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車と偏屈な小心者

車の運転免許を持っていない。
生まれて40年、運転免許を取ろうと思ったことが一度もない。

学生の頃、周りの同級生はみんな当然のように免許を取っていた。この先車に乗る乗らないは関係なく、それが当たり前のように。
仮免がどうだとか、詳しいことはわからないが、口では面倒くさいと言いながらも、皆どこか嬉しそうに免許取得に励んでいた。

そんな同級生たちを横目に私はというと、今後車に乗る予定もないし、これまでも公共交通や自転車で事足りているし、バイクへの憧れは少しあるけれど、車にこれといった興味も無いし…私は別にいらないな、とシンプルに思っただけのことだったのだが、少し変な目で見られることが多かった。

最近は、車に興味がなく免許を持っていない若者が増えたなどと耳にすることが多くなったが、私が免許を取得できる年齢になった頃は、今よりも、免許は当然持つものという風潮が強かったように思う。
父からは、就職の際に必要になる、免許がないなんて話にならないくらいのことを言われ、仲の良い友達にも軽く驚かれ、しばらくして「なんとかして餅ちゃんに免許を取らせる方法を考えるから!」と言われたりもした。

そんな周りの反応に、むしろ私のほうが少し驚いていた。車に乗るつもりもないのに当然のように免許を取るのはなぜなのか、周りの人にそのまま疑問をぶつけると、皆明確な答えはなく、でも身分証明にもなるし…取るのは当然といった具合だった。
そもそもそんなことを疑問に思うなんて、コイツちょっと変わってるな…という視線をビシバシ感じながらも、私はやはり腑に落ちず、必要性を感じなかったので免許を取ることはなかった。
その後、何の問題もなく普通に就職できたし、今のところ不自由を感じることなく生きている。

たまに、話の流れで免許を持っていないと伝えると「お金かかるしね」と返してくる人がいる。
全くもってお金の問題ではないんだけどな…と思いつつ、そう決めつけてくるような人にわかってもらいたいとも思わないし、わざわざ否定するのももはや面倒だしな…と、一瞬で心のシャッターを下ろし、早々に会話を切り上げ立ち去るようにしている。

そんな卑屈な私だが、自分が免許を持っていないから、車の運転ができる人は基本的に皆リスペクトしている。世の中の大半の人をリスペクトしていることになるが、自分ができないことを難なくこなす人は、単純に尊敬に値する。
バイクや自転車はその中央に人が乗る構造だが、車はハンドルが左右どちらかに付いている。車の中央に座っていないのに、車道の真ん中を走り続けられる感覚がまず理解できない。しかし、以前この思いを伝えたところ、怪訝な顔をされたので、その後はあまり口にしないようにしている。

ただ、心の中では本当に尊敬している。
単純だが、バスやトラックといった大型車両を軽々運転している人なんて、大尊敬に値する。
あんな大きな車体でよくこのカーブを…と、目にするたび道端で密かに尊敬の念を送り続けている。

そんな私はバスやトラック、救急車といった大まかな区別はつくが、基本的に車に興味が無い為、車の良し悪しが全くわからない。
ベンツ、フェラーリが高級なことはわかる。だが、ずらりと車を並べられて、ベンツの車はどれでしょう?と聞かれてもわからない。なんか他より高級そうだな…とは思うかもしれないが、エンブレムを見たとて判別できない。
国産車にしても同じだ。TOYOTAも日産も、くまなく車体を見回してどこかにNISSANの文字があれば、あ〜これは日産の車だなと判別できるくらいの理解度でしかない。

車種なんて言われてもサッパリだし、興味が無いとは恐ろしいもので、本当にどれも同じに見えてしまう。車好きの方からすれば、こだわりの愛車を蔑ろにされて心外かもしれないが、本当に区別がつかないのだ。
これが、たまに車で迎えに来ていただく場合、本当に困ってしまう。何色の〇〇だからと言われても、私がわかるのは色のみ。それが白や黒とよくある色だったら、もうお手上げだ。
そうなれば、どうか私を見つけてくださいと言わんばかりに目立つ場所に立ち、祈るしかない。
迎えに来てもらったうえ、見つけてもらう、なんとも申し訳ない限りだ。

もし何か事件があって、警察の方が不審な車両が通らなかったか聞き込みをしている場面に遭遇した場合、答えられる自信が1ミリも無い。
車種なんてもってのほか、そもそも道行く車に目もくれず歩いているから、何一つ有益な情報を提供できないだろう。しどろもどろになり、怪しまれたらどうしよう…。私が日頃から道行く車を意識して歩いていたら…車種もしっかり頭に入っていたら…。私に車の知識が無いばかりに、犯人逮捕が遠のいてしまう…そんなありもしない想定をして一人緊張したり落ち込んだりしている。

ふと気づくと、いつの間にか想像を巡らせ勝手に疲弊しているのだから、我ながらやっかいだ。
そう考えると、必要性を感じないので免許はとらないと告げたときの、変なやつ…という周りの反応は、あながち間違いではなかったのかもしれない。

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