余計な一言

僕の不用意な一言が人を激怒させてしまうことがよくある。こちらに悪気が無いのはもちろんだが、それ故に始末が悪い、とよく叱られる。

随分昔の事。決していい話ではない。
その日は銀座スイングに前田憲男さんのウインドブレーカーズを聴きに行っていた。
どういう経緯だったか、楽器を持っていたので吹いていきなさい、ということになった。

お店は超満員で休憩時間は近の喫茶店で前田さんや、今は亡きウインドブレーカーズのドラマーの石松元さんらと過ごしたのだが、その中の会話でドラムのO君の話になった。
前田さんは石松さんに「O君を聴いたことある?」
「いえ、噂には聞いてるんだけど実際はまだ」と石松さん。
「いや、石松には悪いかもしれないが、彼は実に凄いよ、今まさに絶頂だな」
「いやぁ、それは是非聴いてみたいね!」
この二人の巨匠の会話を聞いて僕は心底カッコイイなと思った。
お互いのリスペクトと静かな自信に裏付けられた音楽を追求する姿勢、本当のプライド。あぁ、こういう会話をサラッと出来る大人のミュージシャンになりたいと思ったものだ。

そして、どうやらその時がやって来たようだ。
当時僕は某バンドで、とある女性ピアニストのSさんと一緒だった。
ある時、休憩時間にSさんは僕に聞いてきた。

「ねえ三木ちゃん、Nって知ってる?」

Nさんはその素晴らしいプレイで、しかも美人と評判の若手女性ピアニスト。
「ええ、もちろん知ってますよ」
「どうなの、上手いの?」

僕はチョット答えに窮してしまった。ここは答え方が問われるところ、僕の大人力が試されている。
「そうですね、でもSさんとは方向性が違いますから」

おそらくこれはまずまずの模範解答。

「ふーん、でも美人なんでしょ?」

僕はふと、あの時の前田さんの言葉を思い出してしまった。

「ええ、確かに。Sさんには悪いけど…」


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