映画館のアイスモナカ
これは私がナンパされた一番古い記憶である
1983年、私は中学生で、
同級生と二人で映画を観に行った時のことだ
親は同伴せず、中学生同士で映画館に行くというのが
まだ慣れない年代、そんな時代であった
同級生は真面目な優等生
家が厳しく、
休日に映画館に行くことを許されるのか、
という課題もあったほどのお嬢様、
加えて美人であった
最終的に許されたのは、
彼女がどうしてもみたい映画があり、
親を説得したからだった
その映画は『戦場のメリークリスマス』
(原題は『Merry Christmas, Mr. Lawrence』)
『戦メリ』の略称で知られ、
テーマ曲は誰もが聴いたことがあるはずだ
※ネタバレになる箇所があります
そしてビートたけしが出演している
まだ映画監督になるずっと前だ
当時はテレビで見ない日はないくらいの人気者で、
子供はみんな大好きだった
そんな現役お笑い芸人が、巨匠、大島渚監督作品に
出演するということ自体、珍しいことだった
しかも主演がデヴィット・ボウイ、
さらに坂本龍一がテーマ曲を作っただけでなく、
出演もしているとあって、
なんだか、もう、すべてが、かっこよかったのだ
彼女とこの映画を一緒に観に行くことができて、
私はとても嬉しかった
場所は渋谷か銀座の映画館
早めに並んだものの、ようやく座ることができたのは
前から2列目の中央辺り
盛況で立ち見も出たくらいだった
しばらくすると
私の隣で1人で来ていた高校生ぐらいの男性が、
「売店に行くので、ちょっと荷物みといてください」
と言って出ていった
どちらかというと地味な文学青年のような印象の人
見ず知らずの人間に荷物を預けるとは、
今では考えられないことだが、
かつてはこんな光景は時々見られた
古き良き日本というやつだ
だからあまり気にしていなかった
ところが、
しばらくして、彼は席に戻ってくるなり、
「これ、一緒に買ってきたから食べて」と言って
私たちそれぞれに何かを手渡した
アイスモナカである
そして、ナンパである
私は困って、彼を背にし、彼女の方を向いた
「どうしよう」というようなことを
2人で会話していたと思う
業を煮やしたのか、さらに彼が
「ほら!アイス溶けちゃうから、食べてよ」と
身を乗り出して、話しかけてきた途端、彼女は
「いらねーよ!」
と言って、
アイスモナカを彼の方に投げ返した
と次の瞬間、映画館の照明は消え、
予告もないまま映画は始まったのだった
優等生のお嬢様が、そんな乱暴な言葉使いを!
と驚いたが、毅然とした態度に私は衝撃を受けた
こんな状況で、映画みられるかい!と思ったものの、
そこは作品の力、
たちまち映画の世界に引き込まれていった
ビートたけしがいつものままで役を演じている
不思議な気分で嬉しかった
ふと、今って微妙な状況だったよな、と現実に戻る
彼も変わらず私の隣に座って映画を観ているからだ
彼女の方を見ると、美しい横顔が、
映画に集中していることを物語っていた
そりゃ、そうだろう、
彼女にしてみれば私を挟んでいるし、気が楽なはず
映画を楽しむ以外にやることはない
私の方は下手すると腕が触れたりするくらいの状況だ
気まずい
もはや3人で映画を観ている気分だった
彼の膝の上に目を向けると、
そこには未開封のアイスモナカが2つ
彼は食べていなかった
私の膝の上にも返すタイミングを逃した
未開封のアイスモナカが1つ
タイトルがクリスマスなのに、劇場公開は初夏
アイスが美味しい季節でもあった
でも食べたい気分でもないし、
もし食べたい気分だったとしても、
これは食べない
袋の中で溶けているだろうアイスモナカ
食べ物を粗末にしているという罪悪感
映画が終わり、明かりがついたらどうなるの?
というヒヤヒヤする状況
その時、私には確実に2つの物語が進行していた
『戦場のメリークリスマス』と
『劇場のアイスモナカ』だ
でも
デヴィット・ボウイの美しさによって引き寄せられ、
坂本龍一のかっこよさによって引き戻され、
ビートたけしが出てきたら
一瞬でも見逃したくないと思い、
最終的には『戦メリ』の方に
集中することができたのだった
そして映画は終盤に差し掛かり、
劇場中の緊張が伝わってくる
そんな中、彼は突如、席を立ち、出ていってしまった
劇場中が思ったと思う
そしてビートたけしが言う
「Merry Christmas, Mr. Lawrence」と
そんな心の声によって、
せっかくのシーンはかき消されてしまったのだった
そして流れるあの美しいテーマ曲…
映画は終了
もう一つの物語も無事に終了
映画自体は中学生にとっては少し大人な内容だった
でも彼女はとても楽しんだようだった
やはり彼女にとってはアイスモナカはとっくに
過去の出来事になっているようだった
私の方は、『戦メリ』というと、いまだに
アイスモナカを思い出してしまうのだった
最後までお読みいただき、
ありがとうございました
追記:見出し画像は、
「みんなのフォトギャラリー」から選択し、
ko_ta_ro_noteさんからお借りしました
ありがとうございます
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