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アーサー・ジョーンズ監督『フィールズ・グッド・マン』

なぜか新聞社からのレヴューに「寓話」というワードがあるが、寓話ではなく実話である。なおかつ「自分のキャラクターが無断利用されているのを放置したときに考えられる(とは言っても超悲観的な弁護士すら想定しないであろう)、最悪のシナリオが現実化したケース」と言っていい。本件映画はそのキャラクターの作者に降りかかった悲劇を追ったドキュメンタリーである。

問題となったキャラクターは"ペペ(Pepe)"というカエル。もともと、絵を描くことが好きなマット・フューリー氏が、バイト先で暇だった時に描き始め、人に見せたり、個人誌を作って売ったりする程度だった。彼がペペを描いた漫画をスキャンして、ある投稿サイトにアップロードしたことから悲劇は始まる。他人に切り取られたのは、あるエピソードのあるコマで、"feels good man(いい気持ち、わかるだろ?)"と言っているペペである。

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映画パンフレット17ページ。右下コマに発端となった絵がある。

これが広まったのは、アメリカの匿名掲示板だった。あるいは、セレブリティがインスタグラムでもペペのメイクをしたりして一般の知るところとなった。どこでもフリー素材であるかのように、アレンジされ歪められ好き勝手にいじくられた。実例は挙げたくない。私もオリジナルキャラクターを創り出し、愛している立場の一人として。それでもフューリー氏は耐えたのだ、「人の自由を奪いたくない」という理由で。ある時あまりの状況に断りの声明を出したら、多数の反撃を喰らうことになった。作者なのに。以後、ペペはイスラム世界への攻撃に使われ、大統領選でドナルド・トランプ氏のTwitterに使われ、銃撃の犯人にフォーカスされ、アメリカの団体である名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League)から「ヘイト・シンボル」として登録を受けることになった。つまり、ナチスの「鉤十字」と同じ扱いを受けることになったのだ。

これが「ミッキー・マウス」だったら。「スパイダーマン」だったら。匿名掲示板だったとしても一掃されていただろう、有名だからというわけではなく、「著作権」という誰もが有する権利を盾にして。ペペも同じ権利がある。フューリー氏は心優しい青年だ。アートを愛し、アートを愛する人を愛した、ひとりの個人に過ぎない。それでも世間に許されるかというと、突然そうでなくなることもある。

著作権だけでなく、人には幸せに生きる権利がある。生きるだけで感謝しろとか、使われるだけ有り難く思えとか、一見正しく見えるそんな声にはどうか疑問をもってほしい。善意と希望だけで生きていくには、この世界はあまりに残酷なのだ。

極端な例である故に、人に共感を得られないかもしれないこの悲劇を、アニメーションを駆使して伝えようという良作、名作映画。また、最後の展開には救いがあった。希望があった。まだまだクリエイターの協力と前進が必要である。

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『フィールズ・グッド・マン』公式サイト



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