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「キャラクターは著作物ではない」ことはない。トリッキーな判例「ポパイネクタイ事件」

1997年7月、著作権業界に激震が走った。ポパイを無断で使用したとして訴えた事件について、最高裁判所で「キャラクターをもって著作物ということはできない」という判示がなされたのである。これ以降、「キャラクターには著作権はない!」「商標登録でキャラクターを保護しよう!」というビジネスをしようという輩が登場している。しかし、焦らないでほしい。あなたのキャラクターの商標登録は必要ない。この判決でも、ポパイについて、著作権侵害が認められているのだ。ではどうしてこんな誤解とか齟齬(そご)が生じているのか、私の理解は以下の通りである。

まず、この判例は通称「ポパイネクタイ事件」(※1)といい、著作権を勉強する上で大変有名かつ重要な判決の一つだ。原告はアメリカの著作権管理団体であるキングフューチャーズシンジケート、被告はポパイの絵をネクタイの図柄に使用していた日本のアパレルメーカーで、ポパイの絵の使用差し止めを請求したものである。結論として、アメリカの原告の使用差し止めは認められなかった。最高裁判決データベースでその全文をPDFファイルで確認できるが、その問題となった「当裁判所の判断」の部分を抜粋してみよう。

 著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」・・・とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載漫画においては、当該登場人物が描かれた各回の漫画それぞれが著作物に当たり、具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。けだし、キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。

「キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。」と述べている。つまり、判決上での「キャラクター」とは設定のことであり、描かれたポパイその人ではない。語源であるところの英語のcharacterの概念と、日本語としてイメージする「キャラ(クター)」ー漫画の登場人物や、マスコットとして創られた動物などーとを混同するものだから、「キャラクターには著作権はない!」という誤解を招く主張が生まれるのだ。なお、同じ判決文で以下の記載がある。

著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ・・・、複製というためには、第三者の作品が漫画の特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば足りるというべきである。
第一回作品においては、その第三コマないし第五コマに主人公ポパイが、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえ、腕にはいかりを描いた姿の船乗りとして描かれているところ、本件図柄一は、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえた船乗りが右腕に力こぶを作っている立ち姿を描いた絵の上下に「POPEYE」「ポパイ」の語を付した図柄である。右によれば、本件図柄一に描かれている絵は、第一回作品の主人公ポパイを描いたものであることを知り得るものであるから、右のポパイの絵の複製に当たり、第一回作品の著作権を侵害するものというべきである。

最高裁はちゃんと言っているのだ。漫画に描かれたポパイと完全に一致する必要はないし、被告の描いたの、ポパイだよね、と・・・。

であれば、なぜアメリカの原告が敗訴したか。これは保護期間の問題である。ポパイは「職務著作」であった。つまり作者が自分の作品として発表するのでなく、会社か何かのスタッフとして、その会社の作品として発表する場合、作者の死後何年ではなく、「公表から70年」となる(※当時は公表から50年)。そして、後続の漫画については最初のポパイの「二次的著作物」であり、新しく著作権が発生するものとは認められなかった。これはどういうことか?

ポパイの漫画は複数名の人が描いていた。エルジー・クリスラー・シーガー(Elzie Crisler Segar)氏によって生み出されたポパイは1929年に初めて登場し、新聞の連載漫画として人気を博し、シーガー氏の亡くなった後も、何人かのアーティストたちが引き継いでいるのだ。何故か日本語ウィキペディアの「ポパイ」のページでは、この経緯は省略されているが、アシスタントであったBud Sagendorf氏は、同ページで紹介されているロゴに、その名を見ることができる。また、ポパイ公式ツイッターで採用されているメリハリの効いたポパイの画は、Hy Eisman氏によるものである。しかし、彼らの描くものがシーガー氏のポパイと同じものを描いている以上、「彼ら独自のポパイ」とは言えず、シーガー氏のポパイの保護期間内でしか保護されないのである。

チャールズ・Ⅿ・シュルツ氏の『ピーナッツ』は、「掲載された雑誌は2000を越え」ということ(※2)からも職務著作とは言えず、スヌーピーは当然、シュルツ氏の亡くなった後も70年間保護される。だが、ポパイの漫画は職務著作である以上保護期間は短くなる。そう、1929年から50年、プラス、アメリカの戦時加算期間となってしまうのだ。それだと1990年5月21日をもって著作権期間満了となってしまうので、原告が保護期間を確保するためには、人物設定含めて著作物だと主張せざるを得なかった。

ポパイは、「シンブル・シアター」の主人公であって、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえ、腕にはいかりを描き、ほうれん草を食べると超人的な強さを発揮する船乗りとして描かれている

裁判所としては、原告・被告の主張には理由をもってそれを認めるか認めないか述べなければいけない。その船乗りの設定は著作権では保護されないよ、という答えが本判決での言及なのである。

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以上のように、「ポパイというキャラクターが著作物でないために著作権侵害が認められなかった」のではなく、「ポパイの保護期間が満了しているから著作権侵害が認められなかった」と理解するべきである(保護期間の満了前については著作権侵害を認めている)。大変複雑で難解な事件であり、ウェブ上での解説ページを見てもよくわからないことも多い。そんな中、早稲田大学法学学術院教授 上野達弘氏による、2018年の講演録を見つけたので引用したい。

・・・ただ、世間一般では、漫画のイラストがついた商品のことを「キャラクターグッズ」と呼んだりもいたしますので、「キャラクター」という言葉が抽象的な “人物像” だけを意味するものとして一般に理解されているかというと、心許ないところがあります。実際には、「キャラクター」という言葉は、①「人物像としてのキャラクター」(=抽象的思想)と②「イラストとしてのキャラクター」(=具体的表現)という 2 つの意味を持つものとして用いられているように思います(22)。もし、「キャラクター」という言葉が“イラスト” の意味でも用いられるのであれば、「キャラクターは著作物ではない」と断言するかのような説示は、少なくとも現時点においては若干misleadingのように思うわけです。(※3)

この講演録では数多くの最高裁判例について検討し、「なにしろ最高裁判例だから」と、個々の事件の背景を考慮せずに、その判決文をその後の事件のよすがにすることにして疑問を唱えている。専門家や上級者向けの講演の内容だが、大変面白く勉強になる資料だった。判決の解釈に限ったことではないが、全体の流れを無視して、記載の一部だけを取り出して、自分の都合の良い根拠にすると、足元をすくわれることになる。そんなこともまた思い出させてくれる判例である。

※1 最判平成9年7月17日。事件番号は平成4(オ)1443。著作権侵害差止等商標権民事訴訟

※2 ウィキペディア「ピーナッツ(漫画)」最終更新 2021年10月4日 (月) 06:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

※3 上野達弘「著作権法に関する最高裁判決の射程ー最高裁判決のミスリード?ー」コピライトNo. 686/vol.58、 2021/11/9取得。なお、引用文中の(22)には「上野達弘「キャラクターの法的保護」パテント69巻 4 号
(別冊14号)47頁(2016年)参照」という注記があったので付記しておく。

参考:
ウィキペディア「ポパイ」最終更新 2021年11月4日 (木) 04:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
Wikipedia ”Popeye". 最終更新2021年11月3日、11:45 (UTC).

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