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蒼色の月 #117 「願書」

今年の夏のこと、私が我が家に夫を呼び子供達と進学について話合いを持たせた。

いやいやながら、我が家にやって来た夫は私をリビングから閉め出し、子供達と話し合った末「行きたい大学に行っていい」と長男悠真に言ったのだった。
何年も前から、悠真が大学に進学することは夫の希望でもあり、夫も認めていたことなのだから当然と言えば当然だ。
渋る夫を最終的には説得し、進学費用を出す約束をさせた。
それはまさに、悠真一人で勝ち得たものではなく、まさかの長女美織と次男健斗の援護射撃があってのなせる技だった。

「大学に行っていい」

その言葉を父からもらい、悠真はどれだけほっとしたことか。
その直後手紙で「やっぱり大学費用はださない」と、舌の根も乾かないうちに、まさか父親が言ってきているなどとは子供達は誰も知らない。

父親の承諾を受けた直後、悠真は学校主催の東京国立大学のオープンキャンパス見学ツアーに参加していた。
2泊3日のその小旅行は、いろんな可能性を秘めた高校3年生の東京への夢探しの旅であり、悠真も仲間と共にその旅を楽しんだのだった。
そこに自分の未来があると信じて。

その見学してきた、第一志望の大学の名の入った封筒が、今朝郵便受けに届いた。悠真が建築士目指して憧れてきたその大学の封筒が、ずっと応援してきた私にも、なんだか眩しく見えたのだった。
夕方遅く帰ってきた悠真。その封筒を渡すと目が輝いた。
開けると中身は学校案内と、受験の願書だった。
着替えるのも忘れ、悠真は封筒の中身に目を通すのに夢中。
そのきらきらしている目は、夢と希望に満ちているのがキッチンからでもわかる。

「お母さん!見て!こんな寮もあるんだって。アパートお金かかるなら僕は寮でもいいな。2組の橋本もここ受けるんだけど、寮にしようかって二人で話してるんだ。友達と一緒なら心強いよね!」

「うん、そうだよね」

「それに、ここの寮だとベッドも電化製品も買わなくていいんだってよ。橋本の親戚が何年前かまでここの寮にいたんだって!」

「そうなんだ」

「お母さん?ちゃんと聞いてる?」

「もちろん!もちろん聞いてるよ。寮に入れたら一番いいね。でもダメなら高いアパートはちょっと無理だけど、家賃の安いアパートでも寮でもお母さんは悠真のいいほうでいいと思うよ」

「そっか!

もう一回橋本と話し合ってみるよ。アパートだとしても同じアパートにしようぜって話してるんだ」

「地元の友達が一緒だと、なにかと心強いよね…」

「うん!」

美織と健斗が夕飯に二階から降りてきた。
ソファでなにやら楽しげに、学校案内を見る悠真に目を付けて、すぐにちょっかいを出し始める。

「いいなーお兄ちゃん東京だもんなぁ。僕東京で行ってみたいところいっぱいあるんだよなぁ」

「いいだろう~」

「私、お兄ちゃんが東京行ってくれた方がいいな。だってちょくちょく遊びに行けるもの。泊めてももらえるしね」と美織。

そんな春からの新生活に夢を馳せる3人。
そんな会話を耳にすればするほど、キッチンの私の胸は締め付けられるように苦しくなる。

センター試験まであと一ヶ月。
今だ、進学費用のめどは一切立っていない。
そして、そのことを子供達は知らない。
全ては、長男の未来は、私の肩にかかっている。
長男に出さないということは、続く長女や次男にも出さないということになるだろう。

私がくじければ、私が諦めれば、この子たちの未来は大きく変わる。
それは死んでもできない。
この子達の夢は、なにがあっても私が絶対に守る。

絶対なのだ。

なにがあってもだ。

mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!