THE SECRET OF THE NIGHT TRAIN

イスタンブールに住むエロディ大おばさんが入院することになった。人手が必要だからだれか来てほしいと連絡があり、マックスが行くことになった。はじめてフランスを出る列車の旅は、おもいがけない謎解きの旅になる。

作者:Sylvia Bishop(シルヴィア・ビショップ)
出版社:Scholastic(イギリス/ロンドン)
出版年:2018年
ページ数 283ページ(日本語版は300ページ程度の見込み)
ジャンル・キーワード:ミステリー


おもな文学賞

・カーネギー賞ノミネート (2019)
・ウェストサセックス児童文学賞ノミネート (2019)

作者について

ロンドン在住の児童文学作家。子どもの頃から物語を創作したり、演じたりすることが好き。即興でコメディを演じるユニット“The Peablossom Cabaret”のひとりでもある。邦訳に『モノ・ジョーンズとからくり本屋』(フレーベル館 三辺律子訳 2019年)がある。

おもな登場人物

● マックス・モレル:パリに住む12歳の女の子。3人きょうだいの末っ子。いままで外国に行ったことはない。
● シスター・マーガレット:トルコまでマックスに付き添ってくれる修道女。マックスの兄と同じチェスクラブのメンバーで、トルコに住んでいたこともあるため、付き添い役を買って出た。実は元捜査官で、ぬすまれたダイヤモンドを追うためにマックスに付き添った。
● エロディ大おば:イスタンブールに住んでいる。クリスマスプレゼントのやりとりしかつきあいがない。宝石コレクターで、実はダイヤモンド泥棒集団〈ファントムズ〉のリーダー。
● ルパート・ノーブス:パリで出発直前に駆け込んだ乗客。実は泥棒常習犯。ただし、泥棒がぬすんだものをぬすむことにしており、善良な市民からはぬすまない主義。
● エスター・ローゼンクランツ:宝石コレクター。エロディ大おばの往年のライバル。
● クラウス・グロブ:エスターの甥だと名乗るが、実は雇われ用心棒。
● セレスタ・ル・ブラン/スザンナ・リロイ:赤毛で、片目が青、片目が緑の女の人。スーツケースに入っていた手紙は「セレスタ・ル・ブラン」宛となっていたが、クラウスには「スザンヌ・リロイ」と名乗る。スザンヌが本名。パリの郵便局員。実は〈ファントムズ〉のメンバー。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 イスタンブールに住んでいるエロディ大おばは、毎年クリスマスプレゼントにいびつな形の編み物を贈ってくれるが、それ以外のつきあいはない。マックスが赤ちゃんのときに来たっきりだ。そんな大おばから電話がきた。手術をすることになり、だれかに付き添いに来てほしいというのだ。パパもママも仕事があるため、マックスが立候補した。ひとりでは大変なので、おにいちゃんのチェスクラブにいるシスター・マルガリータが一緒に行ってくれることになった。シスター・マルガリータは若いころイスタンブールにいたことがあり、また訪ねたいと思っていたそうだ。
 大おばからは、「東ヨーロッパの旅が寒くありませんように!」と、てっぺんにボンボンのついた不格好な手編みの帽子と、列車のチケットが届いた。大おばは飛行機を信用していない。列車ではパリを出発し、ドイツのミュンヘン、ブダペスト、ブカレストで乗り換えて、イスタンブール到着という旅だ。マックスにとって、生まれて初めての外国旅行だった。

 パリからミュンヘンまでは超高速列車TGVに乗る。まもなく出発というときに、発車見合わせのアナウンスが入った。世間をにぎわせているダイヤモンド泥棒が乗っているという情報が入ったのだ。新聞によると、インスタンブールを拠点とする悪名高い泥棒集団〈ファントムズ〉の犯行とされていた。盗まれたのは5センチほどの赤いハート形のダイヤモンドで、真ん中に縦の白線があり、〈失恋ダイヤ〉と呼ばれていた。世界に一つだけのダイヤだ。警察が全員の荷物を検査したが、形だけの検査だったうえに、終わった頃に駆け込んできた乗客の荷物は検査しなかった。
 やっと発車し、マックスはさっそく車内を探検した。そして、ダイヤモンド泥棒がだれだか推理して、探偵気分を味わうことにした。ノートに乗客の特徴を書き、途中の停車駅で降りるたびに容疑者を絞っていく。ミュンヘンにつく頃にはだいぶ絞られていた。

