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ラブホテル 自己紹介

枕元にスイッチがたくさんあって、全部同じ形だから全然わかりづらいです。触って、押して、どこがどのスイッチなのかをすり合わせる作業が必要です。人と大体同じですね(やかましいわ)

人の汗の乾いた匂いと生臭さの真ん中が、瘡蓋の匂いに近い人は、自分と少し近い人間なのだと。

それ以外の人間は根本的に相性が悪い。そう感じます。


どうも、ラブホテルです。

自己紹介をします。


風呂クソでかいです。すっぽんぽんになったパートナー同士が洗いあったり絡み合うなか、粛々とジャグジー機能で泡を作りたまに作りすぎたりなどをして、溢れた泡で床が滑り、転びそうになるのをキャアキャア言いながらはしゃぐ人間の姿がよく目撃されます。窓を開けると異常に寒く、隣には高いビルの壁しかなくて満点の青空なんてあるはずないのに、相性の良い人と風呂に入ると隣のビルの壁が空に感じるときがあるようです。

でも、頭から冷や水を浴びたような寂しさに埋もれている人には、この広い浴場も桶や水溜りの狭さに感じるようでした。そんな人がたまに何人もいて、何人も泣いていました。広いのに狭くて泣いているようでした。そんな時は決まって風呂の湯の温度はぬるくなっていたし、泡立つ入浴剤は、蓋を切られることはなくシャワーで流れて排水溝のあたりに詰まるように留まっています。

コーヒーは朝に飲む人が多いと思うのですが、私が何度か感じる印象としてはわざわざ緑茶をセレクトする人は変態だなぁと感じるのです。偏見ですが、私の中に入ってくる人の統計を見るとそんな感じがします。

コーヒーと紅茶、緑茶、昆布茶のアメニティーが置いてある私の身体の中は、コーヒー一番人気。昆布茶次点、紅茶緑茶がどっこいどっこい。偏見ですよ?ラブホテルの中でわざわざお茶を淹れる人で、ノーマルな人を知らないと感じるほどです。

変態といえば、(なんだその話の切り出し方)すごい性癖の人はそれぞれ面白いことをするのですがそれを受ける人の目ってエネルギーがありますよね。いろんな行為をする人を見てきましたが、する側、より、それをされる側、の魂の濃さや圧のような熱のような何かには、チワワのような目力を感じるのです。チワワ、見たことありますか?あの零れ落ちそうな目の感じです。あれで天井を睨まれるとこちらもたまらない気持ちになる。そういう姿勢に煽られる何か、言葉にできない感情をつくづく人間は内包していると感じます。そんな感情がたまに激しくぶつかり合う場所です私の中とは。


それで、本題に入りましょうか。

先日私の身体の中で、珍しいことに殺人事件が起きました。

この事は、ゴシップ好きな私の人生、いや部屋生の中で最大のトピックなのですが、話す仲間もいないのでここに壁打ちしますと

簡潔に言えば、部屋に入ってきてキャアキャア言ってた男女が、風呂で泡風呂を沸かす間の時間何をするでもなく二人で緑茶を淹れていました。

二人でお揃いの飲み物を飲んでいる姿に、面白いものがみれるかもと淡く意地悪な感情が湧いたのを鮮明に覚えています。

それで、まぁひととおりした後、(案外普通でした)ほっそりとした身体をした女が「お股いたあぃ」なんて言いながら風呂場に向かうのを男はベッドの淵で軽く見送って、ティーカップに不相応なぬるくなった緑茶を啜り男は煙草に火をつけてふかしていました。

テレビをつけて、深夜のニュースが流れていました。気を引きそうな音だけが充満していたのに、どうも凪のように静かな空気が流れていて、今思えばそれが始まりだったのかもしれません。

風呂から上がった女は、ガリガリの体に吸水性の異常に高いタオルを巻いて、びしょびしょの頭で足の裏も拭かずに男に駆け寄ります。「入らないの?」女はそう言うと、男は打ちつけるように女をベッドに押し倒しました。あらあら、なんて思ってみていたら、男はその太い腕を女の首に沈ませるようにしているのが見えました。

