皆平等

人生で初めて自ら赴いて美術館に行った。

自分の感性を刺激し、育てたいという思いからだ。

といっても、僕は芸術センスは1ミリもなく、図工の授業で作った数々の作品も見てられなかったので、家に持って帰った瞬間にライターで燃やしてなかったことにしていた。

そんな小石のような感性を持った僕でも美術館にある作品というものには感動した。

どれもこれも自分の中に入ってくるものがあり、想像力を掻き立てられる。

非常に有意義な時間を過ごしていたら、隣から怒鳴り声が聞こえた。

「この美術館には年寄りは来るなぁ言うことかぁ〜!?」

おじいさんがスタッフの人に怒っていた。

そのおじいさんは腰が80度ぐらいに曲がって杖をついていて、真下を見たまま怒っていた。

「わしのように腰が曲がりきって前を向けんような人間にはもう作品見る価値はない。そういうことか⁉︎」

スタッフもあたふたしている。

確かにおじいさんには今作品を見る術はない。

真下に作品を置けば見ることはできるが、価値ある作品を床に置くわけにもいかない。

要するに詰んでいるのだ。

「あんたぁ、今詰んでるなって思ったやろぉ?」

スタッフにそう言っていた。

ドキッとした。

さすが歳を食ってるだけある。

「わしは40年も前から美術館巡りをしとる。1週間だけ開かれる展示会みたいなのにも参加するし、芸術を見るために日本中駆け回ってきた。」

曲がりきった腰を杖を震わしながら支え、えらく小さくなってしまったであろう肺を懸命に動かし熱弁するその姿からとてつもない美術館愛が伝わってくる。

「今までおびただしい時間とお金と体力を美術館に捧げてきたんじゃ。そんなわしを美術館側は何もせんのか?見てみぬふりか?芸術の前では皆平等やないんk,k,ゲホッ、ゲホッ」

もう限界だ。

見てられない。

せめてスタッフが少しでも気の利く言葉を言ってくれと願った。

そこでスタッフは小さい声で

「車椅子、、」と言った


周りには僕ら客を合わせて10人ぐらいいたが、1分ほど誰も動かず、声も発さなかった。

おじいさんも一切動かなかった。

他のスタッフが急いで、椅子をおじいさんの元へ持ってきた。

おじいさんはゆっくり静かに腰を下ろした。

おじいさんが1つの作品を満足するまで見たら椅子を動かしてそこで腰を下ろして違う作品を見る。

僕も気づいたらおじいさんと同じペースで作品を見ていた。

全て見終えた頃にはおじいさんも気持ちの整理がついたのかとっても穏やかな顔で帰って行った。

芸術の前では皆平等。芸術の前では皆平等。

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