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かぶる、かぶらない

「で、かぶってるの、あなたも?」
一時帰国したときに友だちに口々に聞かれましたが、いいえ、ヴェールはかぶってません。女性の服装を取り締まる国もあるようですが、カラチではそんなことありませんし。以前、北アフリカのリビアに暮らしていたときは、髪をまとめて、つば広の帽子をいつも深々とかぶっていました。でもそのあたり、カラチはまたちょっと事情が違います。

11月、涼しくなってから、街で女性たちの姿を見かけるようになりました。コロナ第5波到来前の11月のある日、カラチ随一のモダンなショッピングモールは富裕層の買い物客で賑わっていました。この日はテレビ俳優が来場し、写メを撮ろうと押すな押すなの騒ぎ。

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カラチで一番新しいドルメンモール

この頃ようやく気がついたのだけれど、意外と、髪が見えている女性たちが多いのです。目しか出さないニカブの人から、全くヴェールをかぶらない人まで、このモールにはいろんな人がまだら状態に存在しています。

2017年の国勢調査によると、パキスタンの人口の96.47パーセントがムスリム。同じムスリムの中でもスンニー派、シーア派、さらに細かい分派まで、人口2000万を超えるメガシティ・カラチには実に「多様なムスリム」が暮らしています。そこに、出身地域や家系のさまざまな文化的バックグラウンドも影響して、女性たちのヴェールのかぶり方にバリエーションをもたらしているんでしょう。

カラチの街中で一番ポピュラーなのは、「ドゥパッター」と呼ばれる大判のスカーフ。特に、一番上の写真の女性たちのように、シャルワルカミーズ(ゆったりした長めの上衣とパンツ)に、ドゥパッターを合わせるのが定番です。パキスタンで人気のアパレルメーカーにも、3ピースセットがたくさん並んでいます。

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人気アパレルメーカー「カディ」のサイト

このドゥパッター、髪が見えないようにしっかり巻きつけるだけでなく、日除けのようにおでこから引っ掛けていたり、前髪を残して後頭部にふわりとかけていたり、「かぶる」と「かぶらない」の間が実に曖昧で変幻自在。首もと、胸もと、肩からかけたり(日本と逆で、後ろに向かって長く垂らすのがポピュラー)、パーティーでは、折りたたんで片方の肩にかけたり、背中から前に回して両腕にかけ乙姫様のような使い方をしたり。おしゃれアイテムとしての要素も強いのかなとも感じます。

シフォンなど柔らかく透ける素材のドゥパッターを頭にふわりとかけるのは、イスラム教国で初めての女性首相となったベナジール・ブット氏のスタイルでした。ブット首相に憧れているというマララさんもそうですし、もっと言うと、建国の父・ジンナーの妹で、「国母」の称号を持つファティマ・ジンナーの写真を見てもそう。
身近では、カラチのクリニックで診てくれた女医さんは、白衣の上に明るい色のごく薄いスカーフをまとい、時々頭からするりと滑り落ちたら思い出したようにまたかけ直したり。パキスタンの中ではいわゆる進歩派の、教養ある女性たちが好むスタイルなのでしょうか。ファティマ・ジンナーは、歯科医で政治家でもありました。

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真ん中が、ブット首相マネキン

ドゥパッターはちょっとした上着がわりにも便利。11月になりちょっと肌寒くなった時に、そうか、ドゥパッターがカーディガン代わりなのかと気がついて愛用するようになりました。ちょうど、写真の一番左の女性みたいな格好です。先の女医さんが、「あら、あなたもパキスタンに来てドゥパッターづかいを覚えたのね!」と嬉しそうに笑っていました。今思えば、随分前にインド物産展で購入した大判の絞りのスカーフ、パレオに愛用してきましたがあれもまさしくドゥパッターだったわけです。

つまり、ドゥパッターは元々は民族服の「大判スカーフ」でヴェールとして機能するが、今はアパレル商品としても盛んに流通しており、つけ方は自在。それと、イスラム教徒女性「ムスリマ」としてのヘッドスカーフはイコールではないのだということです。その辺りは、ちょうど一時帰国中に国立民族学博物館で開催されていた「躍動するインドの布展」で、旧知の文化人類学者・金谷美和さんに教えてもらいました。
「宗教の違いを超えて実践される、南アジア地域特有のヴェール慣行があり、それと並行してイスラームの戒律に則った独自のヴェール慣行がある」(「躍動するインドの布」2021 昭和堂 p31)。

一方で、アラビア語で「覆うこと」を意味する言葉「ヒジャブ」がある。これが、私たち門外漢が一般的に考えるヘッドスカーフを含む概念で、この辺りから私の理解もだんだん怪しくなってくるのですが、前髪をきっちり隠すかどうか、首元・胸元がヘッドスカーフで隠れる面積、体をどのくらい覆うかなどで色々種類があるようです。パルシックパレスチナ事務所の方のこちらの解説はわかりやすいです。

https://www.parcic.org/report/palestine/palestine_learn/18024/

街中の企業で働く若い女性や学生によく見かけるのは、図の左上のように、顔だけ出るようにうまくヒダを寄せてマチ針などで留めつけているケース。シャルワルカミーズと色柄でコーディネートしている人もいれば、アバヤという全身を覆う黒などの地味な薄い上衣と組み合わせている人もいます。

保守的な傾向が強い人たちは、黒いアバヤに黒いヒジャブ。顔を覆うニカブをつけている人も一定数いますが、街中だと家族で集団になって買い物をしているところでしかほとんど出会いません。ブルカに至っては、カラチの街中ではほとんど見たことがないかも。パキスタン全体では、女性が何を身につけるのがマジョリティなのかは正直私には見えません。何しろ、「街中にいる女性」というのがすでに、マイノリティなので……。

ヴェールのかぶり方はゆるいカラチですが、実はブルカと同じくらいレアなのが、スカート。治安の悪さが長く続き、その後のコロナ禍で外国人がほとんどいないこの街には、スカートどころか、Tシャツ姿の女性もほぼ見かけません。そこでなおさら、公共の場で足が見えること、体の線が見えることへのタブーが強く感じられます。それに、日本人の見た目はただでさえ目立つのに、洋服を着ていたらとんでもなく目立ってしまう。つば広帽子をかぶって歩くのはちょっとないかなあ……。
リビアではゆるっとした手持ちの服を着て出かけていたのだけれど、カラチ暮らしでの私はもう、外出はほぼシャルワルカミーズ一択です。でも、実に気候にあっている上に、コットン生地好き、色、柄、手仕事、布好きにはたまらないシャルワルカミーズ選びは確実に日々の楽しみになっています。そのあたりはまた今度。


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