え?と思った時にはとっくに男の腕は女の長く細い首に沈んでいて、妙な呼吸をしていました。

その時の女の目は、男ではなく天井をこぼれそうな瞳で睨んでいました。私を強く、睨んでいました。

ちょうどシャンデリアのあるあたり、私のへその近く

驚くほど無抵抗に彼女は鶏のように締められてしまい、それがプレイの一環なのか、あるいは男の衝動的なものかの判別がつきませんでした。

がっちりとこちらを睨んでいた目が、瞬きを失い眼球の表面が乾くのを見て、女だったものが何かがなくなった残骸になったことを示します。

あまりにことの顛末が呆気なく終わって、状況が全く掴めていない私がおりました。ここには私という部屋と、この女を殺めた男のふたりきりになったのです。

男も女もたくさん喋る人間ではありませんでした。特に殺めた後、テレビは深夜のバラエティ番組に切り替わったのに、まだずっと、長く重く、凪のように静かな時間が空間が、ゼリーのように私の身体に詰まっていました。

男は、ある程度女に跨った姿勢のまま女だったものを見下ろして、少しゆらゆらと揺れるくらいの動きしかしませんでした。そして、長く短い時間が過ぎると、ふと男は女の飲み残した、ひんやりと冷めたティーカップ入りの緑茶を飲み干しておりました。

その瞬間、私は今までにないほどの鍵の開くようなすっきりとした感覚を覚えました。

「変態がいる…」

思わず言葉に出てしまいました。

その瞬間、男と目が合いました。男は、まるで私の声が聞こえたかのような顔をしていました。

その目は、まるで零れ落ちそうなほどの大きな瞳でした。

その時の顔が、ずっと頭の中にこびりついて離れないのです。鮮烈で強烈な表情をしていたかというと、そんな事はなかったのですが、彼は異常に高揚して照れたような微笑みを私と目があった途端にしていたことを覚えています。漏れた私の言葉が、彼に聞こえたようにしか見えなくて、私の心は「聞こえちゃった」という感情と共にしん、と静かになりました。

男はゆっくりと私から視線を逸らしてから、その後何時間も何時間も部屋でゆっくりと過ごしていました。

遺体の隣に寄り添ったかと思いきや、数分で離れて時々行き場を失った犬のように部屋をウロウロとしていました。

そして、ふいと思い出したかのように浴場に行き、何時間も何時間も、浴槽の中で体育座りをしておりました。

そして、男は来た時のように衣服を整え女だったものを置いて部屋を出ていきました。その後の男の行方はだれもわかりません。

そして女だったものも、何日かして発見され、それから色んな人が出入りするうちにいつの間にか引き取られてその行方もわかりません。

そうして私の身体は、しばらく誰も入れなくなりました。でも、私は生き甲斐もなく、誰かを待つために生まれていない性分なので、特に気にもなりませんでした。ずっと、両脇の部屋の人の気配や音と、外で人が騒ぐ音を聴いて過ごしていました。

ただ、私の体の中には、あの男と女のそれぞれの匂いがいつまでもいつまでも充満していました。

幽霊、とかの類は信じていないのですが、気配でも無く怨念でもないような、物理的にふたりのにおいがずっとずっと私の身体の中に留まっていたのです。混ざり合うことなく、似ることもなく。別々の匂いになって、ただただそこに留まっておりました。そこでなんとなく、漠然と流して見ていた数々のカップルたちやパートナーと、あの二人だけはちょっと違ったんだな。と思ったのです。

多分、良かったけど、悪かったんだな。だからそう、相性って多分こういう言葉で表せないものでどうしても出てしまうのだなと思ったのです。

人の汗の乾いた匂いと生臭さの真ん中が、瘡蓋の匂いに近い人は、自分と少し近い人間なのだと。

それ以外の人間は根本的に相性が悪い。そう感じます。


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