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漂流(第二章①)

第二章

1.
木枯らしの吹く季節になった。雪の降らないこの地域も冬はそれなりに寒い。この街に来て十三年の月日が流れた。そう、流れた… ただ漂流する様に生きてきた十三年だ。あれから私は懺悔の日々を送った。大事な友人を裏切ってしまった。取り返しがつかない。何度詫びても……。いつしか私は取り憑かれた様に勉強を始めた。只々学び続けた。学び続けたその先に司法試験が待っていた。そして私は当然の様に合格する。弱冠二十二歳でその栄光を手にする。ただ、そこに “私” は存在しない。テレビドラマでも見る様に、他人事で傍観していた。私はもう、私の人生を取り戻す事は出来ないだろう…

「早川先生。お客様です。」
ノックの音も聞こえなかった。こんな風に物思いに耽る事が多い。秘書の宮本が目の前でそう告げた。五歳年上の司法修習生だ。
「お通ししてください。」
司法試験合格から六年、まだまだ若輩だ。客に舐められる事も多い。だから私は心を殺す…
「お話は分かりました。それで幾らお支払い頂けますか?」
価値基準はお金。最年少の極悪弁護士の誕生だ。もうずっとそんな生活を送っていた。弁護士10人だが精鋭が揃った事務所だ。私はそのトップに立つ所長の秋山から英才教育を受けた。父の古くからの友人である。結局私は両親のトラウマから逃れる事は出来なかった。
「聡子。無理し過ぎじゃないか?」
気付くとまた宮本が目の前にいた。客は既に立ち去っていた。捨て台詞を聞いた様な気がする。
「馴れ馴れしくしないで!」
弁護士に成り立ての頃、一度だけ関係を持った。彼は本気だった様だが私は、流されただけ、だった。宮本は何か言いたそうに、しかし何も言わず部屋から出ていった。また、虚しい一日が終わる…

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