 ミュンヘンで降りると、次の寝台列車カールマーン・イムレの出発までに夕食を食べた。荷物運びを手伝ってくれたのをきっかけに、マックスは老婦人エスターと若者クラウスの二人連れと仲良くなる。パリから乗っているので、ふたりとも容疑者だ。エスターはたくさん宝石を持っていて、クラウスはどことなく犯罪とかかわったことがあるような雰囲気があった。でも、やさしいところもあり、決め手に欠けていた。
 夜、なかなか寝つけなかったマックスは、洗面所に行く。廊下にはみんなのスーツケースがあり、いけないこととは知りつつもマックスは中を調べた。ダイヤモンドは見当たらない。念のためマーガレットのかばんもあさると、奥から銃と、短いメッセージを書いた紙がいくつも出てきた。物音で目を覚ましたマーガレットは、なんとマックスに銃を向けた。
 ショックを受けたマックスに、翌朝マーガレットは思いがけない事実を打ち明ける。マーガレットは元捜査官で、宝石の国際犯罪組織が専門だった。今回もひそかに犯人を追っていたのだ。事前に乗客リストを見ていて、なんども裁判にかけられたことのあるルパートと、宝石収集家のエスターを疑っていた。ブダペストでは、マックスがエスターを、マーガレットがルパートを尾行したが、収穫はなかった。

 ブカレストに向かう夜行列車イスターはガラガラだった。朝食のとき、信じられないニュースが飛び込んだ。昨夜イスターから飛び降りたと思われる男性が線路沿いで発見されたという。ルパートの姿が見えず、飛び降りたのはルパートじゃないかと、車内は騒然とした。思わずマーガレットは、きちんと自己紹介していないのに赤毛の女の人を名前でセレスタと呼んでしまう。スーツケースをあさっていたときに、名前を見たのだ。ところがクラウスが、彼女の名はスザンヌだと言った。フランスの郵便局で働いているという。そういえばまだ名前を言っていなかったとマックスがクラウスに自己紹介し、大おばエロディに会いに行くところだと話すと、エスターが飛びついた。エスターとエロディは宝石をめぐるライバルで、エスターは1967年のベルリンのオークションで競り負けた恨みがあった。
 ブカレストから終着駅イスタンブールへは、ボスポラス急行で向かう。電車が発車してもマーガレットの姿がない。さっきまでクラウスがぴったりくっついていたことを思うと、やはりエスターとクラウスが怪しい。マックスはあらためてエスターのスーツケースを調べにコンパートメントにしのびこむ。ステッキのヘッドに隠されていた鍵を見つけ、スーツケースの隠しポケットを開くと、たくさんの宝石が入っていた。目を奪われていると、エスターとクラウスが戻ってきた。エスターは大騒ぎし、マックスは警備員に連行された。

 マックスがイスタンブールで駅員室に連れて行かれると、パリで車内捜索をしたル・ゴフ警部が来ていた。マックスはエスターとクラウスがダイヤモンド泥棒だとうったえるが、どうも話がかみあわない。逆に、疑われているのはマックスだった。あの毛糸の帽子のボンボンの中に、ダイヤモンドが編み込まれていたのだ。マーガレットは共犯者だと思われていた。
 連絡を受けて、エロディ大おばが来た。エロディは帽子のことを知らないふりをしたうえに、マックスと二人きりになると、マックスのせいですべての計画が狂ったと言った。エロディは〈ファントムズ〉のリーダーだったのだ!エロディはフランスに帽子を送り、仲間のスザンヌが郵便局で包みをあけてダイヤモンドを編み込み、マックスの家に配達した。そのまま無邪気にマックスが帽子をかぶってイスタンブールに来れば、難なくダイヤモンドを手に入れられるはずだった。
 エロディと入れ違いに、警部とマーガレットがきた。マーガレットはブカレストの駅でスザンヌにトイレに閉じこめられていた。いったん出て行った警部が、すごい剣幕で戻ってきた。ポケットに入れたはずのダイヤモンドがないという。マーガレットの修道服のポケットを全部さぐり、テーブルや椅子をひっくり返しても出てこない。どうやら、エロディがいつのまにかスリを働いたようだった。警部がまた部屋を出ると、今度はエスターとクラウスが入ってきた。エロディが共通の敵だとわかったため、手を組もうと提案しにきたのだ。マックスとマーガレットは乗ることにし、ダイヤモンドを取り戻す計画を立てはじめた。警部がエスターとクラウスを迎えにくると、クラウスは警部を抱え上げて戸棚に閉じこめ、そのすきにマックスたちと逃げ出した。

