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駐車場のおじいちゃん

路地裏のちいさな焼き菓子屋には、専用の駐車場が無くお客さんには商店街のコインパーキングを利用してもらい、駐車券をお渡ししています。

その駐車場を管理してくれているおじいちゃんがいつもたむろっている(と言って良いのかな)事務所みたいな小屋があって、そこに出入りしているおじいちゃんが私が知る内でも5人は居る。

どの方が駐車場の管理の方で、どの方が暇つぶしに来ているお友達なのかは分かりかねるが、その5人の内の1人、藤原さんというおじいちゃんがとても私のことを気にかけてくれている。

いつもこの辺りを自転車でふらふらと散歩している藤原さん。
年齢は60代後半と言っていたが、自分の父と比べても大分老けて見えた。

土曜日の朝、作業をしていると後ろの戸をトントンと叩く音がする。

藤原さんは毎週のようにコーヒーやたい焼きを買ってきてくれて、私に食べてと言ってくるのだ。

最初のうちは遠慮して、買ってきてくれなくてもいいですよ。とやんわりお断りしていたが、
あなたの顔が見れたらそれで良いから。
少しでもお話したいんだよ。
と恋人にも言われないような甘いセリフと共にやってくる藤原さんと唯一お話する時間でもあるので、お言葉に甘えて全て受け取るようにした。

その日々は絶えず毎週続いていたけど、3年ぐらい経ったある日からぱたりと藤原さんは姿を見せなくなった。

あんなに断っても毎週来ていたので、どうしたんだろうと心配していたけど、他のおじいちゃんに聞いたら普通に居るよと言われたので、まぁ催促するのもおかしいししばらく様子を見ていた。

半年ぐらい経ったある日、コンビニに行くと藤原さんが居たのでこんにちは!と声をかけてみると、
藤原さんはポカンとしていた。

酷く痩せた様子で、顔色も良くなかったので気になって、お久しぶりですね。すぐそこの菓子屋です。と声をかけると、
藤原さんは思い出したか思い出してないかよく分からない反応で、それでも持ち前の気さくさで実は入院しとっただよ。と明るく言った。

そうなんですね。どこを悪くされたんですか。と尋ねると、
どこって事もないけどねぇ。ちょっと調子が悪くて。と続けた。

そうですか。お大事になさって下さいね。と伝えて別れたけど、その後藤原さんに会う事はほとんど無い。

たまにお見かけしても自転車でどこかへ行く後ろ姿で、もしかしたら多くのことを忘れてしまう病にかかったのかもしれない。と悟った。

それでもまた道で会ったら必ず声を掛けようと思う。

誰も来ない寂しい日に、藤原さんの差し入れにどれだけ救われたか。

いつも忘れないで居てくれた事に、どれだけ支えられたか分からない。

孫のように可愛がってもらった日々を、改めて大切に思い出そう。

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