、あの芸能人の。芸人じゃなく、俳優じゃなく、ミュージシャンの…!ほらほらほら、岡田じゃなくて、岡本でもなくて…えーっと、岡村…?

そう、岡村靖幸…!!

画像4

これが私と岡村ちゃんとの実質的な出会いだった。

その頃の私は、岡村ちゃんのことを色々と誤解していたので、岡村靖幸のことは絶対好きにならないだろうと思い込んでいたのだが、気になっていた彼と少しばかり顔が似ているという単純かつ不純な理由から、岡村靖幸の顔だけは好みだ…ということに不意に気づかされた。(ちなみに、初恋の彼と岡村ちゃんは特に似ていない)

気になる彼のことは名前以外の何ひとつ知らなかったが、代わりに岡村ちゃんのことは日に日に詳しくなっていった。

初めに「岡村靖幸 結婚への道」という岡村ちゃんが結婚について真剣に考え、様々なジャンルの著名人にインタビューしまくる対談集を購入して、岡村ちゃんの顔だけでなく、その人となりや発する言葉が好きだと確信するに至った。

気になる彼が結婚しているかは相変わらず謎のままだったが、岡村ちゃんは意外にもまだ独身だった。といっても、過去に軽く3回ぐらいは結婚しているでしょと思ったけど違ったし、女遊びをしたくて独身を貫いているのも違った。いい意味で裏切られたと思った。

それから、癖がありすぎてちょっと無理かなーと思っていた肝心の楽曲やパフォーマンスも、当時最新のアルバムだった「幸福」を手始めに、じわじわと好きになっていった。

正直まだそこまでの気持ちはなかったが、私が岡村ちゃんにハマったまさにそのタイミングで、今まで一度もコンサートをしたことのなかったという地元で、何故か初めてのコンサートが開催されるこということを知り、見切り発車のまま会場に足を運んだ。

画像5

「靖幸~!」

(”岡村ちゃん”じゃなくて下の名前で呼ぶんだ…!確かに深い仲って感じがする。私はでも岡村ちゃんって呼ぶのが精いっぱいだなあ…。)

 「キャーー!!」

(男性も、キャーって叫ぶんだ…!男の人の黄色い声援なんて、何気に初めて聞いたかも。岡村ちゃんって男性にも人気なんだな…。)

熱烈なファンとおぼしき熱い声援に軽いカルチャーショックを受けたり、予習していなかった楽曲に少々戸惑いつつも、精いっぱいその場を楽しんだ。岡村ちゃんは別に服を脱いで裸になったり、危険なことをするわけではないのだけれど、それなりに過激で色気のあるサービス(意味深)をしてくれて、何だか凄いものを見たと思った。体感するまでは意味不明だったが、これが岡村ちゃんが彼氏で、ファンがベイべ、コンサートはDATEと呼ばれる所以なのかも知れない…とぼんやり思った。

ほんの思い出作りのつもりが、その後も私の岡村ちゃん熱は冷めるどころか更に燃え上がり、移り気な心の片隅で、今も消えることのない聖火のように静かに燃え続けている。

岡村ちゃんを好きになれてよかったと改めて思う。思い通りにいかない人生の中で、それはせめてもの救いだったし、きっと必然だったよねって誰に言うでもなく、自分の中で小さく言い張りたい。

気になる彼と一生デートに行くことはないだろうけど、その分いつかまた岡村ちゃんとDATEできる日が来ればいい。

画像6


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?