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「女は女である」

ゴダール作品のアンナ・カリーナにおける女性像


ゴダールの描く女たちを、「フランス語がろくにしゃべれないのをバカにされ、ひどい女ではあるけれどかわいいから許される。」といった、ミソジニー論説で紹介されることがある。

ゴダールの描く女性像「女は女である」のアンナ・カリーナについて考えてみる。

ゴダール作品はミソジニーなのか。

※女性蔑視。女性に対する憎悪や嫌悪、排除。
男性の女性に対する優位性を主張すること。

人間的達成、名声、誇りなどの領域における、物質代、社会的地位、道徳的評価、知的信任」といったものを女性たちから剥奪しようとする行為や欲望を指し示す。

「ひれふせ、女たち」ケイト・マン著

アンナ・カリーナ演じるアンジェラは、能天気で明るくて、わがままで、自分勝手で、でも一番の魅力は、自分のことをよくわかっていることである。
彼女は場末のストリップバーで踊り子として働いている。
彼女は歌う。

「私はひどくて、残酷な女。だけどとってもかわいいの。」


彼女はまっすぐカメラ目線で訴えかけるのだ。真剣なまなざしはどこまでも美しい。

ある日、アンジェラは彼であるエミールに訴える。

「子どもがほしい。今すぐほしいの。24時間以内に。」

そんな彼女をエミールは相手にしない。プレゼントがほしい子どものようにおねだりしてすねるアンジェラは、まさに面倒くさい女。おまけにしつこい。
子どもがほしいと言い張るアンジェラは、何としてもいますぐほしいので、手段を選ばない。エミールの親友がアンジェラに恋心を抱いているのをいいことに、彼と寝てしまう。

自分の欲望のためなら手段を選ばず、なんとしても手に入れるアンジェラ。童心の中の欲望はすがすがしくさえ思えてくる。

ゴダールの描く男性たちは、決してミソジニー的とはどうしても思えない。
そもそも女性をばかにしたり蔑んだりしていると感じるのであれば、それはゴダール映画の表面だけを観ているからではないだろうか。
男性たちはアンジェラに振り回され、そこで口論になり議論になり喧嘩になったりするが、そこにはアンジェラをバカにしたりかわいいから許されるといった要素は含まれていない。わがままだけど、ちょっとおバカっぽいけど、対等に接している。
また、男性は女性に対してコントロールしようとか支配下におけない女たちを罰したりしない。

ゴダールは女を支配しようとする映画を撮ってはいないし、男性優位なシチュエーションを描いてもいない。

しかし、敢えてミソジニーかもしれないと考えてみる

いや、ゴダール初期作品がミソジニー的だという指摘に、そうかもしれないと思う点はいくつかある。

アンナ・カリーナ演じる女性たちは、ステレオタイプのファムファタルで、男を翻弄させるわかりやすい像として描かれている。
典型的なわがままなお人形タイプで、コケティッシュで、現実離れしている。
男性を優位に立たせるには、こういう女は必要悪で、そこがミソジニーといわれる所以であるのであれば、それは、映画をちゃんと鑑賞していない。

映画の中では、男の都合のいいような描かれ方をしているお人形のような女のように感じる人がいるのも否めないが、実は、彼女たちは、ずるがしこく、わがままで、嘘はつくし、騙すし、そう、つまり等身大の女たちなのである。「かわいいから許す」などという安易な理解力ではゴダール映画の醍醐味は味わえないはずだ。

自分に嘘をつかない彼女たちが魅力的なのであって、男たちはそれを許すとかそんな表現自体が陳腐である。許すとか許さないとかそういった論点はここにはない。

アンナ・カリーナ扮する女が現実味をおびる時

アンナ・カリーナに憧れたヌーベルヴァーグ映画好きな女子は少なくないだろう。
彼女の独特のしゃべり方は魅力的で、時にはぶっきらぼうで、下品な言葉を使って罵るシーンもたびたび登場する。それも大声で叫びたおす。
フランスの女たちはこんな風におしゃべりするの?とショックを覚えたことを思い出した。

「気狂いピエロ」の海辺でのシーン

アンナ・カリーナが一人ごとをいいながら、つまらなそうに歩く。

そして実際ヨーロッパに住んでみると、アンナ・カリーナがどこもかしこもいるのであった。

「女は女である」ラスト

ラストシーン、アンジェラはスクリーンごしにウインクする。
ここで観客はなにが起こったのか即座に理解する。

アンジェラは自分の欲望が満たされご満悦なご様子。
子どもがほしいアンジェラの欲求にこたえたエミール。
結局は欲しいものすべてを手に入れてしまうアンジェラに、エミールはこう囁く。

エミール「君は卑怯だ」
アンジェラ「いいえ、私は女よ」

Tu es infâme
〔 ɛ̃.fɑm 〕
チュ エ アンファム
Non, je suis une femme
〔 ynfɑ̃m 〕
ノン ジュ スイ ユンㇴ ファム

ここでは、ゴダールならではの言葉遊びで〆られている。

(発音だけ聞くと、Unファム(女)と男性名詞Un(アン)で言っているので、アンジェラが、Uneファム と言い直すのだが、エミールのいうアンファムとは、悪名高い、卑怯だという意味)

アンジェラの無垢で無邪気な明るさが表現されていると同時に、女の怖さと強さがよく出ている。感情をむき出しにしている女をカメラごしに見ている私たちは、少しだけ安心するのだ。

ゴダールは女の本能の部分をコメディタッチで描いているが、人間の感情を赤裸々に、そしてあえて軽く表現しているところが、ゴダールならではのトリックなのだと思った。











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