The Daughters of Ys(グラフィックノベル)

ブルターニュ地方に伝わる民話「イスの物語」を下敷きにしたファンタジー。イスの都は魔法をあやつる女王の力で繫栄した。女王が死ぬと、魔法の力に頼りきっていた王は絶望に沈み、ふたりの王女は別々の道を歩む――叙事詩のような余韻の残る作品。

作:M.T. Anderson(M.T. アンダーソン)
画:Jo Rioux(ジョー・リウ)
出版社:First Second
出版年:2020年
ページ数:206ページ


おもな文学賞

・YALSA 2021 Great Graphic Novels for Teens選出 (2021)
・英国幻想文学大賞 コミック/グラフィックノベル賞ノミネート (2021)

作者について

M.T. アンダーソン:ニューヨーク・タイムズのベストセラー作家。ニューイングランド在住。ヤングアダルト向けSF作品『フィード』(金原瑞人・相山夏奏 訳、ランダムハウス講談社 2005年)は、2002年全米図書賞児童文学部門のファイナリストになるなど、数々の賞に名を連ねた。グラフィックノベルを手がけるのは3冊目。邦訳には絵本も2冊ある。

ジョー・リウ:オタワ在住の児童書作家・画家。絵本~ヤングアダルト作品を手がける。最も情熱を注いでいるのはグラフィックノベルであり、2013年のデビュー作『Cat's Cradle』はJoe Shuster Award for Comics for Kids(カナダの漫画賞)を受賞した。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 戦で瀕死の傷を負ったグラドロン王は、魔女マルグヴェンに命を救われた。マルグヴェンはグラドロン王の妃となり、魔法で海辺にイスの都を築く。高い城壁で海から都を守り、おそろしい海獣で敵の船を沈め、王に請われるがままに魔法をあやつった。都は繁栄したが、魔法の代償にマルグヴェンの命は削られていく。マルグヴェンは年の割にどんどん老け込み、王とふたりの王女を残して死ぬ。マルグヴェンに頼り切っていた王は絶望し、生きる気力を失った。父王が裸の侍女たちに慰めを求めているのを目撃した王女たちは、父への怒りと母を失った悲しみを、異なる形でぶつけていく。
 自然を愛する姉姫ロゼンは宮殿に背を向け、水の上も駆けることができる黒馬モルヴァックと1羽の小鳥をつれてムーアの小屋に暮らし、重要な行事があるときだけ宮殿に帰った。気性の激しい妹姫ダユは、母の魔法に関する書物を読みあさり、魔法の道具や海獣を操れるようになる。やがて、ダユは母のように魔法でイスの都を繁栄させ、父王は抜け殻のようになったまま、娘の魔法にたよりきった。

 イスは富と快楽と魔法の都として知れ渡るようになった。王位を継ぐのはロゼンのほうだったが、狂人と思われていたたね、外国の王子たちは美しく魅力的なダユに言い寄る。しかしダユは王子たちと一晩を過ごしては魔法の仮面をつけさせて殺していた。魔力を得るために、母のように自分の命を代償とするのではなく、王子たちの命を捧げるよう、悪魔と契約していたのだ。王子たちの頭は魔物の巣窟へ投げ込まれ、頭のない体は海獣の餌にされ、亡霊となってさまよった。イスの都に対して疑問をもたれても、帰路につく船は海獣が沈めたため、真実が外に漏れることはなかった。
 ロゼンは漁師の青年ブリアックと愛し合うようになった。ある日、ロゼンとブリアックが仲睦まじくボートに乗っているのを目撃したダユは嫉妬し、王国のことを顧みないロゼンへの怒りもあいまって、ブリアックを誘惑する。そして自分の部屋へ誘い入れるところを、わざとロゼンに見せる。思惑通り、ロゼンは泣き崩れる。しかしダユはブリアックが心からロゼンを愛していることを知ると、いったん着けさせた魔法の仮面をはがし、殺さずに部屋から追いだした。

