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なぜガストンは死ななければならなかったか

 ディズニーの大ヒット映画『美女と野獣』。アニメ版は1990年代のディズニーアニメーション黄金期を飾る一作として世界中でヒット、数年前にはエマ・ワトソン主演で実写映画化もされた名作である。

 それに出てくる悪役ガストンは、物語の最後に野獣との戦いのなかで城から落下。直接的な表現こそないが、命を落とす。

 私は小さい頃からアニメ映画の『美女と野獣』が大好きで、『アラジン』や『ライオン・キング』と並んで何度も見たのだが、昔はガストンが死ぬのがちょっと腑に落ちなかった。

 たとえば『ライオン・キング』の悪役スカーも同様に物語の最後に死ぬのだが、スカー叔父さんは王座を横取りするために主人公シンバの父親(現王)を裏切り、計画的に殺した極悪ライオンである。しかも幼いシンバにその罪をかぶせ、王国から追い出してしまう。物語を通じて、シンバは過去と決別して自分のアイデンティティと王国を取り戻し、卑怯者のスカーは自分の仲間に裏切られて死ぬことになる。因果応報とも言うべき皮肉な死に方を含め、スカーの死のカタルシスは、なんの違和感もなく受け入れられた。

 一方で、『美女と野獣』のガストンは、確かに悪役なのだが、ほかのヴィランズに比べると邪悪な感じがどうも薄い気がしたのである。悪い魔法が使えるわけでもなければ、特別な力で世界征服しようとしたわけでもない。ヒロイン・ベルを手に入れようとし、野獣を殺そうとした男。しかも村人目線でいくと、野獣のほうが得体のしれない怪物のような存在であり、ガストンはそれを退治しようとリーダーシップを発揮した好青年にも見える。ガストンはうぬぼれが過ぎるイヤミなやつではあるものの、村の人気者の青年として受け入れられているのである(ガストンを拒むベルがむしろ村では変わり者とされていて、ベルの抱える孤独や疎外感がまた野獣との恋に必然性を与えていると思う)。ガストンは確かに村人を焚きつけて野獣を殺そうとはしたが、魔女の呪いにかかった王子を救う物語のために、村の青年が死ななければならないだろうか。ガストンは死ななければならないほど悪いやつなのだろうか。幼心に、死という制裁を受ける悪役として、ガストンは弱いような気がしたのである。

 最近は、ガストンが本当は一番恐ろしい悪役だなと思うようになった。見方が変わったきっかけは、数年前に銀座で開催された『ディズニー・プリンセス展』。各作品の解説らしいものが原画とともに公開されていたと記憶している。展覧会のタイトルどおり『美女と野獣』以外の作品もまんべんなく展示があったのだが、ふと目に留まったガストンに関する記述がすっと腑に落ちて印象深かった。

「ガストンが野獣を殺そうとしたのは、野獣を恐れているからではなく、ただ邪魔者だから」

 正確な文言は控えていないが、このような趣旨だったと記憶している。『美女と野獣』の物語を解説するなら、おそらく「見た目は野獣が醜くても、心が醜い本当の怪物はガストン」ということになるだろうが、「ただ邪魔者だから」で納得した。ガストンの邪悪さはここにあったのか。「ただ邪魔者だから」は、普通じゃない。

 それまで私は名もなき村人Aの目線に立ち、ガストンはどれだけいやなやつでも結局は「村の青年」で、暴走してしまった「常人」だと思っていた。でも、常人はただ邪魔者だという理由だけで殺そうとはしない。「野獣が恐ろしい怪物だ」というのは、村人を焚きつける建前でしかないし、「ベルを手に入れたい」というのもベルに対する愛情とは無関係で、ガストンにとってベルは美人というステータス・シンボルでしかない。

 ガストンが一番恐ろしい悪役だというのは、一見彼が絶対悪には見えないところだ。村で頼りになる好青年で、人気者。良くも悪くもからっとして見目がよく、賢くないしずるくない。きっと彼は村では裕福な暮らしをし、何不自由なくほしいものが手に入るお山の大将として生きてきたに違いない。狭い社会のヒエラルキーのトップに君臨し、世界は自分のために回っていると思っている。彼は、誰のどんな痛みも理解しないだろう。彼に傷つけられた他人がどれだけ苦しんでも憎み続けても、彼は気にも留めずにのうのうと生きていそうである。そして小さな村という閉塞的な社会は、彼のようなリーダーを求めている。彼の演説に心を奪われてしまう。

 物語におけるガストンの役割は、単なる宿敵を超えたもっと観念的な「悪」なのではないか。ガストンは背景となるドラマを持ち感情や人柄の見える悪役ではなくて(この点、スカーは王の弟としての不遇な過去とそこから来る憎しみといった内面のドラマが想像されるのだが、ガストンにはそういう苦悩が見えない)、破られるべき古い因習や集団的悪意のシンボルとしての悪役。

 だとすれば物語の最後には、絶対に退場しなければならない。それも因縁つけられたような特別な死に方ではなく、シンプルな方法で。

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