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ピーマンの文句詰め

職場にすごい文句を言う人がいる。それも二人。
僕は基本的にあんまり文句を言わないというか、悪いことを言わないように気をつけている(つもり)。ただ、それをここに書いしまうとそれはどうなんだというパラドクスが生まれてしまうんだけど、今日ばかりは勘弁してほしい。

周りは全員年上なので、何かを話しかけられても中高で鍛え上げられた僕は大体「そうですね」しか言わない。yes/はいの二択だと思ってるので、肯定しか選択肢は残されていない。
もちろん必要に応じて違うことは違うと言うし、本気でできないと思ったら「できません」とは言うと思うけど、雑談の流れで考えるのがめんどくさいと大体「あー、そうですよね」しか言わない。
そんな日々の短い雑談の中で、結構文句をぶつけられる。もちろん僕のことじゃないけど、彼らが彼らの業務で抱えているストレスをつらつらと述べられることがある。僕は内心「知らんがな」と思っているけど、個人的に人の悪口で盛り上がるのは好きじゃないというか、アンクールなのでそれ以上その話に火をつけたくなくて、「そうっすねー」ぐらいで流す。

もちろん、僕もわかっている。彼らが文句を言っているのは解決策を探しているのではなく、ただなんとなく共感を得たいだけなのだろうと。
でもそれってちょっとダサいっていうかレイムっていうか、もうそんな時代でもねえしなって気持ちが出てきてしまう。第一、人の悪口を聞くのはいい気持ちがしない。それに、「ああ、この人は人のことをこんなふうにいう人なんだ」と思ってしまうし、それはつまり「自分のこともどこかで言われているのかなあ」という気持ちになってしまう。
だからきっと文句ってあんまり得なことがないんだよな。それよりも自分の好きなモノやコトについて喋ってくれる方が一億倍いい。

ちなみにその二人同士もなんか微妙な距離感で、みんなでご飯買いに行こうみたいになった時に片方は「残るよ」って言い出してもう片方は「みんなで行こうよ」って言い出して揉めるみたいな。
別にいいじゃん、ほっといてあげなよと思っているけど生粋の陽キャっぽい人だし、悪気はないんだろうなと思ったりもして、謎の板挟みになりながらヘラヘラ笑っている。

というか、多分だけどもしかしたら僕はあんまり人の人生とかに興味がないのかもしれない。「好きにすれば」って感じだし。
そういえば、さっきの揉め揉めの後も「なんで一緒に来ないの」みたいな話になってた時にまた別の人が言ってた「いやまあ、ピーマンが好きか嫌いかみたいなのと一緒ですよ」って言葉、良かったな。
そうそう、ピーマンの好き嫌いと一緒。僕は別にパクチーが嫌いな人に無理やり食わせようとはしないし、僕が嫌いなものを食べさせてこようとする輩には屈しない。

ちなみに僕はピーマンは嫌いじゃないよ。友達がBBQで作ってくれた肉詰めが美味しかったから。

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