 ある嵐の晩、一艘の船がイスの都に到着した。はるか遠くからきたという裕福な商人は、宮殿の宴でダユに近づく。その頃、ロゼンは失意のまま家にこもっていたが、小鳥が激しく鳴きながら飛びまわるので、嵐になにか邪悪な魔法が働いているらしいと気づく。都を守る水門が閉じられているか心配になり、黒馬モルヴァックに乗って宮殿に向かった。水門は閉じていたが胸騒ぎは消えず、ダユを探しにいくが、見当たらなかった。
 ダユはいつものように商人を部屋へいざなっていたが、いつもと何かが違った。商人はダユが肌身離さず身につけていた水門の鍵を奪い、自分の正体を明かす。この商人こそ、ダユが契約を交わしていた悪魔だった。未払いが一度あったからと、契約を解消しにきたのだ。その未払いというのは、ブリアックを殺さなかったことだ。悪魔はイスの町を滅ぼそうと、水門に向かう。塔の窓からロゼンを目撃したダユは、ロゼンを水門へと急がせる。しかしロゼンの必死の抵抗もかいなく、水門は開かれ、悪魔は逃げ去った。
 海水がイスの都になだれ込み、すべてを飲み込んだ。ロゼンは王とダユをモルヴァックに乗せて逃げる。しかし完全に正気を失った王はダユを悪魔だとののしり、モルヴァックから突き落とす。ダユは海獣に飲み込まれた。ロゼンは王をつれ、森に住む隠修士コランタンに宿を求める。翌日、ロゼンと王はかつての都カンペールへと旅だった。コランタンも、もてなしの礼にカンペールで司教になってほしいと請われ、同行した。

 穏やかな日々がつづき、やがて王は死んだ。女王になったロゼンは、かつてイスの都があった海岸をおとずれる。都があったことをしめすものは何もなかった。ロゼンは、自分たちはいったい何だったのか、ちがう未来はあったのだろうかと、海の底にいるダユに問いかけるのだった。

 それから15世紀以上が経った。カンペールにはサン・コランタン大聖堂がそびえ、ふたつの尖塔のあいだにはグラドロン王の像が建っている。フランスの片隅の、イスの都があったとされる場所では、聖母マリア像が海を見おろしている。今でも、聖堂の鐘が鳴り渡るような、女の歌声のような音が海の底から聞こえるという。

 魔法の力で栄え、海の底に沈んだというイスの都の物語を、ふたりの王女の視点から描いたグラフィックノベルだ。ベースとなるケルト民話にはさまざまなバージョンがあり、多くの版ではダユが咎を負わされている。作者はダユを視点のひとつに据えながら、時代を問わず家族の問題を押しつけられる子どもの姿を重ねている。なお、ロゼンは作者の創作と思われる。

 ロゼンとダユは仲の良い姉妹として育つが、母の死を境に正反対の道を歩む。父王は頼りにならず、姉は現実に背を向けてムーアへと逃げ、自分たちの暮らしを守るためにはダユが魔法を使うしかなかった。やがて、ダユは悪魔との契約を破ってしまい、イスの都は海へと沈む。

 物語自体、幻想的で胸がつまるが、物語の世界を豊かにふくらませているのがフルカラーのイラストだ。フルカラーとはいえ全編暗い色調だが、悲劇を予感させる不穏な空気があふれていて、余韻が残る。小説として書かれても面白い作品だと思うが、グラフィックノベルならではの力を感じた。

 イスの物語について日本語の資料を探そうとしたが、あまり日本では知られていないようで、ほとんど見つからなかった。実際に伝えられている民話とは異なるが、ケルト民話に興味をもつきっかけとしても、ぜひ読んでほしい作品だ。

 ●作者メッセージ

https://edelweiss-assets.abovethetreeline.com/MM/supplemental/DOY%20author%20letter_FINAL.pdf

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