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漂流(第三章⑩)

第三章

10.

秋山の刺殺体が発見された。その一報は全国放送のニュースで流れた。犯人は直ぐに見つかった。逮捕されたのは、秋山の経営する弁護士事務所に所属する宮本という弁護士だった。以前から依頼人の振り分けを巡って対立があったと本人が証言しているらしい。長野県の避暑地にある彼の所有する別荘での出来事だった。光男はそのニュースを呆然と眺めていた……。慎太郎の独白は、光男を混乱させた。長年に渡る調査で漸く辿り着いたと思っていた真実が、寸でのところでまた擦り抜けていく。正直そんな虚無感を味わっている最中、事件の一報を目の当たりにした。まるで光男の思いを誰かが肩代わりしてくれた様だと思った。本来であれば、自分がしなければならない事だった。最愛の母の命を奪った張本人。自分の運命を、いや聡子の運命までも大きく変える事になった元凶とも言える男。しかし自分にそれが出来たろうか?それほど慎太郎の独白は、光男の心に大きなダメージを与えた。そんな事を思いながら、テレビに映る秋山の写真をぼんやり見詰めた。
不意にインターフォンが鳴った。此処を拠点にしてから来訪者はいない。招かれざる客である事は間違いないだろう。光男は居留守を決め込んだ。更に二度ほど鳴って、立ち去るかと思いきや今度はドアをノックする音が聞こえた。それと重なって微かに声もする。
「……。」
女の声だ。用心のためドアスコープは塞いである。光男は静かに窓側へ向かった。逃走する準備に入る。
「光男!」
その足が止まる。聡子か?でも何故?混乱する脳内を何とか整理しようとするが、どうしても状況を理解出来ない。
「光男。開けて。」
それを察知した様に、聡子が再び呼び掛ける。光男は踵を返し、玄関に戻った。そしてドアの向こうに呼び掛ける。
「聡子なのか?どうして?」
「いいから開けて。光男に伝えたい事があるの。もう全て終わったから。」
聡子は少し口調を柔らかくして、光男に呼び掛ける。それに誘われる様に光男はドアを開けた。そこには歳を重ね、更に美しくなった聡子が立っていた。およそ10年振りの再開は思わぬ形で実現した。しかし光男の心は複雑だった。聡子は言わば同志。自分と同じく運命を翻弄された被害者だと思っていた。だからこそ裁判の後、秋山の事務所で聞いた真実は衝撃だった。ただそれは秋山にとって都合の良い事実であり、聡子は深く事実を理解していないと思っていた。本当にそうだろうか?そんな疑念が突如湧いた。もしかして全てを知っていたのでは?微笑を浮かべた聡子が光男を見詰めている。


第三章⑪に続く




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