 マックスたちはマーガレットのむかしからの友人セイラムのカフェに行き、つぎの計画を立てた。そこへ、ルパートが来た。セイラムがマーガレットの指示でルパートの足取りをたどっていたのだ。ルパートもやはりダイヤモンドを追って、電車に乗っていた。スザンヌが〈ファントムズ〉の一員だと知っていてあえて近づいたが、紅茶に睡眠薬を入れられて列車の窓から放り出されたのだった。
 いよいよ計画実行の日。マックスは大きなバラのバスケットに隠れ、ルパートがそのバスケットをエロディの屋敷に届けた。玄関に出てきたのはスザンヌだ。バスケットを置いて、ルパートは帰る。エスターとクラウスがエロディに宝石を売りに来たふりをして屋敷に入り、マーガレットは外から窓を開けて警報装置を作動させた。駆けつけた警察官に金庫を開けてもらうと、〈失恋ダイヤ〉があった。エロディとスザンナは逮捕され、マックスたちはセイムスの家に戻った。その後、エロディが逃走したという知らせが入ったが、あとはトルコの警察の仕事だった。
 エロディの家には、羽根に宝石を縫いつけられた鳥がたくさんいたが、セイムスの家に保護された。セイムスは宝石をはずし、鳥たちはカフェの人気者になった。ダイヤモンドを取り戻した報酬で、ルパートは借金返済分の現金を手に入れた。今回の旅行の用心棒に雇われていたクラウスは、そのままエスターの個人アシスタントとなることになった。イスタンブール最後の晩、マックス達は名残を惜しみつつ、みんなと夕食を楽しんだ。

 飛行機であっという間にパリに帰ると、家にはだれもいなかった。懐かしの自分の部屋でお気に入りの椅子にすわると、自分でも思いがけないことに、マックスはわっと泣き出した。スーツケースには、マーガレットからの贈り物が入っていた。ホームシックと冒険の楽しさの両方を知っている、マーガレットらしい贈り物だった。

 パリからイスタンブールへ、はじめての外国旅行を楽しむはずが、ダイヤモンド泥棒を探す謎解きの旅になる。旅が進むにつれて謎はますます深まり、各キャラクターから目が離せなくなる。クラシックな展開だが、大胆な設定もあり、ぐいぐい惹き込まれる。
 マックスの観察眼がとにかくすばらしい。同作家の『モノ・ジョーンズとからくり本屋』でも、主人公モノ・ジョーンズは字が読めないものの、するどい観察眼で危機を乗り越える。非常に魅力的な主人公を描く作家である。主人公以外のキャラクターも、修道女なのに元捜査官というマーガレットや、ダイヤモンド泥棒集団のリーダーであるエロディ、正体不明のクラウスなど、個性的な面々が並ぶ。
 また、ダイヤモンド泥棒が見つかって終わり、ではなく「家に帰るまでが旅行」という側面も描ききっているのが、すがすがしい。さわやかな読後感だ。イスタンブールで最後の別れを惜しむようすや、家に帰ってひとりの時間をかみしめるようす、ことばにはできない思いが伝わってくる。最後にわっと泣いてしまう場面は、わたしも国際交流のキャンプのあと、涙が止まらなくて自分でもびっくりした経験があり、大いに共感した。
 飛行機で短時間で目的地に着けてしまう時代に、時間をかけて列車の旅をしてみたいと思わせる作品だ。地続きの外国に行くという体験は日本人にはできないが、読書を通じて、外国へのあこがれとともに、夢のような時間を味わって欲しい。

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